第32話 宣戦布告

「しかし、アリシア。どうして“大会”の観戦をした? 私たちが来ることなんてわかっていただろうに」


 海へと進む馬車の中、アリシアはセリアを前にして手を握り締めた。

 アリシアの隣ではユーリが怯えた顔をして、座っている。


「……私が、観戦に行かなかったら、私が見つかる確率は87%だったわ。逆に観戦に行けば、見つからない確率が60%だった」

「ほう。面白いな。“占い”か」


 こくり、とアリシアが頷く。


「“かぜ”のアリシアともあろう者が、ずいぶんと不確定なものに手を出したな」

「……『“かぜ”のアリシア』」


 ユーリがわずかに漏らす。

 噂に聞いたことがある。


 箒に乗って戦場の空を駆ける魔女のことを。

 1人いるだけで全ての航空戦力を叩き潰す、そんな魔女のことを。


「姉さんは……ずるい」

「うん?」

「姉さんは、私と違って自由だもの! 何をやったって許される! 皇位を捨てた時も! 前線に出ることも! 姉さんには許される!!」

「それは違うな、アリシア」


 アリシアの言葉をセリアは制した。


「私が武術を始めた時には酷く馬鹿にされたものだ。『女が武術をするのか』とな。魔術を始めた時も馬鹿にされたよ。『皇女が魔術なんて習う必要なんてない』と」

「……じゃ、じゃあ」

「その全てを私は結果で黙らせてきた。分かるか、アリシア。お前がこうして連れ戻されるのは、お前がからだ」

「……ッ!」

「結果を出せば、人は黙る。所詮はそんなものだ。文句があるなら、力で黙らせれば良い。それが出来ないのなら、黙ってそこに座っていろ」


 アリシアはセリアの言葉に黙り込んでしまう。


「ふん。戦場に血の雨を降らせても、表情1つ変えなかったお前が随分と表情を変える様になったじゃないか。“大会”とて、見に行った理由は数字のためじゃないだろう」


 セリアの言葉にアリシアはわずかに悩んでから、口を開いた。


「友達、だったから……」

「うん?」

「初めて出来た、の試合だったから」

「イグニか」


 セリアは鎧を揺らして頷いた。


「確かにあいつは強い男だ。いずれは“極点”にも手を伸ばすだろう」


 こくり、とユーリとアリシアが頷く。


 馬車が減速する。

 目的地が近いのだろうか。


「だが、駄目だな。覚悟が足りない」

「……覚悟?」


 アリシアが首をかしげる。


「人を切り捨てるという覚悟だ。目的遂行のために、友人を手にかけるという覚悟だ」


 バチン!


 と、馬車の中に高い音が響いた。


「ば、馬鹿にしないでっ!」


 それは、アリシアがセリアを叩いた音だった。


「イグニが仲間を見捨てるっ!? そんなはずない! イグニは……っ! イグニは! 良いやつよ!」


 セリアはアリシアを見つめる。


「仲間を切り捨てるのなんて勇気じゃないっ! そんなのはただの冷酷さよっ!!」

「あ、アリシアさん……」


 震えていたユーリが静かにこぼす。


 しかし、馬車が止まった。


「もう港に着いたか。話はここまでだ、アリシア。降りるぞ」


 普段はセリアの部下が扉を開くのだが、一向に扉が開かれない。

 

「……うん?」


 セリアが窓の外を見る。

 

 なんてことはない。

 ただの往来である。


 港まではまだあるはずだ。


「おい。どうして止まった?」


 セリアが御者に話しかけるが、御者は何も言わない。

 ただ、静かに座っているだけ。


「おい。何があった」


 ドン!!


 セリアの問いをかき消すように、落雷のような音が馬車の中に響く。


「悪い。遅くなった」


 屋根を壊して、馬車の中にやって来た侵入者は悪びれもなくそう言った。


「「い、イグニっ!」」

「出るぞ」


 イグニはユーリとアリシアを両脇に抱えると、足元で『ファイアボール』を起爆。一瞬にして、上空へと浮かび上がる。


 セリアはすぐにイグニに後を追いかけるべく、跳びあがった。


「なるほど。“くぐつ”のエレノアか」


 その時、セリアは状況を飲み込んだ。


「さぁ? 何のことかな」


 見ればユーリをとらえていた部下たちも御者と同じように立ち尽くしている。明らかに何かの影響を受けていることは間違いない。


「『装焔イグニッション』」


 2人を抱き寄せた状態で、目の前に『ファイアボール』を生み出すと、


「『発射ファイア』ッ!!」


 こっちに向かって飛んでくるセリアに向かって砲撃ッ!

 上空で撃ち落とすッ!!


