竜伐軍<ドラグレイド>
きのつかさ
序章 火竜と翼ある大蛇
世界に八龍ありし
火龍 イグニス
空龍 カエルム
海龍 マール
森龍 シルヴァ
地龍 テラ
邪龍 マルム
氷龍 グラキエース
銀龍 アージェント
大陸を支配せし八龍は眷属たる竜を生み、繁栄を極めた。
強靭な肉体を持ち、寿命を持たぬ竜はたちまち増え世界を覆いつくす。
だが、竜の強さを支えるには世界は狭すぎた。
増えすぎた竜は自らの領域を巡って争いをはじめたのだ。
否、それは争いと呼ぶには激しすぎた。
森は焼かれ、大地は裂け、海は穢れ、空は荒れた。
竜の戦は大陸を荒廃させ、同時に竜の数を減らしていった。
しかしそれでも、竜は争いをやめなかった。
長き時を生き知恵を得た竜達は群れを作った。
群れ同士の争い。群れの中での争い。
争いを運命づけられた種族として竜は今も争い続ける。
そして西の果ての島でもまた、二匹の竜が戦いを続けていた。
**** **** ****
二つの咆哮が島中に響き渡った。
鳥は飛び立ち、獣は森より駆ける。すべての生き物がそこから逃げることを選ぶ。本能が悟っていた、ここにいれば死ぬと。
その中心で火竜は空を見上げた。そこには彼と変わらぬ巨体が空に浮かんでいる。大蛇を彷彿させる緑色の鱗。だがそれが蛇でないことはその背に生えた翼を見ればすぐに分かる。
翼ある大蛇。緑竜<エメラルドドラゴン>。
森の知恵を秘めし二つの翠の瞳が憎しみの眼で火竜を見ている。火竜は傷ついていた。鋼鉄より硬い鱗は鋭い牙に貫かれ、どくどくと炎のような血を流している。
だが、それは相手も同じだ。空飛ぶ蛇はその柔らかな腹に火傷を負っている。火竜の吐息<ブレス>をまともに浴びたのだ。勿論、その程度ではこの大蛇を滅ぼせはしないのは百も承知だ。自分が滅びないのと同じように。
(まったく、まさかこの姿を現すまで追いつめられるとは。)
火竜はひとりごちる。
ここまで追いつめられたのは、十三年ぶりだった。ちょうどこの西の果ての島に火竜がたどり着いた時。そこで火竜は、最愛の者に救われたのだ。そんな火竜に緑竜が思念で問いかける。
(何故、猿の味方をする。お前は竜であろう)
反射的に火竜は吠えた。
(猿ではない、人間だ)
軽蔑したような思念が緑竜より返ってくる。
(猿に情が湧いたか?)
情?
たしかにこれは情かもしれない。竜である自分が、人間を護り、ましてや愛するなどとは。少し前の自分ならば考えられない。同じことをする同族がいれば、緑竜と同じような反応をしただろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
竜として生きた何百年の時間より、この十三年は何よりも楽しかった。別れが来ることは分かっていた。それでも火竜は人間を愛した。そして、託された。命を。祈りを。約束を。
その約束を守ることより、大切なものなど、火竜には存在しなかった。
だから火竜は吠える。
(その通りだ翼ある大蛇よ。だからこそお前は、ここで滅ぼす!)
翠色の目に嘲りの色が浮かぶ
(笑止)
火竜が翼をはばたかせる。すかさず緑竜が雷を放った。翼ある蛇は雷を操る。その直撃を受けながらも、火竜はその勢いを落とすことなく緑の鱗に嚙みついた。緑竜が悲鳴の声を上げる。だが次の瞬間、その悲鳴を嚙み殺すかのように緑竜は火竜の首に噛みつき返した。
二つの竜が大地へ堕ちる。伝説に語られるウロボロスのようにお互いに噛み合いながら。火竜は牙を通じて炎を送り込む。翼ある大蛇を焼き尽くすために。同じように緑竜も雷撃を送り込む。火竜の身を焦がすために。
(貴様、このまま相打つつもりか!!)
緑竜が問う。
(怖気づいたか。)
火竜は笑った。
この竜は強い。己と同じくらいに。このままこの状態を続ければ緑竜が言うようにお互いが滅びるかもしれない。五年前に逝った愛する者の笑顔が頭によぎった。
(それも悪くないかもしれない。だが……)
緑竜を噛む力を強める。声のない悲鳴が耳に響く。一瞬遅れてよりつよい雷撃が火竜の身体に流し込まれた。その痛みに耐えながら火竜はお返しとばかりに炎を流し込む。火竜の頭に、もう一人の愛する小さな者の笑顔が浮かぶ。
(クレア、約束は守るさ。俺は、死なない)
薄れゆく意識の中で火竜は、愛する者の名前を強く呼んだ。
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