第34話 魔法使い

「魔法? 魔法だと?」


 セリアがイグニの言葉に笑い始めた。


「はははっ! お前ごときが魔術を極めたというのかっ!」

「ああ。俺は、魔術を極めた」


 イグニはじりじりと焼けていく自らの脚の痛みに耐えるべく、歯を食いしばる。


「なら、見せてみろっ! お前の魔法をっ!」


 セリアが踏み込む。同時にイグニは全力で後方に向かって『装焔機動アクセル・ブート』。


「アリシア。頼みがある」

「な、何!?」

「俺は魔法を使うときに、『ファイアボール』を使えなくなる。……俺の、脚が欲しい」

「分かった」


 こくり、とアリシアが頷く。


「『風よヴェントス』!」


 イグニとアリシアの2人を風が包むと、優しく導かれるように空へと身体が持ちあがる。


「逃がすわけが、無いだろうッ!」

「『装焔イグニッション極小化ミニマ』っ!」


 イグニによって撃ちだされた『ファイアボール』がイグニの後方をぐるりと回ると、


「『加速アクセラレーション』ッ!!」


 亜光速にまで強制加速ッ!


「『発射ファイア』ッ!!」

「……ッ!」


 キュドッッッツツツツツツツツ!!!!


 避ける間も与えず、セリアに激突! 身体の左側を持って行って貫通爆破!

 だが、すぐにセリアの身体が光に包まれる。


 そこに生まれるのは一瞬の隙。


 それを人は、好機チャンスと呼ぶ。


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』ッ!!!」


 イグニの詠唱によって、彼の前方に魔力が収束していく。


「……ほう?」


 地面に撃ち落とされたセリアが、その魔力に驚いて……息をのんだ。


「光を歪めて……いや、世界を歪めているのか。イグニ! 貴様、どれだけの魔力を持っているッ!」

「……これが、全部さ」


 全ての魔力を吐き出して、魔力枯渇による眩暈めまいに襲われるイグニ。だが、それでもその手はしっかりとセリアに向けられている。


 魔力量が尋常ではない『魔王領』の近くだからこそ使える『魔法きせき』。


「……知ってるか。この宇宙せかいの始まりを」

「始まり? ああ、知っているとも。神が作ったのだ」

「ああ。そうさ……。その通りだ……。」


 イグニの手元に、光が生まれた。


「神が作った始まりは……小さな小さな『火球ファイアボール』だったんだ」


 

