第26話 弟と魔術師・下

「イグニ!? イグニだと……!!?」


 観客席にいたタルコイズ家当主、アウロ・タルコイズは目を見開いた。


「馬鹿な……っ! なぜあいつがここにいる……っ!!」


 彼は明らかに取り乱し、周囲にいた従者を捕まえて聞いた。


「わ、分かりません!」

「ふ、ふざけるなっ! あいつの才能は【火:F】じゃないのかっ!?」


 貴族たちがいるのは庶民の観客席とは別。

 彼らには特別に個別の観客席が与えられる。


 それは貴族同士の対立を防ぐ目的もあるが、何よりも防犯という意味が強い。不審者が入らぬように警備は徹底されている。


「“才能”じゃなくて、“適性”が、じゃよ」


 だからこそ、その声に全員が黙り込んだ。


 そこにはいたのは1人の男。

 フードを深くかぶり、ローブを全身に纏っている。


 老いたとは言え、その眼光は狩人のようにすさまじく。


「……お前はっ!!」

「“適性”とは結局のところ、向き不向きでしかないんじゃ。それは“才能”ではない。その違いがお前に分かるかの?」

「な、何をしに来た! ルクスッ!!」

「父上と呼ばんか。アウロ」


 “光の極点”がそこにいた。


「ふ、ふざけるなっ! お前なんかが私の父であるものかっ!!」


 アウロがルクスに向かって叫ぶ。


「孫の活躍を見に来たんじゃよ」

「孫、だと……。じゃあイグニがここにいるのは……ッ!!」

「ワシが育てた」


 ルクスは何でもないようにそう言った。


「……はっ。ハハハハッ!!! ついに耄碌もうろくしたか! 【F最低値】の才能をどれだけ鍛えても所詮はFゴミ! フレイの勝ちだッ!!」

「お前の、ひどく短絡的な思考は相変わらずじゃの」

「……何?」

「勝つのはイグニじゃよ」


 そして、ルクスは笑う。


が、違うからの」


 ―――――――――



「『極光奔流アウローラ・バースト』!!!」


 イグニは身体をひねってフレイの魔術を回避っ!


 明らかに魔術のタイムラグが減っている。


「俺の『装焔イグニッション』に近いな……」


 イグニはぽつりとそう漏らした。


 『威光フレイア・バースト』。

 

 体内の魔力の9割を予めことにより、魔術の威力と速度を跳ね上げる技術。


 だが、それは。


「爆発寸前の爆弾を抱えてるようなもんだろ! フレイ!!」

「うるさいっ!! 黙れッ!!!」

「『装焔イグニッション散弾ショット』ッ!!」


 イグニの詠唱で1つの『ファイアボール』の中に無数の『ファイアボール』が敷き詰められる。


「『発射ファイア』ッ!」


 ズドン!!


 放射状に吹き飛んだ無数の火球が空中で爆発。

 フレイの貼った『極光散乱アウローラ・プリズム』が粉々に砕け散ったッ!


「『装焔イグニッション』」

「『極光散線アウローラ・スプレッド』ッ!!!」


 イグニの生み出した火球に向かって光線が刺さると、爆発っ!!


「『重力荷重グラビトン』ッ!!」


 とっさにイグニはバックステップ。


 ズドン!!!


 一瞬遅れて、イグニが立っていたところが大きくへこんだ。


「凄まじい魔術と魔術のぶつかり合いッ!! これが『黄金の世代』だぁあああっ!!!」

「フレイ! 負けないで!!」

「頑張ってフレイ!!」

「やれイグニ!! そのイケメンを叩きのめせっ!!」

「イグニ! 勝てえええええっ!!!」


 会場からは両者に熱い声援が届けられる。


(ああ。勝つさ。勝つともっ!!)


「イグニ! これで終わりだッ!!!」


 イグニが魔術を使おうとした瞬間、天が極光オーロラに包まれた。


「これは……!」


 大規模魔術!


「僕の2つ目の名前は“曙光しょこう”! 夜明けの光ッ!!」


 フレイが両足でしっかり地面を踏みしめると、イグニに掌を突き出すように向ける。


「これはの魔術っ!!」


 フレイの掌に莫大な量の魔力が集まっていく。


「じゃあ、俺もを見せないとな」


 イグニはフレイの魔術の真正面に立つ。


 モテの極意その1。――“強い男はモテる”


