第9話 ボクっ子と魔術師

 ――――――――

 合格


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 と、書かれた文字を見てイグニはほっと息を吐いてベッドの上に投げた。


「なんじゃ、その顔は。合格したんじゃからもっと嬉しそうにせんかい」

「何言ってるんだよ。じいちゃん。俺は余裕のある男なんだぞ」

「はっ。どうだか」


 鼻で笑うルクス。


「ロルモッド魔術学校には寮があるからの。しばらく生活はそこですると良い」

「寮? 男子寮か?」

「当り前じゃろ。何を期待しとるんじゃ」

「…………」


 まさかルクスに常識を叩きつけられるとは。


「しかし、イグニ。お前、あの的を壊したんじゃったの?」

「ああ。壊せないって言われたから、壊してやったよ」

「くははは。良い良い。そのまま、目立て。そして、尖れ。そうすれば、お前の元にやってくる女が出てくる」

「本当?」

「ワシを信じろ。どれだけ人生の先輩をやっていると思っておるんじゃ」

「そ、そう言われたら……」


 確かにルクスの言うことを信じてやって来たからこそ、信じられないほど強くなった。

 モテに関しても信用するべきだろう。


 と、イグニは判断した。


「寮には明日から入れる。幸いにして、お前の荷物はそう多くなかろう」

「ああ。身体1つあれば、大丈夫だ」

「うむ。お前に与えられたのは3年間。ぜひとも、交友関係を広めるべきじゃの」

「言われなくても、そのつもりだよ」


 特に女性関係において、イグニのやる気は最強である。


「じゃあ、ワシはもう行くかの」

「うん? どこに行くんだ? じいちゃん」

「決まっておるじゃろ。“極点”は忙しいんじゃ」

「忙しいって……。じいちゃん、女遊びしかしてないじゃん」


 何言ってんだとばかりに肩をすくめるイグニ。


 だが、対するルクスは無言のままで。


「じいちゃん?」


 ちらり、と祖父の方を見るとそこにはもう彼の姿はなかった。


「……で、出て行きやがった…………」


 どうやらルクスの放浪癖は相変わらずのままらしい。


 イグニは溜息をついて、寝ることにした。



 翌朝。


「ここが寮か」


 ロルモッド魔術学校から案内をもらって、朝早くにやって来たのはこれから3年間を過ごす住まい。


「1人部屋じゃないのがネックだよなぁ」


 全く、女の子を連れ込めないじゃないか。


 ちなみに、女性を部屋に連れ込まないために1人部屋じゃないのだが、それを知らないイグニは寮に入ると自分の部屋を探す。


「男子寮、ねぇ」


 もともと女子寮だったものを改築した建物らしい。


 ちなみにだが実家が裕福でないもののために開放されているのが寮であるため、家賃は0。清掃費も0。なんなら朝食と夕食は寮で出るのだが、そこにかかる食費も0という貧乏学生には非常にありがたい存在である。


「203……。203っと……。ここか」


 寮の案内によると2人部屋らしい。


 もしかしたら、自分よりも先に部屋の相方が来ているかもしれない。


(男と仲良くするつもりはないから、なるべく喋らないタイプが良いな。うん)


 と、私利私欲全開の思考を漏らしながらドアを開ける。


 がちゃり、と音を立ててドアノブが開く。


「あ、す、すいません! まだこっち片付いて無くって!」


 ……高い声。


(家政婦さんかな?)


 部屋の中を見ると、荷物を運んできたであろう大きな箱の間に埋まるように白い何かが揺れていた。


「うん?」

「あ、ご、ごめんなさい! 生徒さん、ですか?」


 白い何かがのそっと起き上がると、人、であった。


 綺麗な白髪の女の子であった。髪はショートにカットしてあり、きめ細かな肌と相まって神秘的な魅力をかもし出している。


「……ここは男子寮だぞ?」

「あ、ぼ、ボクは、一応、ここの部屋に住むことになってるんだけど」

「俺もだが」

「あ、じゃあもしかして君がルームメイト!? 良かった! 優しそうな人で」


 ぼ、ぼ、ボクっ子だっ!?


 その瞬間、イグニの脳裏には在りし日の記憶が流れていく。


 ―――――――――


『じいちゃん。女の子なのにボクっていう奴ってどう思う?』

『……うむ。良い』

『ええー。絶対変だよ』

『くはは。イグニよ。お前はまだまだ若いの。良いか。女は基本的に“私”じゃ。じゃがの……いや、だからこそ。“ボク”と、言う女は良いっ!』

『良い……?』

『うむ。ギャップという奴じゃ。なに、心配せんでもいずれ分かる時が来る』

『えー。俺、絶対良さが分かんないよぉ』


 ―――――――――


 いやッ! 俺は分かったぜ。じいちゃん!

 じいちゃんの言ってたことがっ!!


 ああ。確かにボクっ子はおかしいかもしれない。

 だが、ボーイッシュな女の子がそれを言うのは……ッ!!


 圧倒的に、別……ッ!!


 単体ではマイナスになる要素が、ボーイッシュ要素によって引き立てられる……ッ!!


 マイナスを圧倒的に書き換えるプラス……ッ!!!

 そういうことだったんだなッ! じいちゃん……ッ!!


「ボクはユーリ。平民だから苗字は無いんだ」

「俺はイグニだ。よろしく」


 ユーリが握手と差し出してきた手を取る。


 柔らか…………っ!!

 これが、女の子の手……っ!


「イグニは荷物とかないの?」

「ああ。俺が持ってるのは制服と、この服くらいだな」

「え、少ないね!?」

「こんなもんだよ」


 だが、もちろんイグニはここまでの要素を一切顔には出さない。


 彼は完璧なポーカーフェイスによって乗り切ったッ!


「ユーリは……これ、全部荷物か?」


 イグニは2人部屋の中にこれでもかと敷き詰められた荷物の山を見る。


「う、うん。“学園”に合格したって言ったら村のみんなが色んな物をくれたんだよ!」

「へえ。良かったじゃないか」

「……神童だ。神童だってみんな言ってくれてさ」


 少し、ユーリの顔が暗くなった。

 

「顔が暗いな。どうかしたのか?」

「ううん。入学試験の噂聞いた?」

「いや。どんな噂なんだ?」

「なんかね。今年は久しぶりに出たんだって。あの“的”を壊した人が」

「……へえ。それは知らなかったな」


 モテの作法その6。――“自慢は避けるべし”。

 なるべくこういうことは黙っていこう。


 じいちゃんにも噂は他人から伝わるから、かっこ良いと言われてたし。


「うぅ……。このままだと故郷のみんなに申し訳がないよぅ……」

「そうなのか? 別に“的”を壊した奴がいたからって、故郷のやつらに顔向けできないようなことでもあるのか?」

「そうだよ! だってボクは村から初めて出た男の魔術師なんだよ!?」

「……男?」


 聞き捨てならない場所に、信じられないほど高速でイグニは食いついた。


「え、そうだよ。だって、ここ男子寮でしょ?」


 イグニは膝から崩れ落ちた。

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