第2-7話 若さと熱意と魔術師と!

「聖女さま。そろそろ公国の首都につきます」

「遅いわね。もう少し早く走れないものなの?」

「申し訳ございません」

「良いわ。2年も待ったのだから、数日なんて大したことないわよ」


 ローズの側にいた女魔術師が頭を下げる。


 2人がいるのは馬車の中。


 イグニの情報を掴んだ後、すぐに神聖国を出発したローズたちだったが、彼女の立場は『聖女』。そう簡単に動けるような立場ではなく、色々と根回しに時間がかかってしまったのである。


「公国の首都『リヒリア』には3日間滞在します。その後、王都に向かって出発の予定となっております」

「知っているわ、もう5回目よ。フローリア」

「大事なことですから。聖女さま」


 フローリア。


 聞くものが聞けば震え上がるに違いない。


 “海のフローリア”といえば、人類最強の一角。


 彼女の適性は【水:SS】。

 操作が複雑な流体魔術を極めたが故に。


 神聖国が誇る、『聖女』の守り手。

 神に与えられた才能は、彼女の若さにて人の極みに到達せしめた。


 即ち、“水の極点”である。


「ああ。楽しみだわ。イグニもきっと楽しみにしているわよね。あなたもそう思うでしょう? フローリア」


 ローズはお気に入りのイグニの似顔絵を15枚並べてうっとり眺める。


「……ええ、そうですね」


 いかに最強と呼ばれるフローリアも、その問いは流すしかなかった。


 ―――――――――


「お、見えた見えた」


 ルーラが街道の奥を指さす。


「市壁だ」


 市壁にぐるりと囲まれるようにして、公国の首都である『リヒリア』が遠くに見えてきた。


「よし! もうひと踏ん張りだ!!」

「あそこまで行けば良いんですね!」


 ルーラの掛け声にイリスが元気に返す。


 イグニもそれに返事をしようとした瞬間、


「『装焔イグニッション』ッ!」


 魔術を展開した。


「イリス! 反対側に防護壁を!!」

「わ、分かりました! 『岩壁テツラ・ウォール』っ!!」

「『撃墜ファイア』ッ!!」


 ドドン!!!


 魔術同士がぶつかる音とともに、今まで気配を消していた男たちが現れる。


 その数、20人。


「盗賊?」


 のんきにルーラがつぶやく。


「そんなもんと一緒にされちゃあ困るなァ!!」


 男たちの1人が叫ぶ。


「おうよ! 俺たちはでやってるんだぜ!!」

「へへっ!!」


 男たちの身なりは、立派だ。

 少なくともちゃんとした鎧を着ている。


「強盗騎士か……っ!」


 エドワードがうめくようにつぶやいた。


「なんだそれ」

「イグニ、何で知らないんだ!? 強盗騎士ってのは、騎士の身分を持ちながら盗賊行為を繰り返している者たちだ! 戦争が無くなって仕事にあぶれたやつらだよ!」

「エドワードは物知りだな」

「ほ、褒められてもうれしくないぞ!!」


 ちょっとそっぽを向くエドワード。


「やれやれ。よく街の近くで強盗が出来るものだ」


 ルーラがぼやく。


「よし、イリス。落として良いぞ」

「うん! 『大地は歪んでテツラ・デフォート』!」


 イリスの詠唱と同時に強盗騎士たちは跳躍ジャンプ。イリスの魔術を回避した!!


「見え見えなんだよ!!」

「へへっ! 魔術が遅いぜっ!!」


 だが、イグニの前には既に『ファイアボール』が生成されている。


「『装焔イグニッション散弾ショット』」


 そして、


「『発射ファイア』」


 ドドン!!!


 イグニの『ファイアボール』が飛び散った散弾が、跳躍した強盗騎士たちを吹き飛ばす!!


「『風よヴェントス』」


 イグニの後ろではルーラが魔術を使って強盗騎士たちを撃ち落としていく。


 そして、撃ち落とされた強盗騎士たちはぼちゃん! と、イリスが液体化した地面に半分つかるのだった。


「うわっ!? 地面が水になってやがる!!」

「何だこれ……! 抜けねえ……!!」

「『岩礫テツラ・バレット』!!」


 ドドン!!


 イリスの詠唱で地面から岩が射出されて、男たちが地面に落ちる。


 そして、わずか数分で完全に鎮圧してしまった。


「弱いですね……」


 ちょっと引いた様子のイリス。

 なんで、これで強盗やってるんだ? と言いたそうである。


「まともな所で働けないから強盗騎士なんだ。さ、はやく行こう」


 ルーラが先を急かした瞬間、


「二度目……ですよ。ルーラ……」


 声が響いた。


 ……声からして中は女の子!!


 イグニは反射的にふり向こうとしたが、モテの極意を思い出してグッと耐えた。


「……っ! 申し訳ありません!!」


 そして、ルーラはその声に反射的にふり向いて身体を硬直。

 同じくリリィも身体をガチガチに凍らせている。


 ……何が起きてるの…………???


