第5話 最強の魔術師
修行を始めてから、2年が経った。
「シッ」
イグニの身体が宙を舞う。
その周囲を追随するように5つの火球がイグニの周囲を取り囲んでいる。
地面にいるのは体長が5mはあろうかという巨大な蜘蛛。
Aランクモンスターである『ヘルスパイダー』。それが、15体。
イグニの着地地点を狙っているかのように、罠を仕掛ける。
「『
イグニの詠唱によって、イグニの周囲に展開されていた『ファイアボール』が一斉に発光。赤い色から一瞬にして、白く変色した。
『
自分自身の魔力を限定した個数の火球に集中することによって、展開された『ファイアボール』の攻撃力と攻撃範囲を数十倍から数百倍に底上げすることが可能である。
「『
イグニの周囲の身体を離れてすさまじい勢いで白色の『ファイアボール』が地面に直撃。
ドォッッツツツツツ!!!!
5連の爆風が地面ごと『ヘルスパイダー』を吹き飛ばす。Aランク冒険者が4人がかりでようやく1体倒せる『ヘルスパイダー』をまとめて15体倒したイグニだが、地面に着地するなり、地面を蹴って加速した。
真の敵はこいつらではない。
「ほれ。イグニ。まだまだおるぞい」
「……分かってる」
イグニが静かに答える。
静かに答えるにも理由があるのだ。
モテの極意その4。
“ミステリアスな男はモテる”。を、体現しているだけである。
“ミステリアスな男”をイグニの足りない頭で一生懸命考えた結果、たどり着いた結論は静かな男であった。
「ほれ。上じゃ上」
ルクスの声がイグニに届くと同時に、イグニの頭上から落ちて来たのは巨大な
『WooooOOOOO!!!!』
スカルドラゴン。
SSランクに該当するモンスター。最強種であるドラゴン。1000年以上を生きるといわれている彼らにも当然のように寿命はある。ならば、その死骸もある。
魔王と人類の大戦中、魔王はドラゴンを始めとする最強種の死骸を集め、
これはそのうちの1体。100年以上前の戦いの忘れ形見だ。
イグニとルクスの特訓場はイグニの強さによって魔王領の最奥へと、どんどん進んでいった。その結果、今では人類の未踏破領域である魔王城周辺にまでたどり着いていた。
「ほれイグニ。もっと火力をあげんかい」
「それも、知ってる」
イグニは人差し指の先に小さな『ファイアボール』を生み出す。
「『
ギン、とすさまじい魔力がその小さな一点に収束。通常ではありえないほどの魔力密度を保った『ファイアボール』がイグニの手元から発射。
「もう一度、ここで死ね」
イグニの手元から発射された火球がスカルドラゴンの脳天に直撃。木っ端みじんに破壊して、絶命させる。
スカルドラゴンの身体が地面に落ちるよりも先に、イグニはその身体から抜け出した。
「ほぉー。己の全魔力を1つに集中する魔術かの?」
「全部じゃない。まだ、余裕がある」
「うむ。結構結構。かなり魔力量も増えたようじゃの」
「ああ。成長期だからな」
イグニはどや顔でそういったが、その推測は間違いではない。
魔力枯渇を起こせば気絶する。あるいは死ぬ。
そう言われている中で、魔力枯渇を意図的に起こそうとする馬鹿はそういない。
だが、イグニはそれを2年間毎日繰り返し続けた。
1週間飲まず食わずで魔王領の中を歩いたことがあった。
目を隠したまま1か月間、モンスターと戦い続けたことがあった。
モンスターとの戦いに魔術の使用が禁止されたときもあった。
どんな時でも、毎日魔力枯渇寸前まで魔術を使い続けた。
当然、それだけでも魔力保有量は信じられないほど上昇する。
だが、それだけではない。イグニの身体は成長期であった。
その2つの相乗効果によって、イグニの魔術は信じられないほどに進化したのであるッ!