 しかしセリアは魔力を込めた拳でそれを弾くと、イグニに向かって手を伸ばす。


「……シッ!」


 イグニは上空で『ファイアボール』を爆発させると、その爆風で両者の距離を大きくあける。


 遅れて建物の屋根に着地。


「逃げろっ! ユーリ、アリシア!!」

「う、うん」


 ユーリは頷いて逃げようとするが、


「ど、どうして助けに来たのっ!」


 アリシアは、逃げない。


「私は……大丈夫って言ったはずよ! 助けに来なくても、大丈夫だって……!」

「大丈夫?」


 イグニはセリアを見下ろしながら、アリシアに問う。


「なら、どうして泣くんだっ! アリシア!」

「だってじゃないっ! 姉さんは“極点”で、私は帝国の第3皇女で……! 友達だっていなくって……!」


 セリアが剣を抜く。

 ここでやるつもりだ。


 ここは大通りのど真ん中、こんなところで戦うとなると尋常じゃない被災者が出る。


「友達が欲しくて……自由になりたくて、家を抜け出した……! でも……。でも! そんなことは許されるようなことじゃないから……っ!」

「……許されるようなことじゃないなら、何だっていうんだ」


 イグニの声に怒気がこもる。


「アリシア! はどうしたいんだッ!!」

「む、無理……よ。姉さんに勝つのは、無理だから……」

「よく聞けェッ!!」


 イグニの魔力がアリシアとユーリとセリアを圧する。


「いま聞いてるのはお前がどうしたいかだッ! 無理だとか、無理じゃねえとかッ!! 関係ないッ!!!」


 それは、ルクスがイグニを助けた言葉で。


「決めろっ! アリシア!! 今、ここでッ! 自分の心に従うか、それとも国に従うかッ!」

「私は…………」


 アリシアの声が震える。


「…………助けて、イグニ」


 かすれるような、しぼりだすような声で。


「助けてよぉ。イグニぃ」


 泣きながら、アリシアが言った。


「当たり前だッ!」


 イグニがそう叫ぶ。


「頼れ、アリシア! 俺を、をッ!」


 次の瞬間、イグニとアリシアとセリアを巻き込むようにして巨大な魔術陣が展開される。


「あ、ごめ~ん。アリシアちゃん巻き込んじゃったぁ~」

「ミラ先生っ!?」


 驚いた顔を浮かべるアリシア。

 ミラ先生の後ろには笑顔を浮かべたエレノア先生もいる。


 モテの作法その13。――“困った時はちゃんと相手を頼るべし”。


「ほら~。私って先生だからさぁ~。生徒に頼まれると弱いんだよねぇ~」


 セリアが魔術陣から出ようとするが、身体が動かせないのか必死にもがいている。


「“とびら”のミラっ! ならばこれは転送陣かっ!」


 セリアがうめく。


「そだよ~。でも、飛ぶのは君たち3人」


 ミラが笑う。


「1時間だよ。イグニくん」

「はい」

「1時間でみんながこっちに戻ってくる。それまでに、しっかり決着をつけるの」


 イグニが頷く。


「さあ、イグニくん! をしっかり守るんだよっ!」

「任せてくださいっ!」


 モテの作法その10。

 ――“期待は必ず超えていけ”。


「はッ! 任せられただと!? 大会優勝者が、私に勝つつもりか!?」

「あなたは……許さない。アリシアを泣かせたことは、許さないっ!」

「ははははっ! 思い上がったな、、イグニッ! たかが大会優勝者の分際で、私を倒すとでも!?」

「倒すさ。俺は――”最強”だ」


 その言葉に助けられたのは、誰よりもアリシアで。


 次の瞬間、パッ! と、転送陣が輝くと3人の姿が目の前から消えた。





 後に残された3人が、静かに魔力痕を眺める。


「……イグニくんは大丈夫かしらぁ」


 エレノアが心配そうに、そう言うと。


「私も~……」


 ミラが、


「私も~あんな青春が送りたかったなぁ~」


 ぽつりと、漏らした。


「ミラ先生……」


 ちょっと引いた様子のエレノア。


「エレノア先生は~?」

「私はぁ、イグニくんみたいな男の子が同級生に欲しかったわぁ」

「あ~分かる~」


 随分と気の抜けた教師たちの会話に、ユーリは戸惑とまどいながら尋ねた。


「い、イグニはどこに行ったんですか!? アリシアさんは!?」

「あらぁ、ユーリくん。それ、聞いたらびっくりするわよぉ」

「ビックリ?」

「うん。だってぇ、イグニくん」


 エレノアがほほ笑む。


「“極点”、倒しに行ったんだものぉ」

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