第6話 女の子と魔術師

「クソ。じいちゃんめ……。適当すぎるだろ……」


 イグニは宿の中で1人ぼやいた。


 ここはイグニとルクスが訓練をしていた魔王領から遠く離れた場所。


 イグニの母国であるアンテム王国。その王都である。

 王都には人も、物も、金も、全てが集まる。


 ロルモッド魔術学校はその王都にあるのだ。


「全く。入学試験の準備なんて何もしてないってのに」


 だが肝心のルクスはと言うと、イグニに受験票を預けるなりどこかに行ってしまった。

 なんでも、古い友人に話をつけてくるだとか何とか……。


「ま、いいや。じいちゃんがいなくても試験に合格するだけだ」


 イグニはそういうとポーン、と身体をベッドに預けた。


「ベッドで寝るなんて久しぶりだなぁ……」


 タルコイズの家を追い出されて以来かもしれない。


 ルクスとの特訓中はずっと地面の上で寝ていたし、1年近くいた酒場でも土の上で寝ていた。


 だからだろうか。

 気が付けば次第に眠気が襲ってきて。


「朝の……鐘が、鳴ったら……試験、開始……だから……。それまでに、起きないと……」


 イグニは眠りについた。





 ゴーン! ゴーン! ゴーン!!


「……あ」


 鐘の音で、目を覚ました。

 ごそごそと毛布をどける。


「…………やべ」


 窓からは太陽の光がさんさんと差し込んでいた。


 遅刻、である。


「やべぇ!!」


 ベッドから跳ね起きたイグニは受験票だけ手に取ると、窓から外に飛び出した。


「遅刻だっ!!」


 そのまま転げ落ちると、全力で試験会場に向かっていく。


『イグニよ』


 走っていると、急にルクスの声がイグニの頭の中で再生され始めた。


『モテの極意その2。――“余裕のある男はモテる”じゃぞ』


「うぉおおおおおおおっ!!!!」


 だがイグニは走った。

 往来のど真ん中をこれでもかと走った。


「背に腹は代えられないんだ……ッ!!」


 そう。ここでどれだけ余裕のある振る舞いをしたところで、大遅刻によって試験が受けられなければイグニのモテモテライフは水泡と化す……ッ!


 全力で走っていると、イグニの頭上を何かが通った。


「……なんだ?」


 ぱっと、顔を上げると、そこには必死の形相で箒に乗ったまま空を飛んでいる少女が1人いた。


 大きな帽子からは綺麗な金の髪が覗いており、手元にはイグニの受験票と全く同じ受験票が握られている。


「……みえ、みえ…………っ!」


 スカートだから見えそうで見えない。


 ミステリアスな男とは何だったのかと言いたくなるが、イグニも男の子である。

 むべなるかな。


「あの子、遅刻かなぁ……」


 と、他人事のようにイグニはそう呟いたが、ピン! と脳内に閃くものがあった。


「そうか。空か!」


 イグニは助走をつけたまま跳躍。


 魔力を脚に纏って少女と同じ高さまで飛び上がると、空中に『ファイアボール』を生み出して発射。


 そして乗って、移動。


 モテのその5。――“困っている女性は助けるべし”


「君も遅刻か?」

「え!? 誰!? というか、どうやって移動してんの!!?」


 少女はイグニの顔と足元の『ファイアボール』を交互に見ながら叫んだ。


「俺も受験生だ。今から会場まで一瞬で移動できる方法があるんだが、乗るか?」

「ほ、本当!?」

「ああ。君を見て思いついた」

「……乗るわ。時間がないもの」

「じゃあ、失礼するぞ」


 そういってイグニは少女の腰に手をまわして、


「『装焔イグニッション』」


 足元の火球に魔力を込めて、指向性を与える。


「『発射ファイア』!!」


 ドン!!!!


 と、空中で『ファイアボール』を爆発させると、その爆風によって2人の身体を吹き飛ばしたっ!!!


「きゃあああああああっ!!!」

「……悪い。だが、もう着くぞ!」


 走っていたら到底間に合わなかったであろう距離を、イグニの魔術によって超ショートカット。


 イグニはくるりと空中で体の向きを変えて、少女をお姫様だっこの体勢で抱きなおすと地面に着地。2人が飛んだ距離と衝撃は中々のもので、普通に降りれば足の骨折は免れないものの、イグニは両脚に魔力を込めることによってそれを回避した。


 ずざざざざっ!!


 と、イグニは地面を削りながら減速。何とか試験会場にたどり着いた。

 

 試験会場はロルモッド魔術学校、その本校である。

 イグニと少女は2人そろって、城のような巨大な建築物を見上げた。


「き、君たちは!?」


 驚いた様子で中から職員が出てくる。


「受験生だ。俺はイグニ。これが受験票」


 イグニは少女をゆっくり地面に立たせると、受験票を見せた。


「わ、私は、アリシア・エスメラルダ! 受験生よ」


 そういってアリシアが受験票を見せた。


 職員はそれを見てこくりと頷く。


「2人ともこっちへ」


 イグニとアリシアが職員についていこうとした瞬間に、ぼそっとアリシアが、


「ありがとう」

「うん?」

「な、何でもないわ!」


 そういってアリシアが顔をそむけたので、


「どういたしまして」


 イグニはそういってほほ笑んだ。


 モテの作法その3――“お礼は堂々と受け取るべし”。


「聞こえてるじゃないのよ!」


 だが、顔を真っ赤にしたアリシアに箒で尻を叩かれた。


(……なぜだ?)


 イグニが心の中で首をかしげる。


 ―――――――――


『イグニよ』

(……じいちゃん!)

『女を理解してはならぬ。女性は理不尽なものなのじゃ』

(そ、そうだったんだ……!)


 ―――――――――


 イグニは心の中ではっとした。


(じいちゃん! 俺、じいちゃんの言ってたことが理解できた気がするよ!!)


 と、ズレた理解をしたままのイグニと、そんなことなど露ほども知らないアリシアが門をくぐる。


「そろそろ試験説明が始まるころだったんだよ。良かったね。君たちはギリギリセーフだ」


 職員の人がそう言って2人が案内された先には、数多くの受験生たちが前方を向いて立っていた。前方には何かの台が見える。あそこに教師が立つんだろうか?


「ここで待っているといい。始まるだろうから」


 2人を案内し終えると、職員さんはどこかに行ってしまった。


「あ、あの……。さっきは叩いてごめんなさい。私はアリシア、あなたは……?」

「……男が5割……。いや、6割ってところか? ……嘘をついたのか。あのジジィ……」

「ちょ、ちょっと……?」


 イグニの肩をアリシアがちょんちょんと触る。


「おっと、ごめん。考え事してて……。どうかした?」

「う、ううん。さっきのお礼を言おうと思って……」

「気にしないでくれ。困っていたから、助けただけだ」


 モテの作法その1。――“女性は須らく特別扱いをするべし”


「あ、ありがとう。イグニ……だったっけ? 私はアリシア。よろしくね」

「ああ、よろしく。アリシア」


 イグニはそう言ってアリシアに握手を求めた。


 心の中はルクスへの殺意で埋まっていた。

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