第4話 ”極点”と魔術師

「良いか。イグニよ。世の中には適性というものがある」


 下水を出たイグニはルクスの歩く方向にひたすらついて行った。


 監督官がイグニを見つけた時は叱られるかと思ったが、隣に立っているのが光の“極点”となると彼らは驚きに驚いてすぐに通してくれた。


 じいちゃん様々だ。


「例えばワシは【光:SSS】じゃ」

「うん。知ってる。1000年に1人のSSSランクだもん」

「ほかにも色んな適性がある」


 ルクスがイグニの肩をそっとつかんだ。


「どしたの?」

「飛ぶぞ」


 次の瞬間、はるか眼下に地面が見えた。


「はぁっ!?」

「移動用の魔術じゃ。浮気がばれたときに逃げるようじゃの」

「…………」


 まったくこの人は。


「お前に修行をつけるために場所を変える必要があるからの。あんまり疲れるからこれは使いたくないんじゃが」

「そ、そうなの?」

「冗談じゃ。“極点”がこんな魔術を1回使うくらいで疲れるわけなかろう」

「……その冗談、面白くないよ」

「なんじゃと?」


 ルクスが聞き返した瞬間、2人の足が地面についた。


「……ここは?」


 イグニが周りを見る。


 周囲はうっそうとした木。空は曇天に包まれ、空気が重たい。


「じ、じいちゃん! マジでどこなの? ここ」

「うん? ここは魔王領じゃ」

「はぁ!!? じいちゃんそれは流石にやばいって!!」


 魔王領。それは、かつて世界の9割以上を手に入れた魔王の大地。

 その多くは人間の手の元に戻ったが、それでもまだ未開拓の土地は残っている。


 魔王によって汚染された土地は信じられないほど強いモンスターが、そこらかしこに巣くっている。あの最強種のドラゴンが唯一生息していないのが、魔王領と呼ばれているほどにはヤバいところである。


「何がやばいんじゃ。魔王は100年以上前に死んどるぞ」

「死んでてもモンスターを生み出してるんでしょ!? 魔王の身体は!!」


 だからなおのことやばいというのに。


「イグニ。これは、お前が選択したのだ。モテたいと言ったのはお前じゃろう」

「で、でも! 魔王領なんて聞いて無いよ!! 俺、死んじまうよ!!」

「モテの極意その1」


 ルクスがイグニの目を見てそういった。


「……“強い男はモテる。でも、努力してる男の方がモテる”」

「そうじゃ。イグニよ。お前はまだ若い。じゃが、これから5年。10年先を見るんじゃ」

「5年、先を……!」

「ああ。強くなったお前が、酒場で女に囲まれる」

「酒場で……!」

「そうだ。その時、周りの女は聞いてくる。『どこでそんなに強くなったの』ってな」

「そ、それで……!」


 ルクスはニタリ、とその顔に笑みを貼り付ける。


「そこで言ってやるのさ。『魔王領』ってな」

「うおおおおおおおおお!!!!」


 なんだそれ! めっちゃモテそう!!!


 イグニは不幸なことに馬鹿だった。


「分かったか。イグニ。お前は強くなる上に、酒場でモテる話もゲットできるのだ。どうじゃ! ワシのこの最強の戦略を!!」

「す、すげぇよ! 流石はじいちゃんだよ!!!」


 生憎あいにくとツッコミが不在のこの場において2人を止めるものは誰もいない。


「そ、それで! 俺は最初に何すればいいの!?」

「うむ。それはじゃな」


 ルクスはゴホン、と咳払いをしてイグニを見た。


「己の中の魔力を全て使い尽くせェっ!!」

「ま、魔力を!?」


 魔力とは魔術を行使する際の基本的なエネルギーだ。


 生まれつき総量がほとんど決まっている上に、人が持っている魔力は個人個人によって微妙に違うらしい。だから例えばAさんの持っている魔力は水属性に向いている。Bさんの魔力は火属性に向いている。なんてことが起きる。


