第33話 魔法使いと魔術師

「アリシア。俺の側から離れるな」

「えっ」


 転送陣が開くと同時にイグニはアリシアを抱きかかえて、上空へと浮かび上がった。浮かびあがる途中でアリシアは周囲を見て驚いた。


 辺りにあるのは一面の砂。


「ここは……。どこだ」


 一足遅れて、状況に気が付いたセリアが漏らす。


「ここはガルガント砂漠。『魔王領』のすぐ側にある砂漠だ。半径数十キロに渡って人が居ない。大規模魔術だろうが天災魔術だろうが、なんならだって使っても良い」

「……随分と、上からじゃないか」


 イグニはアリシアを抱きかかえたまま、上空からセリアを見下ろす。


「俺は……頭が良くないから、いろいろ考えたんだ。どうやったらアリシアを後腐れなく、助けられるかってな」

「聞こう」

「あなたを、倒してしまえばいい」

「うん?」

「“生の極点”を倒す。でも、あなたは“最強”の魔術師だ。だから、口が裂けても帝国の人たちに『負けた』なんてことは言えない……そうだろう?」

「ふむ」

「だから、俺があなたを倒す。俺はそれを餌にして、あなたを引かせる。『敗北』すれば、あなたは引かざるを得ない。何しろ“最強”の“極点”が学生に負けるんだ。しかもここに居るのは俺だけじゃない。第3皇女のアリシアもいる。証人としては、バッチリだ」


 例えイグニが1人でセリアを倒した、などと言っても誰も信じないだろう。


 だが、イグニが倒したとアリシアが言ってしまえばその信用度は跳ね上がる。

 何しろ、アリシアは皇女なのだから。


「面白い。だが、イグニ。お前は1つ誤算をしている」

「誤算?」

「私が、負けないということだ」

「いいや。アンタは負ける」


 イグニがそう言った瞬間、莫大な魔力があふれ出す。


「『装焔イグニッション彗星メテオ』」


 カッ!


 天を覆うほどの巨大な『ファイアボール』が生み出される。


 世界が昼間になったかのように明るくなり、膨大な熱と光が周囲を舐めていく。


「俺には、天災魔術を使えるだけの才能がない」

「…………」

「でも、天災の魔術なら使えるんだ」


 イグニは笑うと、


「『落星ファイア』」


 星を、堕とした。


「デカいな」


 セリアはその『ファイアボール』を眺めて、笑った。


「言ったはずだぞ、イグニ。私は、負けないと」


 セリアは抜刀。


「『身体強化アクティブ』」


 バンッ! 


 一瞬でセリアの筋肉が盛り上がると、


「フッ!」


 息を吐きながら、剣を振った。


 次の瞬間、イグニの生み出した天を覆うほどの巨大な『ファイアボール』が両断される。


「ああ。これは……」


 イグニが瞬きをした瞬間、セリアが目の前にいた。

 獰猛な笑みを浮かべて、言葉を吐く。


「殺さないのが、難しい」

「『装焔イグニッション』」


 しかし、イグニは冷静にそれを見切っている。


「『爆破ファイア』」

「何度目だっ!」


 セリアは空中で爆炎を叩き斬ると、イグニとアリシアに手を伸ばす。

 だが、煙を払った先にイグニたちはおらず。


「『装焔イグニッション狙撃弾スナイプ』」


 イグニの前方に生み出された3つの『ファイアボール』がキュルキュルと回転する。


「『発射ファイア』ッ!!」


 ドドドン!!


 空気を破裂させる音が連続して響くと、全弾セリアに命中。

 だが、セリアは意に介さず地面に着地。剣を伸ばすと同時にイグニに向かって迫って来る。


「効いて無いのか」

「ううん。効いてるわ」


 イグニは足元に『ファイアボール』を生み出すと、指向性を与えて爆発。地面の上を『装焔機動アクセル・バースト』で移動しながらアリシアの言葉を待った。


「でも、治ってる。すぐに、ね」

「治癒魔術か」


 人の身体を癒すその魔術は【生】属性の得意技だ。


「あんなに速い治癒魔術は初めて見たぞ」

「だって“極点”だから」

「なるほどな」


 イグニはセリアに絶対に近寄らない。

 近接戦闘こそ、彼女の得意領域だと知っているからだ。

 

