第19話 修羅場と魔術師
「ふ、フレイ……って…………」
記憶を探っていく。
だ、誰だっけ……。
タルコイズ家の……フレイ…………?
「あああああああっ!! 思い出した!! 弟じゃん! 俺の!!」
「『ファイアボール』しか使えないイグニが、どうしてここに!? っていうか何だその反応はっ!!」
イグニもこればっかりは流石に素が出た。
「あらぁ。イグニ君、『ファイアボール』しか使えないの?」
「あ、はい」
エレノア先生がニコニコしながらそう言った。
そこは別に隠していないし、隠すつもりもない。
というか、みんな『ファイアボール』を舐めすぎだ。
ちなみに弟、というところはスルーしたらしい。
流石は先生である。
すると、不思議なことにさっきまで寝ていたエルミーがむく、と目覚めた。
そして、じーっとイグニを見る。
(惚れられたかな?)
こんな時でも彼のモテたいという欲求は正直だった。
「ふ、ふざけるな! どんな不正を働いたんだ! もしかして……ルクスを使って不正入学したのか!?」
「そんなわけないだろ! 普通に合格したわ!!」
「あのねぇ。みんな。これ、他のみんなには内緒なんだけどねぇ。イグニ君、45年ぶりにあの“的”を壊した魔術師なのぉ」
「……“的”を、壊した?」
エレノア先生が言ったことでフレイは片眉を挙げて疑念の表情を浮かべた。。
「い、イグニ! イグニの嘘つきっす! 仲間だと思ってたのに!!」
フレンダ先輩が泣き始めた。
「ど、どういうことですか! 先輩!」
「イグニには2つ目の名前が無いって聞いてたから仲間だと思ってたっす! “的”を壊すなんて聞いて無いっすよ~」
(……こ、この状況どうすればいいの!?)
俺に敵意の高い弟に、無言でこっちを見つめる寝不足系少女。
挙句の果てには泣いている体育会系の先輩。しかも先生は止める気なし。
修羅場とはまさにこれ……!
ど、どうする……!
どうすれば良い……!!
そうだ!
か、過去を探れ……っ!
ヒントがどこかにあるかもしれない……!!
―――――――――
『イグニよ』
『なんだよじいちゃん』
『モテているとな、絶対に避けては通れぬ道がある』
『?』
『それはな、“修羅場”じゃ』
『“修羅場”……っ!』
『ああ。自分のことを好いてくれる女が数人で争うんじゃが……』
『凄い! 俺もなってみたい』
『いや、ワシはそれで刺された』
『えっ』
『ほれ、見てみぃ。ワシの傷を』
そういって服をめくるルクス。
そこには歴戦の傷跡が刻み込まれており。
『これと、これと、これじゃ』
『うわっ。すっげぇ傷跡……』
『じゃからの、出来るだけ修羅場にはしてはならん……! これはワシとお前との約束じゃ……!!』
『もし、なっちゃったら……?』
『逃げるしかない』
『わ、分かったよ。でも、あのさ。じいちゃん』
『なんじゃ?』
『その傷跡、ドラゴンの爪痕じゃなかったんだね……』
『……うん』
―――――――――
ダメじゃん! 解決方法ないじゃん!!
過去を探ったイグニだが、そこにあったのは逃避だけ。
しかも“大会”という場所に集まる以上、この4人がもう一度集まることは避けては通れぬ道……!
と、イグニが1人で身構えてると、
「うわあああん!! あたしの! あたしの仲間はどこにもいないっす!!」
そういってフレンダ先輩が泣きながら逃げ出した。
「ちょっとフレンダ先輩! 俺、追いかけてきます!!」
モテの作法その7。
――“女性が逃げる時に泣いていたら追いかけろ”。
というわけで追いかけようとしたのだが。
ぎゅむ、と誰かに首ねっこをつかまれた。
「ダメ。聞きたいことがある」
「え、エルミーさん……!!」
いつのまにか席を立っていたエルミーがイグニの首をつかんで、追いかけられないようにしている。
(え、何? 俺、もしかして刺されるの……?)
と、1人でまだ修羅場だと思っているイグニ。
「ふん。そうか。何をやったか知らないが、イグニが出るなら気持ちが変わった」
フレイは自分の中で何やら消化できたのか、息を吐く。
「“大会”は人が集まるからな。はっ、衆人環視の中で叩き潰してやるよ。
フレイは吐き捨てるようにそう言って、教室を出て行った。
えぇ……。俺何も言ってないのに……。
やっぱり忘れてたのがいけなかったのかなぁ……?
「あの、エルミーさん? 聞きたいことがあるなら早く言って……」
だんだん首が痛くなってきた。
しかし、その時昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「あらぁ。授業が始まっちゃうわぁ。戻りましょう」
「放課後、また、話す。イグニ。クラスは?」
「で、D……」
「分かった。待ってて」
(……まじでモテ期か?)
