第21話 練習と魔術師

「“大会”の模擬戦をしたい?」

「ああ。アリシアなら良い相手になると思ってな」


 放課後、授業が終わるやいなやイグニはアリシアを誘った。


 モテの作法その13。――“困ったときはちゃんと他人を頼るべし”、だ。


「生徒会の人に協力してもらえればいいんじゃないの?」

「3年生は忙しいらしいんだ」

「ああ。そういうこと」


 任務で出払っているのだそうだが、それは1年生に言えないのでイグニは濁した。


「い、イグニ様! 私は……!?」

「もちろん、イリスもだ。【地:S】の天才ともちゃんと戦いたいから」

「や、やった! 私、イグニ様に初めて必要とされた……!!」


 滅茶苦茶重たいことを言って一人で感極まるイリス。


 慣れてしまった……というか、相手にしていてもしょうがないのでイグニは無視。


「イグニ、私も協力する」

「エルミーはダメ」

「な、何で」

「練習に……ならない…………」


 いつの間にか教室にいるエルミーに顔を引きつらせながら否定を告げるイグニ。


 モテの作法はイグニの生き様そのものである。

 それを自身で否定するというこの心境はいかに。


「ぼ、僕も協力してやろうか?」

「いや、エドワードは……」


 時間の関係で無理だから、と言おうとした瞬間。


「ふん! だろうな!! そうだと思ったよ!!」


 そう言って、取り巻き2人を連れて教室から出て行くエドワード。

 いつも元気なやつである。


「じゃあボクは観戦させてもらうよ」


 戦闘職ではないユーリはそういってほほ笑んだ。


 というわけで模擬戦場に移動。


 まずはアリシア対イグニという形で模擬戦を始めることにする。


「それにしても、イグニくらいの実力者でも模擬戦の練習するのね」


 アリシアは箒に乗りながらそう言った。


「ああ。対人経験は少ないんだ」


 嘘である。が、相手はあの“光の極点”ルクスである。

 どこまで自分の実力が他人と乖離しているのかは理解しておく必要があるとイグニは考えた。


 ルクスと“大会”の出場者の間には有り得ないほどの実力差がある。


 だからこそ、模擬戦を通じて“極点”ではない人間がどの程度なのか、ということを知っておかないとうっかり殺しかねない。


「試合、開始!」


 ユーリの掛け声とともに、アリシアが一気に空中へと浮かび上がった。


「『装焔イグニッション散弾ショット』ッ!」


 イグニは詠唱。


 生まれた火球ファイアボールは分裂。

 一呼吸の内に数百を超える量になる。


「『発射ファイア』!」


 ドドッ!!


 イグニの掛け声とともに、数百の散弾と化した『ファイアボール』が発射!!

 空を駆けてアリシアに迫る。


「『吹き荒れてヴィクトゥム』」


 轟!!!


 と、突如アリシアの真下に暴風が吹き荒れ、イグニの撃った『ファイアボール』が風に巻き取られていく。


 一緒にアリシアのスカートも大きくはためく。


(……みえ、みえ…………!)


 こんな時でもいつも通りのイグニ。

 というかコイツはこんなんばっかりである。


「イグニ、まさかそれで終わり!?」


 イグニが撃った火球を全て巻き取ったアリシアが地面を見下ろしてそう尋ねるが、


「あ、あれ? いない……」

「後ろだ」

「え、嘘っ!?」


 『ファイアボール』の空中まで移動したイグニはアリシアの肩に手を置く。


「『撃発ファイア』ッ!」


 掌に『ファイアボール』を生み出すと、爆発時に前方へと指向性を与えることによってアリシアの身体を吹き飛ばすッ!!


 ドン!


 音を立てて箒からアリシアが吹っ飛ぶ。


「『風よヴェントス』!」


 アリシアは空中でふわり、と体勢を立て直すと、


「『ウィンドランス』!!」


 イグニに向かって風の槍を飛ばしてきたっ!


「『発射ファイア』!」


 イグニはそれに『ファイアボール』をぶつけることによって威力を相殺!


 さらにイグニは追撃とばかりに2射放つ。


「ただの『ファイアボール』は効かないわよ!」


 そう言ってアリシアはさらに魔術を使おうとするが、


「『爆破ファイア』ッ!!」


 イグニが撃った『ファイアボール』が空中で爆発っ!! 

 爆炎と煙が2人の視界を奪ったっ!!!


