第2-10話 デートと魔術師

「大公様への挨拶ってすぐ終わるんですね。ルーラ隊長」

「貴族も忙しいんだろう」


 大公とは公国を治めているトップのことだ。庶民とは比べ物にならないほど忙しいんだろうということは、なんとなくだけれど推測できる。


「もう……少し、ゆっくり……歩いてもらっても……いいかしら」

「す、すみません。クララ様」


 クララが剣を杖のように地面に付きながら、ゆっくりと歩く。


 こうしてみると、とてもじゃないが“極点”だとは思えない。

 ただの可愛い女の子だ。


「イグニ……。この後、ひま……?」

「えっ!? ええ、まあ。暇ですけど」


 暇というか、これから王国に帰るだけなので用事がないだけなのだが。


「なら……少し……街を、案内して、くれないかしら」

「もちろん。俺で良ければ」


 イグニはそっとクララに手を差し伸べる。


 モテの作法その2。――“男は常にリードするべき”。に従って、イグニは昨日の夜にこの周辺のお店は覚えているのだ。


「だ、ダメですよ!!」


 しかし、それに反対意見を述べたのはリリィだった。


「……どうして?」


 それにクララが首をかしげる。


 イグニもリリィに少しだけ思うことがある。

 ……ツン、多くない??


「だ、だって……! あ、危ないじゃないですか!」

「危ない……。私は、“極点”……よ? リリィ」

「……そ、それは」


 リリィは明らかに目が泳いでいる。


「それに……そのために、イグニを……連れて、いくの……だから」

「あ……。それは……」


 リリィはまだ何かを言いたげだった。


「で、でも! なにかあるかも……」

「何も……起きないわ……」

「うう……」


 珍しい。

 ルーラやクララに何かを言われるとすんなり受け入れるリリィがこうまで引き下がらないとは。


「イグニも……そう、思うでしょ?」

「それは、まあ」


 イグニは返事をぼかした。

 別にクララに街を案内するだけである。


 そんなにリリィが引っ掛かるようなことかなぁ? 

 と、首をかしげざるを得ないのだ。


「リリィ。クララさまの言う通りだ。別に何も起きないよ」

「あう……。だって……」

「だって?」


 ルーラの問いかけに、リリィは何も言わなかった。


「クララ様、いつ頃戻られますか?」

「そうね……。夕方、までには……戻る、わ」

「それまで宿でお待ちしております」


 ルーラが頭を下げる。


「……良いんですか、街を歩いても」

「少し、なら……。大丈夫よ。あと……敬語は、要らない……わ」

「じゃあ、その言葉に甘えて」

「仲の良い……男女の……デートに……そういうのは、不要……でしょ?」


 仲の良い? デート??

 もしかして俺たちの関係は、そんな深いところまで行っているのか???


 ツッコミ役がいないことを良い事に、好き勝手邪推するイグニ。


「さあ、案内……して……」

「あ、ああ」


 とはいってもどこに連れていけば良いんだろう……。

 クララは目が見えないわけだし……。


「どこか、行きたい所は?」

「……任せる、わ」


 と、考えた時にイグニの頭の中に過去の歴史が流れていく……。



 ―――――――――

『イグニよ』

『どしたのじいちゃん』

『男なら、定番のデートスポットを5つは用意しておけ』

『い、5つも!? 無理だよ!!』


 バチン!!!


『うおおおっ! い、痛い……!!』

『やる前から無理という奴がどこにおる! この馬鹿たれ!!』

『だ、だって5つも……!』

『馬鹿たれッ!! むしろ5つでは少ない方!! やるべきことは、相手の記憶に残るようなスポットを用意すること……ッ!!』

『……き、記憶に!?』

『そうじゃ!! イグニ! お前が思いついた相手の記憶に残る店はどこじゃ!!』

『ぶ、武器屋』


 バチン!!!!


『ぐおおお……っ!』

『……馬鹿ッ! 全くもって……馬鹿……っ!! 武器で喜ぶのは……男だけ……!』

『えっ!? そうなの!!?』

『そうじゃ! お前がするべきことは……女に受ける店に入ること……!! それ以外に、ない……!!』

『……ッ!!! そ、それは……確かに……!!』

『じゃが、安心しろ。イグニ。ワシがしっかり教えてやる……!!』

『おおお!!! じいちゃん! やっぱりじいちゃんが最強だよ!!!』


 ―――――――――


 ……か、考えろ…………!!


 頭とは、こういう時に使う物……!!

 ここで使わねば……どこで使うのか……!?


 クララを楽しませるために……必要なものは……なんだ……!?


 女の子受け……! 

 女の子に……受けるもの……!!


 次の瞬間、イグニの脳みそに稲妻が走った。


 あ、甘い物だ……ッ!!!


「クララ、こっちだよ」

「慣れてる、わね……」

「まさか」


 イグニがクララの手を引いて街の中を歩いていく。

 

 それを、リリィはドロドロと感情渦巻く胸を抑えて2人を見ていた。



 ―――――――――

「甘い……」

「果物のはちみつ漬けだってさ。こういうのは好き?」

「ふふ……。好き、よ」

「よかった」


 良かったぁああああああ。


 と、イグニは誰にもバレずに本気で胸をなでおろした。


 モテだの何だの言っているが、イグニが女の子とデートをするのはこれが初めてだったりする。


「あっ。蜜が」


 イグニがにこにこしながらクララを見ていると、彼女が持っている果物から蜜が垂れた。慌ててイグニがそれを手で止めると、


 ぱくっ、とクララがイグニの指を口に含んだ。


「はい!?」

「あら……。服に……落ちないように、したのだけど……」

「き、汚いぞ??」

「大丈夫よ」


 そういってにっこり笑うクララ。天使かな?


「食べ……終わったわ……」


 イグニはクララの口の柔らかさを何度も頭の中で再生しながら、次へと向かうことにした。


 クララは目が見えないので、向かうところは必然的に五感の中で視覚を使わない場所になってしまう。


「次は……どこかしら?」

「次は……」


 イグニが次はどこに案内しようかと考えていると、ふと隣を進んでいた馬車が止まった。


「イグニ! イグニじゃない!!」


 そして、馬車から女の子が降りてきた。

 空色の髪の毛、青色の瞳。


「やっぱり! その顔はイグニね!!」


 知っている。

 この顔は…………。

 

 イグニの脳内データベースは瞬時に彼女の名前をはじき出した。


「ろ、ローズか!?」


 それは、


 どうして、ここに――。


 その質問が出るよりも先に、ローズが口を開いた。


「あなたもここに来てたのね! やっぱり私たちは運命で結ばれているんだわ!」

「う、運命……??」


 あれ? ローズってこんなんだったっけ??


「そう! 運命よ! 神様のおぼしだわ!!」

「な、なるほど……?」


 イグニが首をかしげると同時に、ローズはにこやかにクララを指した。


「で、この女誰?」


 イグニはその瞬間、本能的に命の危機を感じた。

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