勿論、それはいばらの道である。
絶えず魔術を使い続けることによって、脳が焼き付いたように熱が消えない日があった。
腕や足がなくなったことは1度や2度ではない。
だが、それでもイグニがここまで強くなったのは他でもない。
――ただ、モテたいためである。
ちなみに腕や足はルクスが持っているエリクサーを飲んだらすぐに治った。
「じいちゃん。これで、
「うむ。スカルドラゴンを1人で倒せるようになれば十分じゃろう」
イグニの周囲に浮かんでいた光の粒子が集まって、ルクスの姿を取る。
ルクスの得意とする粒子化魔術である。
そう、この男。
孫が死闘を演じている横で自分だけ安全地帯にいたというわけだ。
「じいちゃん。これで俺は冒険者になれるんだな」
イグニが興奮を抑える様にして、そう言う。
冒険者。それは、強さが全ての世界。
イグニの目標は冒険者になり、そしていずれ世界最強になってモテることである。
「いや、ダメじゃ。お前は冒険者になってはならぬ」
「なっ、なんでだよ! じいちゃん!」
イグニは思わず抗議した。
何しろこの2年間、何度も死に際をくぐってきたのはその夢を叶えるためである。
「素が出ておるぞ、イグニ。冒険者になってはならない理由、それはだな」
だが、ルクスがなんの理由も無くそんなことを言うことはあり得ない。
だからイグニはルクスの続きの言葉を待った。
「……冒険者には、“出会い”が、無いッ!!」
「……で、出会いがッ!!!!」
衝撃の事実にイグニの脳はフリーズした。
「お前は今まで数々の英雄たちの話を聞いてきただろう。“黒銀”のジルバ。“
「……ッ!!」
モテることになれば目ざといイグニの脳は一瞬にして答えをはじき出す。
「み、みんな……男!」
「そうじゃ。冒険者には、男しかおらん! イグニよ! ワシと同じ過ちを繰り返してはいかぬ! ワシも冒険者になればモテると思っておった! じゃが、待ち受けていたのは男くさい毎日よ!」
「そ、そんな……。じゃあ、俺はどうしたら……」
スカルドラゴンと戦っている時ですらつかなかった膝を地面につけるイグニ。
さて、彼の絶望とは如何ほどだろうか。
「じゃが、安心しろ! この“極点”たるワシがお前にしっかり行くべき道を示してやる!」
「じ、じいちゃん!!」
「お前がこれから向かうのは“魔術学校”だ!」
「ま、魔術学校!?」
それは魔術師を育成、輩出する学校である。
「うむ。“春”のフローラ。“
「ほ、本当だっ!!!」
魔力の親和性は女性の方がはるかに優れている。
神は人を作るときに2つに分けたと言われている。
男には筋力を。
女には魔力を。
だから魔術師出身の英雄に女性が多いというのは何もおかしなことではない。
「じゃからお前が行くのは魔術師の
「……ロルモッド魔術学校! ガチガチのエリート学校じゃねえか!!」
それは、イグニでも知っている名門校。魔術の才に秀でた子供を集めることをモットーに、イグニの母国であるアンテム王国の中で成績トップを走り続けている最高学府だ。
ロルモッド魔術学校の素晴らしいところは、入学条件に実力主義を掲げているところである。
ロルモッド魔術学校において、生まれの出身は関係ない。
求められるのはただ、魔術の才能である。
「そうじゃ! ロルモッド魔術学校は10年前まで女子校じゃった!」
「……え、そうなの!?」
「いや、完全に実力試験形態にしておったから実質的に女子校みたいになっとったわけじゃ」
「今は違うのか?」
「少し男はおるが、それでも8割は女! イグニ! この意味が分かるか!?」
「わ、分かる……。分かるぞ……ッ!」
イグニはこくり、とうなずいた。
イグニの夢はモテモテライフである。
本当は首がもげるほど頷きたかったが、そんなことをするとミステリアスじゃなくなるので、必死に制した。
「ここに受験票がある。お前の分じゃ」
「えぇっ!? 俺の分、もう取ってあるの!?」
「もちろん! ワシをなめるな! “極点”じゃ」
「す、すげえよ! じいちゃん! それで試験っていつからなの!?」
「明日じゃ!!」
「……は?」
イグニの素が出た。
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