第7話 入学試験と魔術師
「イグニ。移動するわよ。イグニ? ちょっと、聞いてる??」
「……ん。すまない。ありがとう。アリシア」
気が付けば入学試験の説明が終わっていたらしい。
試験を受ける連中の半分近くが男というショックがイグニにとってはデカすぎた。なのでイグニが勝手に1人で傷心している間に入学試験の説明が終わっていたらしい。
アリシアが教えてくれなければ、ずっと説明会場でうつむいているとこだった。
「……ごめん。アリシア、どこに行けば良いんだ?」
「聞いて無かったの? 受験番号で6グループに分かれるのよ。イグニは何番?」
「120番だ」
「あ、じゃあ私と一緒だ。ついてきて」
良かった。アリシアと仲良くなっておいて。
『イグニよ』
(じ、じいちゃん……!)
脳内で語り掛けてくるのはこの場にいない祖父。
『モテの作法その2。――“男はリードするべし”じゃぞ』
(……っ!)
イグニははっと息をのんだ。
(そ、そうだった……。完全に忘れていた……ッ!!)
アリシアの後ろを歩きながら、イグニは歯をかみしめた。
(か、完全にリードされている……っ!!)
『イグニよ』
イグニが再びの傷心モードに入ろうとした瞬間、しかし再びルクスの声が響いた。
『たまには、甘える男ってのも……モテるんじゃぞ』
(じいちゃん……っ!)
ケガの光明。
というか、そこにしか活路を見出せないイグニはその言葉にすがってアリシアの後ろをついて行った
「こっちよ、イグニ。ここで、自分の適性を申告するの」
連れてこられた先には多くの受験生が並んでいた。
「適性を? 意味があるのか?」
「属性に応じてテストが変わるんですって。さっき学長先生が言ってたわよ」
「あ、そ、そうだったな……」
ハハハ……。
と、乾いた笑いでごまかすイグニ。それを『大丈夫かな』と言った感じで冷たく見るアリシア。
「受験番号354番。アリシア・エスメラルダ。【風:A】です」
「では、緑のバンドをつけてください」
アリシアが申告すると、職員は緑のバンドを手渡した。
「なるほど。属性でバンドを変えているのか」
「そゆこと。先に行っておくわよ」
「ああ」
アリシアが先に行ったのを見て、イグニは職員に告げた。
「受験番号120番。イグニ。【火:F】だ」
「……F?」
職員が不思議そうな視線を向ける。
「ああ。Fだ」
「……流石に“適性”Fは」
「ここは実力主義だろ?」
「それは、そうですけど……」
職員が苦々しい顔をした瞬間、イグニと職員の間にぬっと1人の少年が割り込んできた。
「おいおい! お前、記念受験か? なんで適性最低値のやつがここにいるんだよ」
短い髪の毛の金髪をオールバックにして、服は貴族のものだろうか。ひどく装飾に凝っていた。だが、イグニはスルー。
「火属性だと赤いバンドですよね」
「あ、はい」
「おい! 貴様! 聞いているのか!!」
イグニは無視。
いや、ただの無視ではない……ッ!
モテの極意その2。――“余裕のある男はモテる”。
Fランクだから突っかかられるのは想定のうち。こんなところで、突っかかって来た相手にいちいち対応しているのでは器の小ささが知れるというもの……ッ!!!
