第12話 先生と魔術師

「ごめーん。みんなぁ、遅くなったわぁ」


 エドワードが歯ぎしりせんばかりに悔しがりながら席に座っていると、教室の前方の扉が開いて1人の女性が入ってきた。


 おっとりしてそうな顔で、腰まで伸びた茶色い髪。目が悪いのかメガネをかけて、教員服の胸元には2つの大きな爆弾を抱えていた。


「最初の出席とりましょ。さぁ、席についてぇ」

「先生かな?」


 ユーリが首をかしげる。


「そうでしょ。名簿持ってるし」


 と、返したのはアリシア。


「ね、イグニ。優しそうな先生で良かったね」

「…………」

「イグニ? どしたの?」

「……っ!!????」


 きょ、きょ、巨乳メガネだっ!?


 ―――――――――


『なあじいちゃん。メガネって邪道だよな!』


 バチン!!


『痛っ!! えぇ!? ガチビンタ!!?』

『イグニよ。お前はまだ若い。知らないこともたくさんあるだろう。じゃがな、無知であるからと、知らないものを批判する権利を持ち合わせてはおらん』

『そ、そんなこと言ったって! 女の子はメガネを外した方が可愛いに決まってるよ!』


 バチン!!!


『えぇ!? 二度目!!?』

『イグニよ』

『な、なんだよじいちゃん……』

『女のありのままを愛せないでッ!! 男が名乗れるかァッ!!!!!』

『じ、じいちゃん!! やっぱかっけぇよじいちゃん!! 俺一生ついていくよ!!!』


 ―――――――――


 ……わ、分かった……ッ!!

 俺は、真理を見たぜっ! じいちゃん!!!


 『メガネがダメ』っていうのは、俺の浅はか故の考え……ッ! 

 若さゆえの過ち…………ッ!!


 メガネは……あり……ッ!!


 メガネはマイナスなんかじゃあないっ!!

 むしろ逆……ッ! プラス! 圧倒的にプラスっ!!


 ああ、今ならあの時じいちゃんが俺をビンタした理由が分かる……!

 無知ゆえの愚かさ……! ビンタされてもしかるべき……ッ!!


「イグニ? イグニ??」


 ユーリに揺さぶられてこっちの世界に戻ってきた。


「あぁ、悪い。考え事してた」

「すごい険しい顔してたから、そんなにエドワード君が後ろに座るのが嫌だったのかなって」

「え、僕っ!?」


 驚くエドワード。


「いや。違う」

「良かったぁ。いや、良かったなのか?」


 後ろで騒がしくするエドワード。


「少し……」

「体調不良なの?」

「いや、少し……真理を見ただけだ」

「?????」


 ユーリの頭の中が『?』で埋まった。


 しかし、真理とは簡単にたどり着けぬからこそ真理なのである。


「さぁ。みんなぁ。これから1年間、みんなを担当するエレノアです。得意なのは【生】属性。適性はBだからみんなよりも下かなぁ」


 なんでも無いようにエレノアはそう言って笑った。


 だが、ここにいるクラスメイト。

 30名のうち、イグニを除く29名がひそかに身構えた。


「……あの、先生は」


 ユーリがぽつりと漏らす。


「絶対に化け物よ……」


 アリシアも小声で2人だけに聞こえる様に漏らした。


 ロルモッド魔術学校は王都どころか世界でもトップクラスに位置する魔術学校である。当然、そこで教職を務めるものも化け物ぞろいだ。適性を聞いても大抵の者が『S』、あるいは『SS』と呼ぶだろう。100年に一度の天才も、100万人に1人の逸材も、ここでは有象無象の内に等しい。


 ならばこそ、その場において“適性”がBということの凄まじさが分からぬ者はいない。


 もちろん、イグニとてその考えに至っている。

 だが、彼だけは他の29人とは違う考えを持っていた。


 それはすなわち……っ!!

 

 ……『先生、モテたいのかなぁ』というものである。


 彼は最初は【火:F】という”適性”最低値だった。


 しかし、2年間の地獄のような特訓とともに『ファイアボール』を”モテたい”一筋で磨き上げた彼だからこそ、エレノアが積み上げてきたであろう血のにじむような努力と、そしてそこに至るまでのを知っていた。


 そして、その動機については1ミリもかすってなかった。


「いつもこれを言うと生徒みんなの顔が変わるから怖いのよぉ。でも、言っておかないと学長先生に怒られちゃうしぃ」


 生徒たちの圧に気圧されながらも、エレノアは独り言をつぶやく。


 イグニのクラスメイトたちがガヤガヤとエレノアについて言い合っている喧噪に紛れたため、エレノアの独り言は聞こえない。聞こえているのは『魔王領』での特訓によって死ぬほど五感が鍛えられたイグニだけ。


「それに、今年は仲良くなれそうな子もいるんだからぁ。頑張らないとぉ」


(俺かな?)


 ここで『誰だろう』とならないところがイグニの良いところであり、ダメなところである。


「さぁ、みんな。静かに静かに」


 エレノアがパン、と手を叩くと一斉に教室が静まり返った。


「出席を取る前に、この学校の大事なルールを伝えておくわぁ」


 エレノアの声が教室の中に響いていく。


「この学校は『実力が正義』。強い人が正しくて、弱い人が悪いのぉ」

「せんせー! 質問がありまぁす!」


 エレノアの発言の間を狙って、1人の少女が挙手をした。


(あれは入学式の時に入り口付近の最後尾にいた子だな)


 自分の記憶力を確かめるイグニ。

 彼がその気持ち悪さに気が付ける日は来るのだろうか。


「あら。ええっと、待ってね。あなたの名前はぁ」

「私はイリス。【地】属性の適性はS!」

「そうそう。イリスさんねぇ。どうぞぉ」


 イリスはその小さな胸を張るようにして、エレノアを指さした。


「ってことはさぁ! 私が先生倒しちゃったら! 私が先生ってことも出来るの!?」

「できますよぉ」


 にこにことしながらエレノアが言う。


「でも、辞めた方がいいですよぉ。だって、私の方が強いですからぁ」


 次の瞬間、ふらり……と、体を揺らしたイリスの目から光が消え、何も言わずに席についた。


「ふふっ。勝負はいつでも受け付けますよぉ。あ、もちろん。仕事がないときだけ、ですけどねぇ」


 エレノアがほほ笑む。毎年恒例の出来事である。

 今更、驚くようなことではない。


 理解をしたのはクラスの中にいたものでも数人だけ。


「な、何をしたんだろう……。イリスさんは黙って座っちゃうし……」


 ユーリは驚く。アリシアも何が起こったのかわかっていないようだ。


「胞子だ」

「胞子?」


 ぽつり、と漏らした声にユーリがふり向く。

 

 いや、ユーリだけではない。クラス中の注意がイグニに寄せられる。


「ああ。いま、先生が胞子を出すのが。魔力で指向性を与えて……イリス、さんにだけ届くように調整したんだろう。それで、それを吸ったイリスさんは先生の影響を受けた」

「大正解~。花丸あげちゃうわぁ」


 エレノアはほほ笑む。


「こんなに早く答えを言い当てられたのは久しぶりだわぁ。イグニ君」


(……俺の名前をっ!)


 イリスの名前は覚えていなかったのにも関わらず、イグニの名前は覚えている。それはすなわち、


(モテ期、到来か……?)


 イグニは本気でそう考えた。

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