1-1 稲妻と絶滅
「副長、副長!!お待ちください、困ります!!」
隊舎に静止の声が響く。その声を無視して近づいてくる足音にため息をつきながら、俺、ラルフ=シンクレアは積みあがっていた書類を脇に片付けた。短く刈り込んだ銀髪をかき上げて軽く整える。脇に置いていた2本の片刃の直刀<サーベル>のうち1本を腰に下げたところで、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「よう、隊長<シンクレア>!!相変わらずしけた面してんなぁ」
部屋に入ってきたのは赤毛の男だった。年の頃は俺より上、三十を半分もすぎたくらいにみえる。身長は180前後。その身体には無駄のない鍛え上げられた筋肉がみえ、身を包む黒い皮鎧は、ワイバーンの革で作られたものだ、こいつが俺の部下、シルヴィウス王国竜伐軍<ドラグレイド>であることを否応なしに思い知らせてくれる。
フレイ=エルハザード
対竜討伐軍、ドラグレイド第一軍の副長。つまり隊長である、俺の片腕だ。
だがこの片腕は、頭のいう事をまったく聞いてくれない。単独行動、命令違反は日常茶飯事、そして何より困ったことに必ず成果を上げてくる。倒した竜とその眷属は数知れず、ついた二つ名は『絶滅』のフレイ。
「あんまり眉間にしわを寄せてると、老けるのが早くなるぜ。何かこの悩みがあるなら、このフレイおじ……」
(ひゅん)
風を切り裂く音が、フレイの言葉を止めた。その喉元につきつけられたのは、片刃の直剣<サーベル>。真の銀<ミスリル>で作られたその刃が銀色に輝く。
「それ以上言ったら、殺す」
冗談でないことを示すように薄皮一枚顎に傷を入れて、俺はサーベルを鞘に戻す。
「お前、相変わらず冗談が通じないな」
呆れたような声で話すフレイは顎についた傷を撫でる。まるで痛みなど感じていないのだろう。傷を撫で終わった頃にはその傷は消えていた。
「冗談ですまないことを言うからだ。それより、そいつはなんだ」
椅子に腰かけながら、俺は視線をフレイの肩、正確には抜き身で肩に担がれている大剣、真の銀<ミスリル>製の両手剣<ツーハンデットソード>だ、の先端に刺さっているモノを見つめた。
いったいその細い身体のどこにそんな力があるのか、片手でやすやすと持ち上げている。
「見て分からないか?フォレストパイソンの首だ」
フォレストパイソンは森龍シルヴァの眷属と言われている亜竜だ。繁殖力は強いが幼体ではその辺りの蛇と変わらぬ程度の大きさで、野の獣にすら餌とされる。だが、この亜竜の恐ろしいところは際限なく大きくなることだ。生き延びたフォレストパイソンの全長は10mを超える。そして永い年月を生き智恵を持つようになったフォレストパイソンには翼が生え、緑竜<エメラルドドラゴン>へと成育するという。
フレイが持ち帰ったフォレストパイソンの首は軽く1mはあった。全長は軽く10mを超えるだろう。
「俺が訊いているのは、何故そんなものをお前が担いで、この部屋に持ち込んだか、ということだ」
「それが俺の『約束』だからだよ」
返ってきた言葉に、俺は今日一のため息をついた。この男がこの言葉を持ち出したということは、ただの酔狂ではないということだ。粗野で型破りな男ではあるが、決して馬鹿ではない。
俺は視線でフレイを追ってきた隊員に下がるように命じた。それを見てフレイはフォレストパイソンの首を床に投げ捨てる。大剣を懐から取り出したボロ布で拭くと鞘にしまう。落とされたフォレストパイソンの首から血が広がった。その首の上にボロ布が投げ捨てられる。あの絨毯は焼却せねばなるまい。侍従の血相を変える顔を想像して頭が痛む。だが、隊長<シンクレア>として俺はこの男から話を聞かねばならない。
