第11話 入学式と魔術師

「……3年という短い間だが、諸君らのいっそうの努力に期待する」


 学長先生の長い話がようやく終わった。

 

 大きな講堂に新入生だけ集められて行われる入学式。そこにいる生徒の8割が女の子だったためイグニのテンションはうなぎのぼり。心の中でずっと祖父に感謝し続けていた。


「先生の話、長かったね」

「どこでもこんなもんでしょ」


 ユーリとアリシアがそれぞれ感想を言い合う。


(長い? 何を言っているんだ。全員の顔を覚えてたら時間が足りないだろう……)


 ここで言う全員とはもちろん、女の子である。そこに男は入っていない。

 ちなみにイグニカウント的にユーリはセーフよりのアウト……と見せかけつつ、時々セーフの存在である。


「教室に行きましょ」


 アリシアがガタンと立ち上がる。


 立ち上がったのはユーリだけではなく、他の生徒たちも。

どうやら入学式が終わり次第、自分のクラスに移動らしい。


「行くか。Dクラスだったな」

「うん。そうだけど、どこにあるのかな……。ボク、いまいち分かってないんだ」

「あ、私もなんだよね。他に誰か知ってる人がいればいいんだけど」

「俺が知ってる。ついてこい」

「え、本当に!?」

「アンタ、もう教室の位置覚えたの!?」

「まあな」


 嘘である。


 この男、モテるためには手段を選ばない男である。


 モテの作法その2。――“男はリードするべし”。


 これに則(のっと)った彼は新入生の女の子と仲良くなるべく、入学式前に学校内を徘徊しまわり1年生にとって重要な施設や教室の位置はあらかた覚えたのだ……ッ!


 これが執念……ッ!

 何としてでもモテたい男の執念……ッ!!


「そういえば、イグニ。首席の人覚えてる?」

「ああ。忘れるわけない」


 廊下を歩いていると、アリシアがぽつりとそう言った。


 入学式の途中で今年の首席の挨拶があったのだが、それがイグニとアリシアにとって見覚えのある人物だったのだ。


「……ん? どんな人だっけ?」


 ユーリが首をかしげる。


「ユーリは試験会場が違ったから知らないかもな。首席の人は俺たちと会場が一緒だったんだよ」


 入学式。


 そこに彼女はしっかりと腰に剣を携えて、壇上に上がっていた。


「魔剣師……だったっけ? あの人、本当にすごい人だったんだね」

「努力家なのか、天才なのか。気になるな」

「え!? あの人、魔剣師なの!!?」


 ユーリが驚く。彼の驚きも無理はない。

 それだけ魔剣師が珍しいということだ。


「あ、そういえばユーリはなんの属性が“最適”なんだ?」


 寮の生活でしばらく一緒にいたとは言え、イグニはユーリの属性を知らない。

 

知らないと言うか、男なので興味が持てなかったというか……。


「ボク? 【闇】だよ」

「え、マジ!?」

「本当に!!?」


 イグニとアリシアが2人とも驚いた顔でユーリを見る。


「そ、そうだよ……。ちょっと珍しいけどね……」

「ちょっとじゃないわよ!」

「そ、そうだぞ。そうか。ユーリは【闇】か……」


 基本的に【闇】属性は珍しい。


 というのは、他の属性と違って【闇】属性は明確に体系化されていない。【固有(オリジナル)】属性ほどではないものの、魔術の在り方が本人によって違うのだ。


「ユーリはどんな魔術が得意なんだ?」

「ボク? んーっとね。支援系、かな」


 少しだけ言いよどんだユーリ。


「へえ。どんな魔術が……」

「アリシアは、どんな魔術が得意なんだ?」


 それに気が付いたイグニは話を流すことにした。

 