「『装焔イグニッション徹甲弾ピアス』」


 セリアと50mから100mほどの距離を取りながらイグニは詠唱。

 生み出された3つの『ファイアボール』が高速回転。


「『発射ファイア』ッ!!」


 セリアが地面を蹴ると同時に剣を構える。


「はぁッ!」


 その一声と同時にイグニの撃った『ファイアボール』が弾かれ、斬られ、避けられた。


「『身体強化アクティブアーム』」


 セリアの詠唱。


「素早い馬は」


 ヒィイン!! と、冷たい金属音が響く。


「足を断つに限る」

「……っ!!」


 踏み出したはずの、イグニは体勢を崩す。


「アリシアっ!」


 とっさに自分を背にして、地面に落ちる寸前、


「『風よヴェントス』っ!」


 アリシアの魔術がイグニの身体を拾い上げた。


「イグニ! 足が……っ!!」


 太ももより下が無くなったイグニに、アリシアが悲痛な声を漏らす。


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』」


 イグニの両足ははるか後方で、血液をまき散らしながら鎮座している。


「『群体生成ジェネレート』」


 次の瞬間、イグニの両足を補うように無数の『ファイアボール』が展開される。1つ1つが小さく、まるでイグニの細胞のように『ファイアボール』が足となる。


「……ッヅ!!」


 それによってイグニは傷口を焼いて、強制的に止血。『魔王領』では自分の四肢が無くなることなどザラだった。だから、それを一時的に補うための技。


 だが、当然に痛む。


 傷口の痛み。火傷の痛み。

 痛覚神経を直接、火で焼かれる痛みだ。


 だがイグニは、歯を食いしばって立ち上がる。


「もう、大丈夫。イグニ! 私は大丈夫だから!! 姉さんに頼めば、今からだって脚は治せるから……。謝ろう!? 私が帰ればいいだけ……。だから、降ろして。イグニ……」

「アリシア、君は……。君は、どれだけそうやって、自分を押し殺してきたんだ」

「……ち、違う! 押し殺してなんか…………っ」

「ちょっとくらい、わがままな方が……女の子は、可愛いんだぜ」


 イグニが、痛みに耐えながら笑う。


「根性のいる止血だな。痛むだろう、イグニ」

「……痛く、ねえよ」


 追いついたセリアに、イグニが吐き出す。


足の喪失こんなものは本当の痛みじゃない……っ」

「ふうん?」

「本当の痛みってのは、心の痛みだッ! アリシアの痛みは、足の傷こんなものより、100倍痛いッ!」

「よく吠えるな、イグニッ!」

「『装焔イグニッション』ッ!!」


 イグニの目の前に生み出されたのは2つの『ファイアボール』ッ!


 前方を堅く、後方を柔らかく……ッ!


「『発射ファイア』ッ!!」


 ドンッ!!!


 爆発音と同時にイグニは地面を蹴る。


「さあ、空をあおげッ! “極点”ッ!!」


 刹那、再び『ファイアボール』が空を覆う。だが、先ほどの『彗星メテオ』とは違う。

 1個1個は普通の大きさの『ファイアボール』が空を覆いつくしている。


「凄まじい魔力量だなッ! イグニ!!」

「鍛えたからな」


 イグニは笑う。


「ざっと16384個の『ファイアボール』。避けれるもんなら、避けてみろっ!」

「素晴らしい! 帝国の魔術師でもここまで同時詠唱できる魔術師はそういない!!」

「『装焔イグニッションッ!』」


 上空に浮かび上がる全ての『ファイアボール』が真っ白に染まって、


「『爆撃ファイア』ッ!!」


 ズドドドドドドドドドドドドドッツツツツ!!!!!


 圧倒的な暴力として、セリアに降り注いだ。


「イグニ! 全力でぶつかってッ!」

「ああっ!」

「姉さんはのっ!」

「……死なない?」

「だから、お願い! 殺す気で!!」


 当然イグニとてこの程度で“極点”を倒せるなんて考えていない。

 だから次の手は既に打っているが、アリシアの言葉に首をかしげざるを得ない。


「『装焔イグニッション極小化ミニア』ッ!」


 イグニの後方に魔力で出来た加速炉が生み出される。


「『加速アクセラレーション』ッ!!」


 ――キィィイイイイイインンンンンンッッツツツ!!!!


