第8話 模擬戦と魔術師

「次の試験会場はここで良いのか? 先生」

「うん。そうだよ~」


 イグニは目の前の小さな女性にそう尋ねた。


「どうして、俺だけ別室受験……」


 1人になれば目立つための行動が出来ない。すなわちモテることが出来ないと戦々恐々としているイグニ。彼の考えがズレていると気が付くまでは、まだ時間がかかる。


「それはさ~。君が“的”を壊しちゃったから、なんだよね」

「確かに壊しましたけど……」


 果たしてイグニが連れてこられたのは模擬戦場だった。


 ロルモッド魔術学校は、魔術の学校であるが故に自衛のための魔術やモンスターと戦闘する際の魔術を教え込む。そしてまた、仮想敵をとした訓練も。


 目の前にいるのは、とても身長が低い女の先生だった。


 ぱっと見で身長が140cmくらいしかない。

 イグニからすると見下ろしてしまうくらいだ。


 ――――――


『イグニよ』

(じいちゃん!)

『背の低い女は、良いぞ』

(わ、分かる……。分かるぜ、じいちゃん!!)


 ――――――


 これでおっぱいもあれば最強だった。

 じいちゃんなら邪道というかも知れないが、やはりあった方が良いものには変わりない。


「ふふ。時々、本当に時々だけど20年に1人とか、30年に1人くらいいるんだよね~。そういう、子」


 ……先生はいったいお幾つです?


 と、聞きたくなるところをイグニはぐっとこらえた。


 モテの作法その8。――“女性の年齢を聞いてはならない”である。


「そういう子はね。他の試験がなくなっちゃうんだよ。それで、こうして教職員との模擬戦をするんだ」

「……なぜです?」

「何故って。あれだけの魔術がかけられた“まと”を壊しちゃうんだよ~? そんなの、に決まってるじゃん。普通のテストなんて意味ないよん」

「なるほど」

「あ。そうだ~。名乗り忘れてた。私はミラ。“とびら”のミラ。世にも珍しい【固有オリジナル】持ち。3年B組担当だよ~。何か質問は?」

「……先生は、エルフ。ですか」


 ミラの耳、それは確かに人よりも尖っている。

 それに加えて先ほどの質問。


 そこから導き出される結論が、それ。


「うん、そうだよ~。今年で254歳!」

「えっ! そうなんですか! 180歳くらいだと思ってました!」

「やだ~。イグニ君ったらお世辞が上手なんだから~」


 モテの作法その8。

 ――“女性の年齢は聞いてはならない。聞かれたら低く見積もれ”である。


「じゃ、やろっか」


 パン、と小さな両手を合わせてミラが笑った。


「勝敗はどう決めるんです?」

「ん~。相手の身体に手で触った方の勝ち」

「随分と、簡単ですね」

「言うじゃ~ん。イグニ君」


 ミラが、消えた。


 いや、消えてはいない。


「ッ!」


 イグニは地面を蹴ってバックステップ。その瞬間、目の前にミラが現れた。


「反射神経良いね~」

「ありがとうございますッ!」


 イグニは微笑みながらそう言うと、自らの後方に『ファイアボール』を3つ展開。


 そして、起爆。


 ドウッッ!!!


 と爆風がイグニの身体を無理やり前方へと押し出した。


「わっ!?」


 急に自分のところに飛んできたイグニにミラが慌てて身をよじる。イグニの手は宙を空ぶって、彼の身体は上空へ押し出された。


「イグニ君。やるじゃん」

「ミラ先生も、まさかこれに反応するとは思ってませんでしたよ」

「先生なめすぎぃ~」


 そう言ってニコッと笑うミラ。


「『跳躍弾リープ・バレット』」


 ミラの詠唱によって、イグニのに突然、複数の金属塊が爆発的な速度を持って現れたッ!


「『装焔イグニッション』」


 イグニはで金属の個数を把握すると、同数の『ファイアボール』を周囲に展開。そして、自分に飛んでくる金属塊めがけて、


「『発射ファイア』っ!!」


 放つ。


 ドドドドドドドッツツ!!!


 魔術と魔術がぶつかり合って、爆発を起こす。


「先生の“適性”属性は……いったい?」

「ないしょ~。当ててもいいよん」

「いいえ。ここで終わらせます」


 イグニは自分の周囲に5つ、『ファイアボール』を展開。


「『装焔イグニッション』」


 魔力を燃料に燃え盛る『ファイアボール』の色が真っ白に染まっていく。


「撃たせないよん」

「『発射ファイア』ッ!」

「『跳躍リープ』」


 ミラの姿が消える。


 ……さっきと一緒だ!


 イグニの撃ちだした白い火球が空中を通り抜ける。

 当たらない。


 イグニはそっと、手を前に突き出した。


 ぽん、とイグニの手がミラの身体に触れる。

 

「ありゃ?」

「……見ましたよ。先生の魔術」


 イグニはそっとその手をすぐに離した。


 モテの作法その4。――“常に紳士たるべし”。


 すっ……。と、キザな態度で手をどけるイグニ。


 これでも本人なりに一生懸命紳士を気取っているのだ。


「聞かせてよ~」

「先生の魔術は……『空間』に作用していますね」

「どうしてそう思ったの?」

「最初、先生が消えた時、俺は先生がすごいスピードで地面を蹴ったんだと思ったんです。だから俺はバックステップで逃げた」

「うん。そだね」

「そしたら、先生が目の前に現れた。そしてあの金属塊も同じように急に現れた」

「へぇ~。良く見てるじゃん」

「当たってます?」

「うん。正解だよ~」


 ミラはそう言ってほほ笑んだ。


「ま、奥の手は出してないけどね~」


 負け惜しみのようにミラがそう言う。


「それは、イグニ君もそうでしょ?」

「……内緒です」

「も~。何それ~~」


 ミラはそう言って頬を膨らませた。


「そんなことより、合否はどっちなんですか」

「勝ったから合格だよ~。っていうか、あの“的”壊した時点で合格決定!」

「え、そうなんですか!?」

「うん。これはイグニ君の成績判定に使うんだ~」

「それを最初に言ってくださいよ」

「ダメだよ~。それ言うと本気出さない子いるもん」


 そういうミラの顔は昔を思い出すようで、


「イグニ君。君の適性って【火:SS】? それとも上位属性?」

「違いますよ。【火:F】です」

「F~!?」

「そうですよ」

「えぇ……。本当なのかなぁ」

「本当ですよ。……俺、“術式極化型スペル・ワン”ですから」


 ドヤ顔で宣言するイグニ。


 どや、どやっ!


 と、黙ったものの隠しきれないどや顔でミラにドヤるイグニ。


 だが、


「……ええ。何それ~…………」


 ミラには通じなかった。

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