 イグニの動機が何であれ、彼の実力は本物だから。


「フレイ。どうしてお前はそこまでこの大会に固執する」

「僕は“極点”になるッ! 父上に“貴族”として、認められるんだッ!!」

「……そうか」


 イグニは自分から進んで貴族としてりたがる存在にカルチャーショックを受けた。


「それで、貴族として認められてどうする?」

「それが、僕の望みだッ!! ねじ伏せてやる。このゴミがッ!!」

「はっ。やってみろっ! お前の魔術、真正面から撃ち砕くッ!!」

「ほざけ、出来損ないがぁああああああっ!!!」


 イグニの魔力が身体を抜けて、真後ろに集まっていくと、まるで後光のように円を描く。


 ―――――――――

『じいちゃん! じいちゃん!!』

『なんじゃあ、イグニ』


 それは、イグニが『魔王領』にやってきて数か月のことだった。


『俺、どうやったら魔術の威力が上がんの! どうやったら『ヘルスパイダー』倒せるようになんの!!?』

『そのためには2つの方法がある』

『2つも!?』

『1つは魔力量を増やすことじゃ。魔術に込める魔力を増やせば密度と威力が跳ね上がる』

『2つ目は!?』

『速度を上げることじゃ』

『……速さ?』

『そうじゃ。魔術を光の速さまで押し上げるのじゃ』


 ―――――――――


 それは最速の種族であるワイバーンを倒すときにたどり着いた境地。


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』」


 生み出したのは、目にも見えない小さな『ファイアボール』。

 それはイグニの背後に生み出された円形状の魔力の中で撃ちだされると加速開始。


「『加速アクセラレーション』ッ!!」


 魔力による加速機構を円形状につなげ、極小の『ファイアボール』を加速させるっ!!


 ――キィィイイイイイインンンンンンッッツツツ!!!!


 加速する。加速させるッ!


 ――ィィィィィイイイイイイインンンンッッツツツツツ!!!!


 そしてそれは、亜光速にまで到達した。


 刹那。 


 お互いの視線が交差する。

 それはまさに、刹那の間であった。


「『夜明けの光サンライズ・ゼロ』ッ!!!!!」

「『発射ファイア』ッ!!!!」


 フレイが撃ちだしたのは光の奔流!

 触れれば片っ端から蒸発していくエネルギーの塊っ!!


 イグニの魔術はその光に真正面から激突して――フレイの魔術を、穿ちぬくッ!!!


「うおおおおおおッ!!!!」


 ダメ押しとばかりに両者が魔力を注ぎ込むッ!


「僕が勝つ……ッ! 勝つんだっ!!!」

「いいや、俺の勝ちだッ!」


 ズドッッッッツツツツツツツツンンンンンンンン!!!!!


 イグニの『ファイアボール』がフレイの『夜明けの光サンライズ・ゼロ』を貫いたッ!


「『吹っ飛べファイア』ッ!!!!!」


 撃ちだされた極小の『ファイアボール』が爆発ッ!!!!


 ボロボロになったフレイの身体が真後ろに吹っ飛ばされるっ!!


「ちくしょう! まだだ! まだ、僕は……ッ!!」


 フレイが落ちながら、虚空に向かって手を伸ばす。


「いいや、お前の――」


 ぼちゃん! と、フレイの身体が水に落ちた。


「――負けだ」

「今大会優勝者はイグニ選手だぁああああああああっ!!!!

「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオッッツツ!!!!」」」」


 会場が揺れんばかりに震えた。




 ―――――――――




「ば、馬鹿な……っ! フレイが負けた、だと……!?」

「ほら、言ったじゃろ。イグニが勝つと」

「い、一体どんな不正を働いたって言うんだ! フレイは【極光】の……それも【SS】だぞ……っ!!!」

「魔術の精度が違っただけじゃよ」

「……魔術の、精度だと?」

「フレイの“才能”は確かに素晴らしい。じゃがの、あれもこれもに手を出しすぎじゃ。汎用性で言えば確かに同年代の中ではトップにある。言い換えれば、たった1つの武器を持っていない」

「……武器」

「ああ。これなら負けない、と言った武器じゃ。じゃから頼みの綱の大規模魔術もイグニに負ける」

「……そ、そんな……はずは……ない。そんなはずは、無いんだ……ッ!!」

「アウロよ。少し、“極点”から離れてみたらどうかの。自分の息子を道具としか見とらんお前に、孫は預けられん」

「ふざけるなっ! 放浪癖のあるお前がそれを言うのかッ!!」

「くははッ! そう言われてしまえばそれまでじゃが」

「フレイが……負けても……イグニがいる……! イグニなら……“極点”を目指せる……っ!!」

「その言葉は間違いじゃないが……イグニはもう家には戻らんとおもうがの」

「う、うるさい! これは家のことだ!! お前が口を出すなっ!!!」


 そう言って、アウロは席を飛び出した。


 残された従者とルクスは顔を見合わせて、溜息をついた。

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