 イグニの膨大な『ファイアボール』がセリアを叩きのめしている間、追撃の大規模級魔術の発動!


 そして、亜光速にたどり着く。


「撃って、イグニッ!」

「『発射ファイア』ッ!!」


 アリシアの懇願と、イグニの発射は同時ッ!


 ズドッッッッツツツツツツツツンンンンンンンン!!!!!


 撃ちだされた『ファイアボール』はセリアに激突、そして爆ぜるッ!


 爆発と衝撃が砂を巻き上げて、砂の雨を降らせる。


「……なる、ほど。これは、痛いな」


 だが、イグニの魔術を食らってもセリアは立ち上がる。


「おいおい……。防御魔術の1つも使わずに食らって……喋れるのかよ」


 自信があった魔術がゆえに、イグニは少しだけ息を吐きだした。


 風が吹き、煙と砂ぼこりを取り去ると、そこにはボロボロになったセリアが居た。


 度重たびかさなる爆撃と、イグニの魔術によって肌は黒く炭化し右腕は既に無い。

 残る左腕で剣を杖のようにして立っている姿は、“極点”のものとは思えなかった。


「『リセット』するか」


 しかし、セリアはあっさりそう言って――自分の首を刎ねた。


「なッ!?」


 イグニは驚きのあまり、声を漏らす。


 次の瞬間、セリアの身体が光の粒になって消えるとそれが再び寄り集まって形を作る。


「ああ、驚く必要は無い。これは私の『魔法きせき』だ」


 そして、まったくの無傷になったセリアが鎧を鳴らして笑った。





 “極点”と呼ばれる魔術師たちがいる。

 魔術を極め生物としての究極地点に立った彼らは、またの名をこう呼ばれる。


 ――魔法使い、と。



 魔力をかてに1を10にするのが魔術である。

 魔力を糧に10を1にするのが魔術である。


 だが、魔法は。


「何もなくとも、生み出せる。そんなものがあれば、奇跡まほうと呼ぶにふさわしいと思わないか? なぁ、イグニ」


 0から1を生み出せる。


「……ああ、まったく」


 イグニがうめくように漏らす。


 “生の極点”セリア・エスメラルダ。

 またの名を“しなず”のセリア。


 使う魔法は“生の極点”に相応ふさわしい『不死の奇跡』。


 魂に刻まれた術式により、どれだけの損傷を負おうとも『死』というトリガーとともに、全てがリセットされる。


 不死の魔法使い。それが、彼女である。


 絶望的な状況を前にして、イグニの頭の底に過去の記憶が流れていく。


 ―――――――――

『イグニ! お前より強い女がいたらどうする』

『じいちゃん。そんなことより俺、寝たいんだけど』


 あれは『魔王領』を1週間も寝ずに歩いた時のことだった。


『どうする、と聞いている』

『……離れる』

『何故じゃ?』

『だって、“強い男”の方がモテるんでしょ? そんな人の近くにいてもモテないじゃん』


 バチン!


『うおッ! いったッ!! でも目が覚めたッ!!!』

『逃げる男がモテるかァッ!!』

『……ッ!?』

『今のお前より強い女なんてこの世界にごまんとおるわ! その全員から逃げるつもりかッ!!』

『……お、俺は…………っ!』

『立ち向かわんかッ! 追いつかんかッ!! そして、追い越さんかァッ!!』

『じ、じいちゃん!』

『人は、そういう健気なところにグッとくるんじゃッ!!』

『な、なるほど……!』


 ―――――――――


 ……ああ、なるほど。


 あれは、そういうことか。


「どうした? イグニ。来ないのか」


 セリアが挑発する。


 今までの攻撃の全てを無かったことにされたイグニは、心配そうな顔で見つめるアリシアを安心つけるために笑った。


「いいや。1つ、真理にたどり着いたんだ」

「真理?」

「ああ。……努力の、大切さにな」


 モテの極意その1。――“強い男はモテる。しかし、努力する男はもっとモテる”。


 その言葉の意味が、ようやくできた。


「“生の極点”。不死の魔法使いか。なら、俺も――を出さないとな」


 イグニが笑う。


 セリアが剣を構えて、地面を――蹴った。


「アリシア。俺を離すなよ」


 そう言って、イグニは右の掌をセリアに向けた。


「俺の魔法を、見せてやる」

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