 “気を使えない男はモテない”。


 こんなものは極意でも作法でも何でもない。ただの常識である。


「私? 私は【風】属性が“最適”だから攻撃・攻撃支援が得意よ」

「将来は魔術師になるのか?」

「ううん。私は家が貴族だから、そんなに自由にはできないわ」


 アリシアが少し顔を伏せた。


 話をそらしたつもりが思わぬ地雷を踏み抜きかけた。


「そ、そういえばイグニは何の魔術が得意なの?」

「俺か? 俺は【火】だからな。『ファイアボール』が得意だ」

「……イグニって、真顔で冗談いうタイプだったの?」


 落ち込んだ空気を変えようとイグニに尋ねてきたユーリだったが、イグニの返答に苦笑い。


「いや。『ファイアボール』が得意だ」


 真顔でいうイグニ。別に冗談でも何でもないのだが。


「ははははっ。『ファイアボール』が得意なのか? お前、よくそれでこの学校に入れたな」


 ふと、隣から笑い声が聞こえてくる。

 だが声は男のものだ。興味がないため、無視。


「どうせお前、成績ギリギリだっただろ? 成績悪すぎて退学にならねえように気ィつけろよ」


 2人目。これも男。


(おかしい。“学園”は男女比2:8のはずだ。どうして女の子が俺に声をかけてこない……?)


 大真面目にイグニが首をかしげる。


「あ、き、貴様は……!!」


 だが、3人目の声には聞き覚えがあった。


「ん? こいつを知ってるんですか? エドワードさま」

「ああ。知ってる! こいつは受験するときに僕を無視したやつだ!」

「……………」


(お前も一人称が僕なんかい!)


 流石のイグニもこれには心の中で突っ込んだ。


「イグニ、知り合い?」

「ああ。受験の時にちょっとな……」


 忘れたかったが、あいにくと覚えていた。


 貴族のドラ息子っぽいなぁ、と思っていたのだが本当にそうだったのかも知れない。


 先ほどイグニに話しかけてきた2人はエドワードの傍に立って、エドワードと一緒に怒りをあらわにしている。


「お前か! エドワード様を無視したという平民は!」

「しかもお前、“適性”が【火:F】なんだろう! どうしてここにいる!!」


 他の2人は取り巻き……というよりエドワードの家来なのだろう。

 エドワードの代わりにめちゃくちゃヤジを飛ばしてくる。


「どうしても何も……。受かったからだが」


 こんな奴らと関わりあっている時間がもったいない。

 

(早く教室に入って隣の席の子と仲良くなりたいんだけどなぁ……)


 心の中はいつも欲望全開。


「ふ、ふざけるな! 僕を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!」

「えぇ……」

「お前は不正入試に決まっている! この学園に入りたくて、不正を働いたんだ!!」

「ちょっと! アンタいきなり失礼よ! イグニは実力でこの試験に受かってるわ! 私がこの目で見たもの」


 エドワードに絡まれたイグニを守るようにしてアリシアが庇ってくれた。


 しかし、その瞬間。チャイムが鳴り始める。


「アリシア。ユーリ。急ごう」

「うん。そうだね」

「……仕方ないわ」


 目立つ男はモテるのだが、遅刻する男がモテるわけじゃあない。


 というわけで急いで教室に入ると、幸いなことにまだ教師は教室に来ていなかった。しかも座席も適当らしい。


 イグニは余っていた端の方の席に座ると、その隣にユーリが座った。


「ちょっ……」

「どうしたの? イグニ」

「いや、何でも……」


 隣の席の女の子……。


「じゃあ私はイグニの前!」


 さらっとイグニの前と隣が知り会いに潰される。


 ……いや、だがまだ俺の後ろが開いている………っ!!


「エドワード様、なんとか間に合いましたね」

「初日から遅刻は家の名前に傷がつくからな」


 ……お前ら、同じクラスなんかい!!


 これにはイグニもビックリである。

 ユーリとアリシアの顔が歪んだのをイグニは見逃さなかった。


「エドワード様、あの席が空いてますよ」

「しょうがない。今はあそこに座るか……って、貴様はっ!!」

「俺の後ろに座るな……っ!」


 静かに威圧するイグニ。


「ぼ、僕だって座りたいもんか。けどここしか空いてないじゃないか!」

「……ぐぬぬぬ」


 仕方がないのでイグニの後ろはエドワードが座ることになった。


「ぐぬぬぬぬぬ!!」

「そ、そんなに僕が後ろに座るのが嫌なのかっ!?」

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