第31話 覚悟と魔術師

「『装焔イグニッション』ッ!」


 寮の周囲は民家!

 大規模級の魔術は使えないっ!!


「『発射ファイア』ッ!!」


 従って、イグニの技はどうしても弱まってしまう。


 ヘルスパイダーやスカルドラゴンを倒したような『ファイアボール』を使えばこの辺り一帯が焦土になる。


 それは、出来ない。


「戦いづらそうだな。イグニ」

「いいや。そんなことはない」


 だが、それにケチをつけても始まらない。


 どんな時でもどんな場所でも、常に安定して結果を出し続けなければいけない。


 そうしなければ、“最強”には至れない。


「技の精度が上がってきたな。この闇の中、よくやる」

「鍛えて貰ったからなッ!」


 それはルクスだけではない。

 エルミーとの特訓でも身についた技術。

 

 技を受ける側の気持ちを考えることで、術の精度が上がるのだ。


「ふッ!」


 セリアが地面を踏み込む。


 ドン!!!


 刹那、地面が。セリアは己の筋力を使った踏み込みによって大地を押し上げたのだっ!


「『装焔機動アクセル・ブートッ!』」


 無理やり空中に押し上げられたイグニは、足元に数千の『ファイアボール』を展開!


「『加速バースト』ッ!!」


 足元に生まれた無数の『ファイアボール』に指向性を与えて起爆ッ! 

 空中で強引に身体を動かしてセリアの斬撃を回避するッ!!


「ただの『ファイアボール』をそこまでの精度に押し上げる。すさまじいな」

「まだまだあんぜッ!」


 イグニは足元の『ファイアボール』を操作して、空中に浮かび上がったセリアの真下に移動する。空には何もない。


 なら、級の魔術とて使えるッ!


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』!」


 果たして、その『ファイアボール』は誰が見えるだろうか。


 分子レベルにまで小さく展開した『ファイアボール』。

 その数は数兆。


 それらすべてを周囲の分子と強引に擦れ合わせることによって生まれた負の電荷は正の電荷を求める。


 それは、自然の摂理であるが故に、


「『落雷ファイア』ッ!!!」


 ドンンンンッッツツツ!!!!!


 セリアに、する。


 これはイグニが『魔王領』の雷雨の中で偶然に身に着けた技。雨というイグニにとって不利な状況を覆すために生み出された技術。


 さしもの“極点”も何の防御も取らずに落雷が直撃して無事なわけがない。


 セリアは大きく身体を跳ねさせて……剣をついて、地面に着地した。


「……なるほど。撃つだけが『ファイアボール』じゃないということか」


 セリアの身体は大きな火傷を負っている。

 だが、それも目に見える速さで治っていく。


 流石は“【生】の極点”。

 治癒魔術などお茶の子さいさいなのだろう。


「雷は効くだろう?」


 ルクス以外の人間に使ったのは初めてだった。


 何しろ人は、雷が落ちると死んでしまうのだから。


「ああ。久しぶりだよ。で行こうと思ったのは」


 立ち上がったセリアの身体の傷は全て修復されていた。


「技のレパートリーなら、まだまだあるぜ」

「まるで『ファイアボール』の市場デパートだな」

「安心してくれ。売り切れはない」

「しかし、疑問だな。なぜアリシアのために私と戦う? お前になんの利点がある」

「『助けてくれ』って言われたからな」

「アリシアにか」

「そうだ」

「それだけで私と戦うのか?」

「他に理由がいるか?」


 イグニが真顔でそう言うと、セリアは噴き出した。


「ふはははははっ!! そのために“極点”を相手にするだと!? 正気じゃあないな、イグニっ!」

「……? 何を言っているんだ?? 『助けてくれ』って言われたんだ。助けるのは当然だろ?」

「全く、アリシアは良い男を見つけたなッ!!」


 そういってセリアが剣を構えた瞬間、


「待ってっ!」


 アリシアの声が2人の間に割って入った。


「……待って、姉さん。私、帝国に帰るわ」


 イグニが振り向くと、そこにはセリアと同じような甲冑に身を包んだ兵士が数人。全員がユーリに剣を向けていた。

 人質にとられたユーリは泣きそうな顔をしてイグニを見ている。


「……1人じゃなかったのか」


 イグニが息を吐き出す。


 ユーリは戦闘職じゃない。

 先にそこを抑えられれば、アリシアも戦えない。


「逆に、1人だと思っていたのか?」


 セリアが溜息をつく。


「……卑怯だわ。姉さん。人質を取るなんて!!」

「卑怯? 目的遂行に卑怯も何もあるまい」


 アリシアの言葉をセリアは軽く流す。


「まあいい。帰るぞ。アリシア」


 そういって、セリアは剣を収めて踵を返した。


「ま、待てっ! ユーリを解放しろっ!!」

「アリシアが船に乗ったら解放してやる。それまでは、このままだ」


 イグニが無言で魔力を高め、ユーリに剣を向けている兵士たちにそれを向けると、


「待ってイグニ! ユーリが死んじゃう!」


 アリシアの言葉にイグニは魔術を収める。

 収めざるを、得ない……。


「ごめん。イグニ。急にこんなことに巻き込んじゃって……。ごめん」


 アリシアは、少しだけ顔を曇らせてイグニに別れを告げる。


「短い間だったけど、楽しかったよ。イグニ」

「……アリシア。君は」

「遅刻しそうになった時、助けてくれてありがとね」


 アリシアが踵を返す。


「君の友人は、朝にでもここに戻っているさ」


 セリアもそう言って去っていく。


「アリシア! 君はそれでもいいのかっ!」

「…………」


 振り向かずにアリシアは無言。


「ありがとう。さよなら」


 そう言って、アリシアは去っていく。

 人質にとられたユーリとともに。


 ……どうして、泣くんだ。


 イグニの言葉は口をついては出なかった。


 そして、身動きの取れないユーリとアリシアを連れてセリアたちは寮を後にする。


「…………じいちゃんなら、どうする」


 1人、残されて雨に打たれるイグニはつぶやく。


 突然の来訪者、友人の人質、敵は“極点”。


「……“極点”なら、どうする」


 戦いづらい環境。どうしようもない状況。泣いている女の子。


「まあ、当然……」


 イグニは天に向かって『ファイアボール』を撃つ。


 空高くで大きな音が鳴り響くと同時に空を覆っていた雲が


 雨と雷が全て吹き飛び、満天の星が顔を覗かせる。


「ぶっ壊すよな」


 モテの作法その7。

 ――“女の子が泣いて逃げたら追いかけろ”。


「……ここでやらなきゃ」


 イグニの目が燃える。


「男が廃る」


 気合は、いつも以上に入っている。


 モテの極意その1。――“強い男はモテる”。


「今の俺は、強いだろ」


 イグニの身体を、魔力が覆う。


 覚悟など、2年前に出来ていた。

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