 それを読み取るのが神官の持っている水晶であったり、ルクスの『鑑定』魔術であったりするのだが。


「そうだ。使い尽くせ」

「そんな! 使い尽くしたら俺、魔力枯渇で死んじまうよ!」

「大丈夫じゃ。そのために魔王領にいるのだから」

「……っ!」


 イグニはルクスの言っていることを理解したのか、拙いながらに『ファイアボール』を生み出して、地面に撃つ。ぽす、という音を立てて小さな火球が消えた。


 魔王領にはまだ大地の汚染が残っており、人の住める大地ではない。


 それは翻せば、魔王領にはまだ魔王の莫大な魔力が残っているのだ。


「はぁ……。はぁ……」


 3発撃ったところでイグニの顔が真っ青になり、顔には玉のような汗がいくつも浮かび上がっている。


「……ふぅ」


 だが、呼吸をしているうちにイグニの血色がどんどん良くなっていく。


「気づいたかの」

「魔力回復が……ほかのとこよりも早い」

「そうじゃ。魔王領の大気に含まれる魔力量は普通の空気の10倍から15倍。じゃから、その分より速く大気中の魔力を体内に取り込むことが出来るんじゃ」

「じいちゃん! これってなんの意味があるの!」

「うむ? これか。これはな。お前の魔力量を増やしているのじゃ!」

「魔力量は増えないって言われてるじゃん!」

「ああ。あれは嘘じゃ」

「えぇっ!?」


 突然もたらされた衝撃の事実。

 80歳になってもまだ背が伸びる、くらいの衝撃度合いだ。


「まあ、正確には言えばちと違うがの。正しくは、魔力枯渇を起こせば起こした分、魔力保有量は増える、ということじゃ」

「魔力枯渇を起こした分だけ」

「そうじゃ。まあ、3日もやれば倍にもなろう」

「ば、倍……ッ!?」


 イグニはびっくりしながらも魔術を地面に撃ち続けた。


「そういえば、じいちゃん。さっき言ってたことってさ」

「うん?」

「ほら、適性の話。魔王領に来る途中で何か言ってたじゃん」

「ああ、あれはの」


 ルクスがそう言った瞬間、ルクスの首が


「じ、じいちゃん!!?」


 イグニが慌ててルクスのもとに駆け寄ろうとした瞬間、身体が動かないことに気が付いた。


「ど、どうして……」


 いや、よく見れば周囲に無数の糸が張り巡らされているではないか。ルクスの首はその糸によって締め付けられたから落ちた。そして、イグニは糸によって身動きが激しく制限されている。


 ならば、そこにいるのは。


『SHAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 甲高い声を上げながら、5mはあろうかという巨大な蜘蛛が森から飛び出した。


「へ、ヘルスパイダー!」


 図鑑でしか見たことの無いAランクモンスターだ。通常ならAランク冒険者が4人がかりで倒すモンスターである。


 ヘルスパイダーは、凄まじい勢いでこちらに迫って来る。


 ……ずっと、俺たちを狙っていたんだ。


 ヘルスパイダーはルクスとイグニと自分の戦力差を一瞬にして理解した。そして、強敵であるルクスを暗殺し、まだ少年であるイグニを捕食するつもりなのだ!!


「く、クソっ!!」


 イグニは慌てて『ファイアボール』を連射する。だが、ヘルスパイダーに当たるも、それを気にした様子も見せずにヘルスパイダーはこちらに近づいてくる。


「……な、何で」

「魔術の威力が低いからじゃ」


 果たして、その声ははるか上から聞こえてきて。


「『断て』」


 短いルクスの号令。それによって、生み出された光がヘルスパイダーの身体を両断する。ばしゃっ! と紫色の体液があふれ出し、イグニの身体をとらえていた糸が急に地面に落ちた。


「“適性”の話じゃったの」


 死んだはずのルクス。だが、死体はとうに消えている。


 ……何をしたのか、さっぱりわからない。


 イグニは祖父のすごさに目を丸くしながら、彼の続きの言葉を待った。


「稀に、極稀に……100万人に1人……。たった1しか使えぬ子どもが生まれる」

「……属性特化型エレメント・ワン、でしょ」


 噂でしか聞いたことがない。

 だが、確かにそういう存在は聞いたことがある。


 彼らはたった1つの属性しか使えない代わりに、すさまじい力を手にするのだという。


「じゃが、そうであるなら。たった1しか使えぬ者が生まれてもおかしくない。ワシはそう考えて、ひたすら探し続けた」


 たった1つの魔術。

 それはまるでイグニのようで。


「そして、見つけた」


 ルクスがイグニを見る。


「ワシはそれを術式極化型スペル・ワンと呼んでおる」

「……す、術式極化型スペル・ワンっ!!」

「そうじゃ。単一の魔術しか使えないがゆえに、理論上は。それが、お前じゃ」

「俺!」


 テンション上がったのか、はしゃぐイグニ。

 その手からは祖父の言いつけ通り、『ファイアボール』が撃ち続けられている。


「そうじゃ! じゃからイグニ! お前が酒場に行って、女どもに囲まれながら言うのじゃっ!」

「な、なんて……!」


 ごくり、と音を立ててイグニが唾を飲み込む。

 

「『俺、術式極化型スペル・ワンなんだよね』――とッ!!!!」

「か、かっけぇぇぇえええええええっ!!!」


 生憎あいにくと、ツッコミ役は不在である。

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