「どうして……殺さないの……?」

「こ、殺すまでもないからです!」

「そう……。でも……ちゃんと……お仕置きしないと……」


 声の主がそう言った瞬間、ぞっとするような殺気が放たれた。


 ルーラの顔が真っ青になり、エドワードが過呼吸気味になり、リリィは半分泣き始め、イリスが腰を抜かす。


 イグニは慌ててイリスに肩を貸した。


(す、すごい殺気だ……! じいちゃんみたい……!!)


 その中で1人、イグニは感心していた。


 だが、強盗騎士たちはそうもいかない。


 泡を吹いて気絶する者、土に埋まったまま失禁する者、顔を真っ青にして立ち尽くす者と様々なリアクションを取る。


「こんな……ところ……かしら」


 声の主がそう言った瞬間、殺気が消える。


「あら……。あなたは……平気そうね……」

「……俺、ですか」

「そうよ」


 イグニは馬車の中の声に応える。


「馬車に、来て……顔を、見せて……」

「そ、それはいけません!」

「ルーラ」

「……っ!」


 名前を呼ばれたルーラが立ち止まる。


「彼のために……扉を……開けて、あげて」

「……はい」


 がちゃり、と音を立てて馬車の扉が開く。


(……俺たちが運んでいるのはエルフの『兵器』だったはずだ…………)


 イグニはしっかり心を構えて、扉の中にはいる。


「ああ……。ごめんなさい……。私、目が見えないの……。もっと、近寄って……」


 従来、エルフというのはスレンダーな体をしている。

 

 しかし! 


 イグニの目の前にいたエルフは違う!

 歳を取るのが人とは違うエルフの身体……! 

 

 当然目の前にいるエルフの少女も身体は幼い……!


 しかし、その胸は……!! 

 ああ、なんということだ……!!


 神よ……っ!!


 そのあどけない顔には、目を覆うように包帯が巻かれているが……そんなもの彼女の美貌の前では無意味……!!


 むしろ、盲目だからこそ……目が隠されているからこそ……良さが極まる……!!


 しかし……! 重要なのはそこではない……!!

 胸……! その胸部……!!


 幼い見た目とは裏腹に……! デカい……!!

 圧倒的な……大きさ……!!


 思わず神に祈ってしまうほど……!!!


 彼女の胸に挟まるようにして、一本の長剣が収まっている。


 ……そこを……代わってほしい……!!


 ああ、まさしくこれは……っ!


(これは……っ! 『兵器』だ……ッ!!!)


 人知れず、イグニは心の中で叫んだ。


 ―――――――――

『……じいちゃん。俺は言っておかないといけないことがある』

『……言ってみろ』

『俺は……ロリ巨乳が好きだッ!』


 次の瞬間、放たれるのは神速のルクスのビンタッ!!


 しかし、イグニは避けるッ!!!


『じゃ、邪道ッ!! 邪道じゃッ!!! イグニ!!!』

『じいちゃんの……馬鹿ッ!!!!』


 ズドン!!!


 代わりに飛び出したのはイグニの頭突きッ!!!

 油断していたルクスの鳩尾みぞおちに激突ッ!!!


『な、何をする……! イグニ!!』

『……邪道じゃ、無いッ!』

『な、何を! 修行で頭でもおかしくなったかッ!?』 

『違う……! 違うんだ……!! じいちゃんは、勘違いをしているッ!!!』

『……勘違い、じゃと?』

『ロリ巨乳は……! ロリではない……ッ!』

『き、気でも狂ったか!? イグニ!!』

『巨乳を……引き立てる要素……ッ!! あくまでも、メインは……巨乳ッ!!!!』

『……ッ!?』

『じいちゃん!! 忘れちまったんじゃねえのかッ! じいちゃんの熱い心をッ!!!』

『何を……っ!』

『ロリと巨乳……! 相反するこの属性……! けど、交わった時……っ!! ギャップが生まれる……っ!!』

『……っ!!?』

『ツンデレと同じなんだ……ッ! 組み合わさるからこそ……見えてくる物がある……際立つものがあるッ!!』


 両者、見つめあって沈黙。


『…………ふっ』


 そして、ルクスが笑った。


『まさか、孫に教えられる時が来るとはの』

『…………』

『ワシは、忘れておったよ』


 ルクスが手を差し出す。イグニがその手を取る。


『若さを、な』


 そして、


『『――ふはははははっ!!』』


 2人は笑った。


 ―――――――――


 ……これだッ!! 

 これこそが本物ホンモノ……ッ!!


 絵や物語で聞くような偽物じゃあない……!!!

 これが本物の『ロリ巨乳』……っ!!


 圧倒的……! 絶対的……!!

 まさに最強……!!!


「あなた……名前は……?」

「イグニです」


 イグニが少女に手を差し出す。


「そう……あなたが、イグニ……。私が、あなたを呼んだのよ……」

「……俺を、ですか? あなたの名前は?」


 そういえばこのクエストはエルフ側からの呼びだしだった。


 俺こんなかわいい子に呼び出されたの??

 魔術学校に入って本当に良かったなぁ……。


「私は……クララ」


 ……ん?


 イグニの上がりきったテンションは、彼女の名前で現実に戻された。


「“つるぎ”の……クララ……」


 はかなげに、盲目のエルフはほほ笑む。


 イグニは一度覚えたら絶対に忘れない女の子の名前データベースから検索開始。

 該当件数:1件


「よろしく……ね」


 ……この子“剣の極点”だッ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る