「お、おい! 貴様! 僕を無視するな!!」
「あ、これバンドつけたらどっちに行けばいいんですか?」
「左手側にまっすぐどうぞ」
「ありがとうございます」
一礼。
そのまま後にしようとしていたのだが、ガッっとその少年がイグニの肩をつかんだ。
「お前だ! 無視をするなッ!! 聞いているのか!!」
顔を真っ赤にしている少年に、イグニはそっとを息を吐いて肩をすくめた。
「実力主義だぞ。この学校は」
「適性が最低値の癖に余裕ぶりやがって……!」
「じゃあな、また会おう」
そういって、イグニは背を向けた。
……突っかかってきた少年の名前も知らないままに…………。
「やっぱりイグニって火属性なんだね」
「そう見えるか?」
会場に入ると、アリシアが入り口の近くで待っていてくれた。
「うん。だって、ほら。ここに来るとき『ファイアボール』みたいな魔術使ってたから」
「ああ。あれは『ファイアボール』だ」
「そうなの? 人が乗れる魔術なんて聞いたこと無いけど」
「それは秘密だ」
秘密をつくれば人は食いつく。
「ま、それもそうね。魔術師が手の内さらしちゃダメだもの」
と、イグニの言葉にアリシアは肩をすくめる。
(あ、あれ? モテの作法的にはこれで食いつくはずなんだけど……)
イグニ的には納得のいかない流れ。
その流れをたち切るような絶妙なタイミングで前方に立っていた試験官が口を開いた。
「まずは君らの魔術の威力を計測する。当然、計るのは威力だけではない! 術式の展開速度。魔力の操作性。そういったものを総合的に判断する。やってもらうのはただの的当てだが、その正確性も見ているからなっ!」
「試験官殿。ただの的では魔術によって壊れてしまうのではないか?」
ふと、冷たい声の主がそう言った。
「大丈夫だ! 的には魔術の観測術式とともに、魔力分散術式も編み込まれている。君たち受験生の魔術では
声の主は腰まであるような長い黒髪と、腰に一本の剣を携えている凛とした顔の少女だった。
「魔剣師か」
イグニがぽつりとつぶやく。
物語で読んだり、ルクスから聞いたことはあったが見るのは初めてだった。
「魔剣師ってなに?」
「剣術と魔術を組み合わせて戦う人のことだ」
「なんだか難しそうね」
「そうだな。魔術と剣術。どっちもおろそかに出来ないからな」
何も2つを組み合わせれば強いという話ではない。
魔術ばかりが得意であるようなら魔術師がサブ武器で剣を使っているだけである。
剣術ばかりが得意であるようなら剣士がサブプランで魔術を使っているだけである。
魔剣師はどちらにも
「魔術の名門校にまで来て、剣を使うってことは……よっぽど自信があるんだろうな」
「へぇー……」
アリシアが感心したように少女を見る。
「では受験番号6番から始める。前に出たまえ」
そこから試験はつつがなく進行した。
的に向かって受験生が魔術を使うと、的に触れた瞬間に魔術が
それを周りから見る3人の試験官たちは受験生が魔術を使うたびにその威力や精度などを紙に書き続けている。
「ねえ、イグニ。緊張とかしないの?」
「ああ。まったく」
「……すごい余裕ね。イグニの適性って……もしかしてS?」
「どうしてそう思った?」
「魔術の使い方が、上手だったから」
「魔術の使い方に適性は関係ないぞ。自分がどれだけその魔術のことを理解しているか、だ」
イグニがそう言うと、
「受験番号120番!」
呼び出された。
「おっと。俺の番だ」
「が、頑張りなさいよ!」
「ありがとう」
アリシアからの声援をしっかり受け取ったイグニは線の前に立つ。
「この線から一歩も前に出ることなく、的の中心を撃ちぬけ。使用する魔術は得意とするもので構わん」
得意も何も『ファイアボール』しか使えないのだが。
イグニは人差し指をまっすぐ的に向けると、親指を天にむかって立てる。
流れる様に『ファイアボール』を2つ、人差し指の先に生成。
前方を
「『
そして、威力を
『ファイアボール』が回転を纏うと同時に赤から蒼に染まっていく。
「『
ドドンンンン!!!
と、その時初めて受験会場に魔術の激突音が響いた。
イグニの魔術によって生まれた煙が晴れていく。
イグニの撃ちだした『ファイアボール』は2つ同時に進み、空中で1つを爆破させることによってさらに前方の堅い『ファイアボール』を加速させる。
それによって“的”を
そして、残されたのは3人の唖然とした試験官たち。
「……モテの極意その3。――“目立つ男はモテる”」
ぼそり、と自分に言い聞かせる。
「俺は……絶対にモテるぞッ!!」
彼の執念は、止められない。
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