「座れ」
諦めたように放った俺の言葉に遠慮することなく、フレイはその巨体をソファーに沈めた。
**** **** ****
竜達の戦争は果てしなく続いた。大陸は荒廃し、地形は姿を変えた。巻き込まれた獣は焼かれ、裂かれ、餌となる。いくつもの種が滅びた。
だがそんな中、それでも生き延び続けた種族がいた。それが俺達ヒト族だ。
神の身体を模したと言われる姿を持ち、智恵ある種族であるヒト族は、竜の争いから逃げるため西へ西へと移動した。
そしてたどり着いたのがここ、銀の列島<シルバーシー>だ。
智恵ある竜の少ないこの列島に楽園を築くため、ヒト族は竜の眷属に闘いを挑んだという。それは決して楽な闘いではなく、むしろ絶望と呼ばれるモノだった。多くのヒトが竜に引き裂かれ、餌となり、死に絶えた。それでもヒト族は諦めず、粘り強く戦いを続けた。
しかし、その不屈の闘志も尽きようとしていた。このままでは滅びる。竜に滅ぼされた、多くの種と同じように。そんな折、『銀の巫女』エル=シルヴィウスがそれを見つけたという。
真の銀<ミスリル>の鉱脈を。
銀の巫女が見つけた鉱脈には、莫大な量のミスリルが埋蔵していたと言われている。
真の銀<ミスリル>は龍の力を引き出す。そしてこの大地に存在するすべての生物は龍の力を身に宿している。もちろんそれはヒトも例外ではない。ミスリルを媒介に、ヒトは龍の力を引き出すことに成功した。火龍の力を宿す者は炎を操り、海龍の力を宿す者は水を操る。
その力を元にヒトは竜を狩った。
この年、エル=シルヴィウスはシルヴィウス王国の建国を宣言。銀聖歴元年とし、竜を狩る軍。竜伐軍<ドラグレイド>を組織した。
そして銀西暦124年の現在、八軍に増えた竜伐軍<ドラグレイド>は現在も竜を狩り続けている。
**** **** ****
冷めた紅茶に口をつけ心を落ち着ける。フレイが『約束』を持ち出したということはただごとではない。覚悟が必要だった。
「それで、何があった」
紅茶の渋さをかみしめるように、ゆっくりと言葉を絞り出す。フレイの目が俺には飲み物はないのか?と語っているように見えたがそれは無視する。こいつが望む飲み物は、どうせ酒しかない。そんな俺の考えが伝わったのかフレイは肩をすくめて話し出した。
「十匹目なんだ」
主語のない言葉に俺は軽い頭痛を覚える。こいつと話す時は行間を読む必要がある。しばし、その言葉の意味を考えて、俺は愕然とした。
「期間は?」
「一月」
一月で十匹のフォレストパイソン。それも10m級の巨大なモノが。フレイの言葉の意味を読み違えていなければそれは異常な数だ。
先に述べた通り、フォレストパイソンの繁殖力は強い。多くの森でその姿を見つけることができる。だが、同時にヒトが脅威を覚えるサイズにまで育つことは非常に稀だ。多くは森の獣の餌となり3mを超えるサイズになることすら滅多にない。そして、目立つサイズになったフォレストパイソンは狩人や傭兵が積極的に狩る。王国がその首に賞金をかけているからだ。それでも発生した10m級のフォレストパイソンは竜伐軍<ドラグレイド>が狩る。
辺境の島ならまだしも、王都イリアがあるこのイリオス島周辺では、絶対に発生しない確率だ。その背後には、何者かの企みがある。
まっさきに浮かんだのは森龍の力を宿す者だ。彼らは生命エネルギーを操る。怪我の治癒や病の回復を生業をする者が多く、緑の神官と呼ばれていた。
彼らの力を持ってすれば、フォレストパイソンを成長させることはできるだろう。だが、何のために?緑の神官はこのシルヴィウス王国で十分な地位を得ている。当たり前だ、癒しの力を持つものが敬われないわけがない。仮に彼らがさらなる権力を求めて王族を追いやろうとしているとしても、フォレストパイソンを増やすことはどう考えても悪手だ。