 その瞬間、イグニは足元で『ファイアボール』を起爆。

 一瞬で2人の距離を詰める。


「……終わりだ」


 イグニはアリシアの額にそっと触れる。

 この状態で魔術を使えばアリシアは戦闘不能になるだろう。


「そ、そこまで!」


 遅れて審判ユーリの判決が下った。


「流石ね、イグニ。手加減したでしょ」

「そんなまさか」

「言い訳はいいわ。首席を一瞬で倒したアンタが、私を一瞬で倒せないわけないもの」

「……実は、手加減してた」

「でしょ? 対人戦闘の経験って何を言うのかと思ったら、手加減の練習だったってわけね」

「……まあ」


 嘘9割、正解1割である。


 そう、この男。


 対人戦闘の戦闘経験が少ないのは本当であるし、実際に練習はしたかったのだが、それは理由の1割にしかなかったのである。


 残りの9割は何であるのか。


(……女の子に、触りたい…………ッ!!)


 という思春期男子なら、誰でも胸に抱く欲求を如何に発散するのか。

 その足りない頭で一生懸命に考えてたどり着いた結論がここであった……!!


(……触れたっ!!)


 モテたい、と言っている男にしてはやけに低い次元で喜んでいるが、イグニが女の子と触れ合うのは生徒会メンバーとの戦闘訓練くらいである。それもミコちゃん先輩ばっかり。


 ミコちゃん先輩はいい人なのでイグニ的には喜んでお願いしたいのだが、そのミコちゃん先輩はここ最近任務で会えておらず『触りたい』という欲求をこうして発散したわけである。


 本人的にはよくやったと本気で思っているので、彼が自分の気持ち悪さに気が付けるのはまだまだ時間がかかりそうだ。


「つ、次は私が行きます! イグニ様!」

「頼む」

「さ、先に私が一回だけ……♡」

「ダメ……っ!」


 いつの間にか現れたエルミーを待て、で動きを止める、


「ほ、放置……プレイ……!?」


 1人でも喜んでいるみたいなのでもしかしたらこっちが正解なのかもと考えるイグニ。


 というわけでイリスとの模擬戦を始める。


 イグニはどう触れば一番気持ち悪くないかと本気で気持ち悪いことを考え始めた。


「アリシアさんってさ、貴族の良いとこ……なんだよね」


 どうせイグニが勝つことを知っているユーリは暇。

 さっき戦ったので自分に順番が回ってこないアリシアも暇。


 ということでユーリがアリシアにそう尋ねた。


「どうしてそう思ったの?」

「服が……豪華だったから」

「うん。そうね。別に隠してたってしょうがないから言うけど、それなりに立派な家よ?」

「ごめん。言いづらかったらで言わなくても良いんだけど。どうして、学校だとアリシアで通してるの?」


 アリシア。


 名簿に彼女の姓は


「内緒。またいつか時が来たら話すわ」

「うん。そっか」


 その話はこれで終わり。

 それが、友達だから。


 ドォオンン!!!


 と、大きな爆発音とともに決着がつく。


「あ、イグニ様! 待ってください! 今日のためにいろいろ練習してきたんです! もう終わらないでぇ!」

「えぇ……。もう決着ついてるけど……。じゃ、じゃあそれだけ見てからにしようかな」

「行きますよ!! 『愛の巣ラブ・ハウス』!!」


 イリスの詠唱によって2人の周りに土が蛇のように巻き付くと、そのまま2人が抱き着くように縛り上げる。


「これでずっと一緒です!」


 目を♡にしてイグニに密着するイリス。

 しかもやけに呼吸が荒い。


 …………あれ? 俺、モテてる??


 ―――――――――

『じいちゃん! じいちゃん!』

『なんじゃい。イグニ』

『俺もじいちゃんみたいにモテモテになりたい! 何もしなくても女の子から好きって言われたい』


 バチン!!


『甘ったれるなぁッ!!』


 一喝ッ!!!


『え、えぇ……!?』

『そんな甘ったれた話があるかァっ!! 何のためにモテを学ぶっ!! 何のためにモテを磨くッ!!!』

『そ、それは……』

『モテも! 魔術も!! 全ては同じっ!! 磨きあげた者だけがたどり着ける境地があるッ!! 甘えるなッ! 油断するなッ!! 天国と地獄は、表裏一体なのじゃっ!』


 イグニはその時ハッとした。


『ご、ごめん。じいちゃん! 俺が間違ってたよ!!』

『そうじゃよ、イグニ。分かれば良いのじゃ。分かれば』


 ―――――――――


 じいちゃん! 


 たどり着いたぜ……ッ!! 天国にっ!!

 ここがそうだったんだっ!!!


 ここが天国だったんだ……ッ!!


 苦節……2年……!


 長く苦しい事もあった。

 それも全てはこの日のため……ッ!!!


 イグニの感情が最高潮に達しつつあるとき、


「『ウィンド・ブラスト』」


 アリシアがイリスの魔術を破壊した。


「アンタたち......何やってるの?」


 引いた様子のアリシア。


 人知れずイグニは死ぬほど落ち込んだ。

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