第20話 男友達と魔術師

「イグニく~ん」

「イ~グニっ!」

「イグニちゃん!!」


 海! ここは海!!


 水着になったお姉さんたちがイグニを呼ぶ。


「ちょっと! イグニちゃんは私と遊ぶのよ」

「違うわよ! イグニは私と遊ぶの!」

「何言ってるの? イグニ君は私と遊ぶのよ」


 おっと、3人が喧嘩している。

 ここはクールに止めなきゃな。


 イグニは「ふぅ……」と、わざわざ聞こえる様に溜息をついて肩をすくめた。


「簡単な話だ。3人と遊べばいいだけだろ?」


 と、イグニはどや顔で言ったのだが。


「何を言っている、私が一番だ!!」


 主張の強い女の子がそう言ってイグニを抱きかかえた。


「エリーナ! イグニ様を離しなさい!! ぶっ殺すわよ!」

「はははっ! やれるものならやってみるがいい! 私が一番だ!!」

「殺す! 『大地はテツラ・捻じれてトルクエント』!!」


 ぐにゃり、と従者っぽい女の子の声によって砂浜が渦巻くと槍のようになってエリーナに向かって突き刺さる!


 ガギン!! 


 と、音を立ててエリーナがどこからか取り出した剣でそれを防いだ。


「アンタたち! 喧嘩はやめなさいよ!」

「うるさいアリシア! いっつも空から見下ろして! 叩き潰してやる!!」

「無駄よ、イリス。私の方が強いわ」

「適性は私の方が上だもん!」


 エリーナを放っておいてアリシアとイリスが喧嘩を始める。


「楽しそうなことしてるね! 私も混ぜて!」

「せ、生徒会長まで……」

「オレも混ぜろよ」

「み、ミコちゃん先輩……!」


 アリシアは箒に乗ったまま、上空からこっちに向かって風魔術を連発。それを地面にいるイリスが防ごうとしてあの手この手で工夫を凝らして魔術を使う。


「イグニ」

「うわっ!? エルミー!!?」

「もう一回、撃って♡」

「こ、ここで……っ!」


 そんな、みんなが見てるのに……っ!!


「撃てるでしょ? ほら、撃って♡」

「む? 何を言ってる。私が一番だろう?」


 言葉の通じない2人に囲まれて、イグニは叫んだ。


「うわあああああああっ!!!!」


 果たして、これは本当に自分が望んだ世界だったのだろうかと。


《イグニ! 遅刻するよ!!》


「……ッ!!!」


 目が、覚めた。


「……良かった。夢、だった…………」

「すっごくうなされてたけど、大丈夫?」

「……夢、だったんだけど……夢じゃなかった……と、いうべきか」

「本当に大丈夫?」


 イグニはベッドから降りた。


「……大丈夫だ。うん。大丈夫…………」


 ……果たして、今のこれはモテているといえるのだろうか。


 イグニは現状を振り返った。


「うん。まだだな」


 脳は理解を拒否した。


「どしたのイグニ」

「なんでもない。学校に行こう」


 朝早く2人は寮を出る。


 いつもよりも登校が早い。

 ユーリが戦闘訓練に付き合ってほしい、と言ってきたからだ。


「でも意外だったよ。イグニがこんな朝早くからの訓練に付き合ってくれるなんて」

「友達の頼みだからな。ちゃんとするさ」

「……友達、そっか。ボクたち友達だもんね」


 そう言って顔を赤らめるユーリ。


 どうして毎回そうなんだ?


 朝、普段よりも人通りが少ない道を通って学校につくと2人はまっすぐ模擬戦場に向かった。


 ロルモッド魔術学校は24時間、教職員の誰かが学校に滞在しており魔術の訓練・研究・開発などが盛んに行われている。もちろん、の研究もだ。そのため、模擬戦場や魔術訓練場などは24時間学生に向けて開かれており、努力する者たちはより一層、磨き上げられていくのである。


「イグニ、お手柔らかにね」

「もちろん」


 ユーリは戦闘職向きではない。


「それにしても、ユーリは良かったのか? 俺と戦っても」

「う、うん。ボクは支援職だけど……。いざって時に、戦えるようになっとかないと」

「良い心がけだな」

「あ、ありがとう」


 だからどうして顔を赤らめる……!!


「じゃ、イグニ。行くよ」

「来い」


 ユーリの周囲を闇のような黒いもやが纏っていく。


「うあああっ!!!」


 ユーリが地面を蹴る。


 ドン!


 地面がえぐれてすさまじい速度でユーリが前に飛び出すが、イグニは2歩右に歩いただけでそれを回避した。


「まだまだ!!」


 ユーリは地面に足をつけると無理やりに方向転換。

 イグニの方に飛んでくる。


「うわあああああっ!!!」


 やたらめったらに拳を振り回しながら、ユーリがこっちにやってくるがイグニはそれを見ながら回避。そして、イグニは跳躍ジャンプ


「『装焔イグニッション』」


 生み出した火球に魔力を込めて、


「『発射ファイア』」


 ドン!!


 ユーリを吹き飛ばすようにして爆発。爆風が晴れると、ユーリの周りに纏ってたもやが消えていた。


「うう……。ボクの負けだ……」


 手加減していたというのにすぐに決着がついた。


「……近接戦闘、辞めた方が良いんじゃないか?」

「イグニも、そう思う?」

「言いにくいが……。基礎が足りてなさすぎる」

「や、やっぱり……?」


 ユーリは【闇】属性の魔術師である。


 【闇】は魔術の中でも体系化されておらず、誰でも使える基本的な『シャドウボール』と『シャドウランス』くらいしか、一般的に知られていない。


 【闇】の他の魔術は全て1から切り開いていかなければならないのだ。


 そんな中でもユーリが得意としていたのはもやのような闇を使った支援魔術。


 敵の視界をふさいだり、体に纏って身体能力を底上げしたり、傷口にあてて血が溢れないようにしたりと、割と何でも使いやすい魔術ではあるが、その分決定力にかけていた。


「ボクもイグニの『ファイアボール』みたいな『シャドウボール』が作れたらなぁ」


 試しにイグニはユーリにいつもどんな感じで『ファイアボール』を作っているのかと事細かく説明したのだが、ユーリが試しにやって見たところ挫折したのだ。


「ユーリ。何でもかんでも新しいものに手を出すよりも、今あるものをどう使うかってのを考えた方が良いぞ」

「……ありがとう。イグニ」

「例えば……そうだな。『シャドウランス』の後ろに『シャドウボール』をくっつけて2つ同時に魔術を撃つ」

「う、うん」

「で、敵の前で後ろの『シャドウボール』を爆発させれば『シャドウランス』は敵の目の前で加速する」

「……! そ、それって!!」

「俺が“的”を壊したときにつかった魔術だ。これを使えば1つの魔術でも簡単に威力を挙げられる」


 そこまでイグニが言った瞬間、バーン!! と音を立てて模擬戦場の扉が開いた。


「“的”を壊した魔術!?」

「……え、エルミー!!?」

「イグニ! あと1回! あと1回で良いから!!」


 魔術を受けたがるドMの出現で、ユーリの訓練は持ち越しとなった。

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