智恵のないフォレストパイソンを思う通りに操ることは難しい。被害が出れば民意は掴めないし、ましてや王国には俺達、竜伐軍<ドラグレイド>がいる。10m級のフォレストパイソンは確かに強敵だが、俺やフレイ級の力があれば一人でも狩れる強さでしかない。
となると、他の可能性は
「竜か?」
口からこぼれた言葉に身が震える。
智恵ある竜。
それは龍の眷属が数百を超える年月を過ごした時に目覚めるモノだという。
火龍の眷属 火蜥蜴<サラマンダー>
空龍の眷属 飛亜竜<ワイバーン>
海龍の眷属 海大蛇<シーサーペント>
森龍の眷属 森大蛇<フォレストパイソン>等
それらが永い時を得て成育し、智恵を得た時、絶大な力を持つ竜となる。その多くは東の大陸から渡ってくる。竜討軍<ドラグレイド>の隊長たる俺は当然のように彼らと闘ったことがあった。彼らは強い。空を飛び。吐息<ブレス>を放ち、その巨大な爪と牙で岩をも引き裂く。
だが本当に怖いのは彼らの智恵だった。力に溺れ、正面から戦いを挑む竜ならば何匹も仕留めてきた。しかし身を隠し、謀略を持ちて人心を惑わし、機を見て破壊的な攻撃を仕掛けてくる竜は、俺達竜伐軍<ドラグレイド>の手にも余る存在だ。
実際、三年前に現れた邪竜に竜伐軍<ドラグレイド>第六軍が壊滅させられたのは苦い記憶だった。三年経った今でも、第六軍は再建できていない。
「十中八九。こんなことをしでかす奴を俺は他に知らない」
フレイから帰ってくる肯定の応え。
「王島<イリオス>には結界があるから心配はないと思うが、結界の外の村や街はそうはいかない。特に北島の森は広大だ。どれだけの数が隠れているか想像もつかない」
王島<イリオス>の周囲には四つの大きな島がある。そのうち北島には広大な森林地帯が広がっており、王都<イリア>に建設用の木材を供給していた。
「わかった、第一軍を動かす。それと、近海にいる第二軍と第五軍を呼び戻す」
「第五軍はいいとして、第二軍は大丈夫か?」
珍しくフレイの顔に苦い表情が浮かぶ。第二軍の隊長は何かとこちらにちょっかいをかけてくる、いわゆる政敵だ。
「竜が攻めてきてるかもしれんのに、国の中で仲間割れしている場合ではない。ジークもそれくらい分かるはずだ」
希望的観測を籠めてそう言う。もっとも討伐に失敗するようなことがあれば容赦なく追及されるだろうが。
「お前がそう言うならそっちは任せた。さすが即断即決の<稲妻>だ。じゃ、俺はいったん家に帰る」
投げ捨てた森大蛇<フォレストパイソン>の首をそのままに、フレイが俺に背を向ける。まったく傍若無人を絵に描いたような奴だ。だが、困ったことにこの状況ではその背中が頼もしくみえる。
「しばらく忙しくなるな。フレアによろしく言っておいてくれ」
その言葉にフレイが振り返る。
殺意が籠められた視線。無言のまなざしがこう言っていた。
『俺の娘を口説いたら殺す』
相変わらずの親馬鹿っぷりだ。一回りも違う娘に俺が手を出すと本気で思っているのだろうか。だが、あいつにとって世界で一番大切なものが一人娘のフレアであることを俺はよく理解していた。
早く行け。手振りでフレイを追い払う。しばし俺をみつめていたフレイだったが不承不承扉をくぐった。
本当にしばらく休む暇がなくなりそうだ。
せめてもの癒しとして、俺は新しい紅茶を淹れることにした。
竜伐軍<ドラグレイド> きのつかさ @bsbi
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