イグニのテンションは少し上がった。
「それにしてもぉ」
「どうしたんですか。先生」
「今年はみんな、仲良さそうで先生嬉しいわぁ」
どこがですか。
というツッコミはイグニの中で飲み込んだ。
「イグニ。いた」
授業が終わるやいなや、エルミーがDクラスに突撃してきた。
淡いクリーム色だからその髪の毛が目立つのなんの。
「エルミーさん……」
「エルミーで良い。付いて来て」
「ちょっ! あなた誰よ! イグニ様に触れないで!!」
バチン! とイリスがエルミーの手を払った。
「あなたこそ誰? 私は“魔術闘技大会”に出るの。イグニと一緒に」
「えっ……」
イリスが硬直。
(あの大会そんな名前だったのか……)
と、イグニは他人事のように納得。
「そ、そうなの!? イグニ様!?」
「ああ。俺は出るよ。応援よろしくな」
「もちろん! 任せて!! イグニ様!!」
イリスはちょろかった。
「だから、借りる」
「ちょっ! 首つかまなくても歩けるから……!」
だがお構いなしに、イグニを引っ張るエルミー。
「イグニー! 今日は何時までに帰ってくるー?」
「わ、分からん! ……帰ってこなかったら、先に飯食っといてくれ……!」
ユーリと夫婦みたいな会話しながら教室を出て、連れていかれたのは模擬戦場。
「聞きたいことって、何……!」
「『ファイアボール』しか使えないって、本当?」
「ああ。まあな」
周りには放課後まで残って戦闘練習を行っている真面目な少女ばかりだ。
「“的”を壊したって、本当?」
「……まあ、それも正しい」
「その魔術、私に撃ってほしい」
「……はい?」
何を言っているんだ。この人は。
「だから、撃ってほしい」
「……な、なぜ」
「私の魔術がどこまでやれるか、試したい」
「あ、そういうこと……」
そういうことなら理解も出来る。
「私は“
「……分かった」
イグニは人差し指をエルミーに向けて、『ファイアボール』を2つ生み出す。
前方に堅い『ファイアボール』を。
後方に柔らかい『ファイアボール』を。
「『
そして、威力を跳ね上げる。
「『
ドドン!!!!
と、爆風が吹き荒れる。
その瞬間、戦闘訓練をしていた少女たちの視線が一瞬にしてイグニ達の方に集まった。
「……すごい。イグニ……!」
爆風の中から、エルミーの震えている声が聞こえる。
「き、気持ちいいよ……! イグニ!!」
爆炎と煙が晴れると、そこには恍惚の表情を浮かべたエルミーが立っていた。
「もう一回……撃って……!」
「……え」
「もう一回! 撃って!!」
へ、へっ、変態だぁあああああっ!!!???
―――――――――
『じいちゃん。ドMって気持ち悪くね』
バチン!
『早くない!? まだ何も言ってないじゃん!!』
『イグニ。お前はまだ若い。じゃからドMの良さなど分からないかもしれない』
『分かるわけねーもん。気持ち悪いもん!!』
バチンッ!!
『人の嗜好を馬鹿にするんじゃないっ!!!』
『じ、じいちゃん!!』
『人は人それぞれ! みんな違ってみんな良い!!』
『み、みんな違って、みんな良い……っ!』
『Sだろうが、Mだろうが、関係ないのじゃ!!』
『関係……ない……っ!!』
『そうじゃ! すべてを受け入れてからこそ! 男の器が分かるというもの!!』
『そ、そうだったのか……!! じいちゃん! 俺、間違ってたよ!!』
『分かればよい。分かれば、な……』
ルクスはふっ、とキザに笑った。
―――――――――
「イグニ! もう一回、撃って♡」
エルミーが震える声でイグニに求める。
「……………」
わ、分かりそう……!!
分かりそうなんだ…………っ!!!
「俺は……っ!!」
イグニは『ファイアボール』をエルミーに向かって撃つ。
「も、もっと……♡」
……わ、分からない…………っ!!
だが、諦めては……ダメ……っ!!
諦めれば……掴めるものも……つかめないっ!!
これも……モテの……一歩……ッ!!!
「く……ッ! 掴めそう……!! 掴めそうなんだ……ッ!!!」
「良い……! 良いよ……!! イグニ!!!」
「わ、分からん……っ!!!」
「もう1回♡」
「あッ!!」
見えたッ! 栄光への階段っ!!!
そ、そういうことだったのか……ッ!!
ドMに対して気持ち悪いというのは2流……!!
いや、ド3流……っ!!!
Mを好きになるのなんて簡単……!
実に簡単…………っ!!
俺がSになれば良い……ッ!!
嗜虐心を沸き起こす……っ!
たったそれだけ……っ!!
見ろ……! ドMの可愛さを……!!
俺からのイタみを待っているその顔を……ッ!!
「い、イグニ……!? 精度が、精度が良くなってるよ……!!?」
「分かったんだ……! 理解したんだ……っ!!」
ありがとう! じいちゃん!!
ありがとう!! エルミー!!!
イグニは魔術師として、そして男としての階段を1段上に進んだ。
その代わりに言葉にできない何かを失った。
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