 宇宙せかいの始まりは、小さな『火球ファイアボール』である。それは、瞬く間に膨張し、冷却され、混沌の元に秩序が生まれて現在の世界となった。


 ならば、『ファイアボール』しか使えない彼のたどり着いた極点こそれに相応ふさわしい。


 彼の魔法は『始まりの奇跡ビッグバン』。


 すなわち、原初の宇宙の創造である。


「俺の魔法は始まりの再現。それの意味することが、分かるか……っ。“極点”っ!」

「ああ。分かるとも。私も貴様も、神の御業に手を出した大罪人だからなッ!」


 それは文字通りの


「俺の世界が消えるのは……250億年先……。だが、これは俺が生み出した宇宙せかいだから、それまでの間……俺の好きに扱える」


 それは、イグニが生み出した小宇宙がついえるまでの250億年という膨大な時の流れとエネルギーを一度に操作し、自分のものとする魔法きせき


「俺の魔法は……最強だ」

「まだ言うかっ!」


 セリアが叫ぶ。


 叫ぶと同時にセリアの腕と足が吹き飛んだ。


「……ッ!?」

「分かんないだろ。“極点”の速さでも……俺の魔法は」


 セリアの欠損がすぐに修復され、


「はぁッ!!」


 セリアがイグニ達に向かって剣を振るう。

 だが、まばたきする間に2人の姿は消えている。


宇宙せかいが違うんだ。アンタの技は、届かない」


 セリアの後方に移動したイグニが静かに宣言する。

 魔力切れで顔色はひどく青い。むしろ白に近いほどだ。


 だが、イグニの手元にある小宇宙ファイアボールは煌々と輝き続ける。


「……貴様、時を…………」

「俺の世界だ。俺が時を操れる。なら、それを俺たちに同調させることだって出来るんだ」

「……無茶苦茶な、魔法だなッ!」

「死なないアンタがそれを言うのか?」


 イグニの言葉にセリアが笑う。


「それもそうだな」


 笑いながらセリアが剣を振るう。


 その剣は、届かない。

 届かない。


 届くことは、無い。


「いま、アンタは普通に喋っているのかも知れない。普通に動いているのかも知れない。けどな、俺たちからすると」


 セリアの首が飛ぶ。

 すぐに光に包まれ、身体が修復されていく。


「止まって見えるんだ」


 イグニの魔法は生み出した世界の基準ルールを術者であるイグニと、そのイグニが許したものに適用する。


 とは言っても出来ることなどそう多くはない。


 せいぜいが時間を操作し、純粋なエネルギーを敵にぶつけるだけ。


 だが、それだけで。


「届かない、だろ?」


 最強に至れる。


 イグニの魔法に対抗できるのは人類の中で、唯一光速移動をすることが出来るルクスだけ。


「止まれ」


 イグニの言葉で世界の“時”が止まる。


 正確にいえば、イグニの『小宇宙ファイアボール』の包括時間を無限点まで加速させることにより、それに同調しているイグニたちの時間を加速させる。したがって通常世界との差異により、時間が止まる。止まって見える。


「アリシア。後ろに回ってくれ」

「うん」


 止まったままのセリアの後方にイグニが回ると、『小宇宙ファイアボール』からエネルギーを取り出し、『ファイアボール』としてセリアの両腕を撃ち抜く。


 そして、イグニたちの時間が通常世界の時間軸にまで巻き戻される。


「……ッ!」


 セリアは自分の両腕が吹き飛ばされたことに、その段階でようやく気が付くのだ。


「……確かに」


 キン! と、音を立ててセリアの剣が砂漠に突き刺さった。


「確かに、イグニ。貴様の魔法は……強い。最強格の魔法だろう。だが、私は死なない。魂に刻み込んだこの魔法は、魔力切れの心配なく使える」

「だろうな。俺の魔法も250億年のエネルギーがある。切れることはない」


 魔力というエネルギーを使う魔術と違い、0から1を生み出す魔法に魔力切れという概念は存在しない。


「だから、決着はつかないぞ」

「いや、つくさ」


 イグニが笑う。


「アンタの心を、へし折ればいい」

「……?」

「まずは『10年』だ」


 次の瞬間、セリアは自分以外の全てが鈍化したことに気が付いた。


「……なんだ。これは」


 イグニも、イグニの背中に抱きついているアリシアも身動き1つ取らない。世界の時間が止まったみたいで、


「……っ! 身体が……っ!!」


 セリアは止まった時の中で動こうとした瞬間、身動き1つ取れないことに気が付いた。


「10年……っ! そういうことか……っ!!」


 セリアはその時、イグニの言葉を理解した。


 ―――――――――


「『10年』は、どうだ」

「……うご、く。動く……。身体が……動くぞ……」


 止まった時の中、一切の身動きが取れない状況で過ごした『10年』はかの“極点”でさえも、心に来るのは当然で。


「アンタの内包する精神時間だけを俺の世界うちゅうに同調させた。次は『100年』だ」

「……ッ!」


 セリアは何を思ったのか、その拳を握り締めたままイグニに飛び掛かって。


「…………あ」


 すぐにハッとした表情を取り戻し、地面に落ちた。その瞬間に、『100年』が経過している。

 イグニたちにとっては一瞬、されどセリアにとっては無限にも等しい『100年』が終わったのだ。


「やろうと思えば1000年でも10万年でも5億年でも……何なら250億年だって、出来るぜ」


 イグニの『小宇宙ファイアボール』が放つ煌めきをセリアは眺めてから、地面に膝をついた。


「……私の…………」


 イグニの『小宇宙ファイアボール』が煌めいて、


「負けだ」


 その言葉とともにイグニとアリシア、そしてセリアの身体を光が包んでいく。


「1時間経ったな」

「1時間……。そうか、1時間しか……経っていないのか」


 セリアはぽつりと漏らすと、すべてを諦めたように目をつむる。


 ちなみにイグニはいつ『くっ殺せ』と言うんだろうかと、胸を高鳴らせて待っていた。

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