第28話 アルムの魔物退治5

 四人とも微動だにせず、アルムの指示を待った。彼女は言葉を発さずに新たなウォーターボールを二個出して、そのうちの一つを目の前の通りに向けて飛ばした。入り組んだ道をぐんぐんと突き進み、ある地点まで進むと水球を破裂させた。青い屋根の上にまで水しぶきが飛んでいるのがこちらからでも見えた。

 アルムの一連の動作を間近で見たエルフューレは見惚れた。どんなに美人な女性も景色の美しい海も太刀打ちできないほどに、アルムの魔法の所作や魔法の起動が彼にとっては美しく思えた。


「エルフューレ、魔法はあと何発撃てる?」


「……あ、ぇえっと、一〇発はいけます!」


「よし!」


 アルムはそう言うと、突然走り出した。てっきり指示がもらえるとばかり思っていた四人は、一瞬立ち尽くしてから慌てて彼女の後を追いかけた。


「どうするんですか? アルムさん」


 エルンストが走りながら聞いた。


「三人はモーテルを仕留めて! わたしは奥にいるグールを仕留める。エルフューレは三人のフォローをお願い!」


「――!? グールが!」


 三人の戦士が驚いた。アルムは走りながら後ろを向き、三人の表情を見た。それから彼女は誰にも気づかないぐらいの小さな頷きを見せた。


「たしか、三人はグールを倒したことあるんだよね?」


「倒したというか、追い出したぐらいです……」


 背の高いハーストがアルムの質問に答えた。

 

「よし、変更しよう。三人がグールを! わたしはモーテルを仕留める。そして、エルフューレはわたしのフォローを。いいね?」


「――っえ!? 僕達はグールを倒したことがないんですよ?」


 ハーストが慌てて言った。


「つべこべ言わない。やるの? やらないの?」


「……や、やります!!」


 三人は動揺しながらも力強く言った。


「よし、それでいい」


 おそらく任せるとはこういうことだろう、とアルムは思った。

 モーテルは俊敏で立体的に動くがどこか単調な動きをする。それに魔物としては非力だから致命傷は受けにくい。それに比べてグールは図体の割に動きが早いし、一発で人を殺せるほどの怪力の持ち主だ。


 明らかにグールの方が手強いが、三人はグールとの戦闘経験がある。三人の自信を奪ってしまったアルムとしては、お詫びの気持ちを込めて強敵を任せて、自信を取り戻してほしかった。中央広場でチーム編成をしていた時は、グールを追い払った経験があると自慢げに三人は話していたのだ。今の三人は自慢げというか、謙虚さが出てしまっている。戦士なら少々図々しいぐらいで丁度いいはずだ。


 彼女は走りながらウォーターボールを背からもう一個出した。二個は見える位置に、一個は背に隠すように配置した。

 道を右に曲がると、蛇のように曲がりくねった通りに入った。左右はまるでくたびれた老兵士が列を作っているように、老朽化した青い屋根の建物が不気味にそびえ立っていた。この地帯は似たような建物と道でどれも同じように見える。記憶力と空間把握力のあるアルムだからこそ、地図を見ただけで迷わずに進めるが、外から来た者であれば間違いなく迷子になる場所だ。


 彼女は走るのをやめて、ゆっくりとした足取りに変えた。他四人は息を整えながらそれに習った。ハーストとノイズは剣を構え、エルンストは槍を構え直した。そしてエルフューレは緊張しすぎないように大きく息を吐き、肩の力を抜いた。アルムはその行為をちらっと見て、前を向き直した。


「この先にいる」


 彼女は静かに言った。後ろにいる四人にさらなる緊張が走る。左にカーブした道はここからでは奥までは見えない。左右に狭い通路があり、魔物がどこから何匹現れるのか全く分からない状況だ。ウォーターボールの探知で、ある程度の数を把握しているアルムは四人に特に何も言わなかった。

 どういう意図があるのか分からないが、あえて言っていないんだろうとエルンストたちは思った。「数なんて関係ない、ただ指示された通りグールを仕留めるだけだ。他に気を回している場合ではない」そう心の中で三人の戦士は目を合わせながら言い合った。


 ――ギッギィィ


 モーテルの鳴き声が聞こえた。姿はまだ見えない。


「お、おい! この声……」


 ハーストが言った。モーテルの鳴き声に隠れて別の音が聞こえた。


「――間違いない!? グールだ」


 エルンストとノイズが言った。エルンストは緊張で額から窓の結露のように汗がにじみ出た。魔物の姿はまだ見えない。グールがグゥゥゥと低い音で喉を鳴らしている。グールが音を鳴らすのは警戒心を強めている時だ。

 三人の緊張をよそにエルフューレは至って冷静だった。北のエリアでゼニスと戦った経験が生かされる。緊張した所で何が変わるわけでもない、一つ一つの物事を情熱を持って冷静に対処する。彼はそうゼニスに学んだのだ。


