第2-8話 男と女と魔術師と

 “つるぎのクララ”。

 それは、魔術の使えない魔法使い。


「私……気に入ったの……あなたを……」

「俺を?」

「そう……。だって、あなたは……『ファイアボール』しか……使えないんでしょう……?」

「ええ、まあ。俺は『ファイアボール』しか使えないですけど」

「だからね……私と、一緒」

「いっしょ」


 イグニはクララの言葉を繰り返した。


 モテの作法その11。――“女性との共通点を探せ”。


 クリア……っ!!

 イグニは心の中でガッツポーズ。


「そう……だから、ね。気に、入ったの」

「ありがとう……ございます?」

「ふふ……っ」


 クララが静かにほほ笑む。


 ……来た。

 俺の春が……来た……っ!!


「さぁ……ルーラ。行きましょう……。『リヒリア』まで……もう少しでしょう?」

「……っ! は、はい! イグニくん。馬車から降りて」

「あら……。この、まま……載せた、ままじゃ……ダメ?」

「だっ、ダメです、クララさま!」


 しかし、その問いかけに答えたのはリリィだった。


「そう……。残念、ね」


 そう言ってクララは


 彼女の目は見えないはずである。

 しかし、ちゃんとイグニの顔を見つめて。


「また……ね」


 そう言った。


 イグニはルーラに急かされて渋々馬車から降りる。


「い、イグニさま! 大丈夫でしたか!?」

「そ、そうだぞ! イグニ!! どこか斬られたりしてないか??」

「大丈夫だ。いい人だったよ」


 馬車から降りて、近寄ってきた2人をイグニは笑って流す。

 

 凄まじい殺気を放っていたが、話してみると普通の女の子だった。

 うん。“極点”だからといって、変に特別扱いしたらダメだな。


 イグニは心の中で反省する。


 モテの作法その1。――“女性は須らく特別扱いするべし”、だ。

 みんなオンリーワン!!


 と、普段よりも上機嫌なのは馬車の中で良いものが見れたからに違いない。


「し、しかしエルフの『兵器』がまさか“極点”だったとはな」


 市壁の門にたどり着くまでに、ぽつりとエドワードが言う。


「珍しい話じゃないよ。王国だって帝国だって『兵器』として人を運用してるし」


 と、言ったのは意外にもイリスだった。


 そう言えばアリシアも『兵器』だなんだと言われていたなぁ、とつい数週間前を振り返って考えるイグニ。


「それもそうか」


 エドワードは納得。


「“極点”なんて出鱈目でたらめが居れば、そうなるよなぁ」


 と、1人で解決してしまったらしい。


「“極光”のルクスくらいじゃないのかな? どこにも所属せずに自由にしている“極点”は」


 思わぬところで祖父の名前が出たのでイグニはぴくっと眉を動かしたが、『それ、俺のじいちゃんなんだよね!』と、自慢するのは明らかにモテなさそうだからやめておいた。


 こういうのはこそっと分かるのが浪漫ロマンというやつである。ビキニアーマーと同じだ。


 一人でイグニが心の中でいろいろと理論をくみ上げていると、ルーラが振り向いてにっこり笑った。


「くれぐれも、この事は内緒にね」


 そう言って、口元に人差し指を持っていく。


「もちろん。分かってますよ」

「流石はイグニくんだね。よく分かってくれる」

「ええ。あの『凄さ』はバレるとヤバいでしょうから」

「ありがとう。理解があって助かるよ」


 イグニの言葉にルーラがほほ笑む。


 ここにアリシアが居れば、イグニの言葉とルーラが微妙に嚙み合っていないことに気が付いただろう。


 気が付いただろうが残念ながらここにアリシアはおらず、従ってツッコミ役も不在なのである……。


「けど、どうしてこんなに慎重に運んでるんです? ルーラさん」

「それはね、イリスちゃん。万が一のことがあったら困るからだよ」

「万が一って?」

「あんまり厳重に警備しちゃうとね。私たちの馬車が『すごく大切だー』って、盗賊とか王国に伝わっちゃうだろう? そしたら、問題が。だからね、こうして少人数で護衛するんだけど、そしたら今度は目を離した隙にクララさまに何かが起きちゃうかもしれないだろう?」


 起きるしれない。


 それは可能性ではあるが、そう易々と簡単に切り捨てられる物ではない。

 特に、“極点”ともなればそうだろう。


 だが、本当にそうなのだろうか?

 イグニの野生の直感のようなものがルーラの言葉に疑念を抱いた。


「だって、クララさまは魔術が使えないからね」


 しかし、このルーラの言葉にイグニは護衛について納得せざるを得なかった。


 イグニの魔術が使えなかった1年間。

 ルクスに拾われるまで、地獄のような時間を過ごしていたからだ。


「さあ、街に入ろう」

「僕たちの任務はエルフの『兵器』を『リヒリア』までの護衛すること。……ということは、ここで任務は終わりか?」

「そうだけど、そうじゃないかな」

「……どういうことだ?」

「クララさまを大公の元までお連れするんだ。その時の護衛も含んでるんだよ」

「なるほど」


 エドワードはルーラの言葉に納得。


「とはいっても、私たちは基本的に護衛。大公の前に立つとは言え、緊張しなくてもいいからね」


 ルーラはにこやかに笑って、


「じゃあ、街に入ろうか」


 そう言って、門兵に書簡を見せていた。


 ―――――――――

「ね、ねえ。アリシアさん。どうしても僕、この格好しないとダメ?」

「ダメよ」


 馬車の中、白髪の少女と大きな帽子の少女が2人並んでいる。


「で、でも……。この格好、女の子の服だよ?」

「知ってるわよ。だから、着せてるんじゃない」

「ぼ、ボク……男の子だよ……?」


 訂正。白髪のである。


「分かってないわね、ユーリ。男と女の2人で旅してるって言って、誰が宿とか馬車とか安くしてくれるのよ」


 アリシアの言葉にユーリは首をかしげた。


「良い? 女の子が2人で旅しているからサービスしてくれるの。だから、ユーリはその服着ないとダメ」

「そ、そんなぁ」


 アリシアが行っているのは交通費の削減である。


 何だかんだあって、アリシアの学校通いに許可が出たとは言え、それはあくまでも黙認の形に近い。


 アリシアは、家からの援助がないので公国までは自費でいかねばならないのである。

 到着すれば姉から金は出るとはいえ、手持ち以上のお金は出せない。


 ということで、こうなったのである。

 決してアリシアがユーリに女装させたかったわけではないのだ!


 ちなみにユーリはカモフラージュのために連れてきた。アリシアが1人で公国に向かうとなると、他の国の諜報部が邪推するだろうが、ユーリと一緒なら学校関連の何かだと思われるだろう。


「そ、そうなの? ボク、男の子の服着ててもサービスしてもらえるよ?」

「…………あー」


 アリシアは、ユーリの言葉に息を吐きだした。


「……そうね、ユーリ。アンタはそうだったわ……」

「え、ど、どうしたの……?」

「次の街で、着替えて良いわよ……」


 すっかりユーリに慣れてしまって失念していた。

 そういえばユーリは誰からも『何で男の服着てるの?』と聞かれる男だった。


「ほ、本当? やったぁ!」


 そう言って喜ぶユーリは、どこからどう見ても男に見えなかった。

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