 ――ギィ……ギギャ、ギギャ〜


 モーテルが雄叫びをあげた。


「――来る!」


 アルムは右側のウォーターボールをそっと五〇センチほど前に出す。手前五メートル先、左にカーブした通路から三匹のモーテルが姿を見せる。

 アルムが視認した瞬間だ。――手前に出したウォーターボールから青い光線のような『スピア』を三本鋭く撃つ。

 モーテルは一匹は地面を走り、一匹は壁の凹みや出っ張りを利用して左右に飛び回り、もう一匹は跳躍を活かして真っ直ぐに飛んできた。が、そんな立体的な動きも虚しく三本の青い槍はそれぞれのモーテルの額に見事に命中し頭を貫く。青光りした水しぶきと共に赤い血が噴水のように辺りに飛び散る。


 三人の戦士はその光景を目の前で見て息を呑んだ。こうもあっさりと魔物を倒せるものなのかと、とても信じられないといった表情を見せる。アルムはそのまま歩くスピードを変えずに前へとつき進む。

 屋根伝いに音が聞こえる。モーテルか?と三人の戦士が思った時、すでにアルムは左側にあったウォーターボールを上まで飛ばし、屋根の少し上あたりで静止させていた。


 ウォーターボールが青く光り出す。三人の戦士は口をあんぐりと開け、それを見つめる。水球の周りにある輪っかが収縮し、水球と輪っかが一つになり回転と光が強まる。すると刃上の水魔法が水球を中心に、時計の長針のようにブゥン!と鋭い音を立てながら屋根の上を一周する。

 ――とても鋭くて速い! 本来よりも威力は落としているがどんなものも切り裂く『ブレイド』だ。


 『ブレイド』の威力を落としてても、モーテルの皮膚なら十分切断できる。ブレイドを発した後に、細かい水しぶきと共に赤い雨が数滴ほど屋根上から落ちてくる。そのうちの二、三滴はアルムの白いワンピースを濡らし、上を向いていた戦士の顔にも数滴落ちてきて、一滴はエルンストのあんぐりと開けた口の中に入った。


「――う、うわぁ! ぺっ、ぺっ」


 エルンストは唾を吐き、他二人は腕で顔を拭った。おそらく屋根の上では悲惨なことになっているのだろう。青い屋根を血の雨が染めている。その光景を想像したエルンストは体を大きく震わせた。

 一番最後尾のエルフューレはじっと上を向いたままだ。そこには小さくなったウォーターボールが浮いていた。


 アルムは魔法を唱えている間も歩くスピードを変えなかった。それに顔の向きも表情さえも変えなかった。いつの間にか距離が空いてしまった四人は駆け足でアルムの後ろについた。

 アルムは屋根の高さまで浮かせたウォーターボールを呼び戻し、前に出ているウォーターボールと合わせて、球体部分が一二センチほどのウォーターボールにした。 背の後ろに隠しておいたウォーターボールは前に出し、新たに背から水球を一つ出した。


 アルムが進んだ通りの先は、段々と通路が広くなり円形の広場に繋がっていた。なかなか広く村の中央の噴水広場の二分の一程度だ。彼女は円形の広場に一〇歩ほど入って立ち止まった。

 左右は変わらずに老朽化した建物がある。窓が割れ扉が壊れているものや屋根が土砂崩れのように崩壊している物もあった。広場や建物、階段には緑色でイタズラ書きでもされたかのように雑草が生えている。外階段の踊り場、屋根上など至る所にモーテルの姿があった。


「ここは何百年も前の村の中心地です。それを西へ北へと拡大したのが今の状態の村です」


 エルンストがわざわざ小声で説明してくれた。アルムは今言うことでもない、正直いらん情報だなと思った。

 広場の奥には低い音でグールが喉を鳴らしていた。四足でよたよたと左右に歩きながら、こちらを警戒していた。土や砂埃などで全身を覆う白い毛は薄クリーム色に変色し、頭にはトサカのように赤い毛が生えている。顔つきは熊みたいだが、ゴリラのように大きな鼻の穴が特徴的だ。

 鼻の上にはこれ以上ないほどシワが寄せ集められ、歯をむき出しにしてこちらを威嚇していた。グールの近くにモーテルが三匹いて、どこからか持ってきたであろう作物と、小動物の死体が周りに散らばっていた。


「それにしてもおかしい。普段はモーテルとグール、お互いに警戒して一緒にいることはないはず……」


 アルムは小声で言った。


「確かに違和感がありますね。なにかがおかしい……」


 エルンストが続けて小声で言った。


「三人はグールを仕留めることだけを考えて! わたしはモーテルを排除する。エルフューレはわたしの撃ち損じたモーテルをお願いね」


「「はい!」」


 アルムの声掛けに四人は同時に返事をした。エルンストは片手ずつ手のひらの汗をシャツで拭って槍を構え直した。ハーストとノイズの息が段々と荒くなるのをアルムは気づき、少しでも緊張を和らげようと、彼女は軽く顔を向けてわずかながらの笑顔を二人に送った。その笑顔に二人は頷きを見せ、よし!と呟いた。エルフューレは息を整えるために、胸に手をやりマイペースな呼吸を貫いた。 

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