第29話 アルムの魔物退治6
アルムたちの二〇歩ほど前方にモーテルが三匹、その後ろにグールが喉を鳴らしながら警戒していた。円形に広がる広場のあちこちにモーテルが一四匹ほど見えた。外階段の踊り場や屋根に、もしかしたらそれ以外に室内などにも潜んでいる可能性はある。
アルムがウォーターボールの探知で知り得た情報はグール一匹にモーテルが二五匹、それに得体のしれない者が一匹もしくは一人だ。この広場に入る前に彼女はモーテルを九匹倒した。広場にいるモーテルと合わせて二六匹、ほぼ探知魔法で知り得た情報と変わらない数字である。
把握しきれていない何者かは気がかりだが、広場の中央から見回しても姿は見えない。おそらく探知魔法のウォーターボールが破裂した時に、建物の影か何かにとっさに隠れたのだろう。その何者かは建物のどこかにまだ潜んでいるとアルムは睨んだ。
――アルムはゆっくりと静かに歩き出す。丸々二年、エルフの村フェンリルの深い森で寝食をした成果、耳がいいモーテルでも気づけないほどに彼女は音を立てずに歩ける。それはたとえ森の中でなかったとしても、魔物から見て見晴らしのいいこの広場だったとしても、いつ歩き出したのか気づけないほどに静寂だ。
静寂な歩みの中、目立った動作も見せず、右側にあるウォーターボールを青く光らせる。その光をエルンストたち四人が視認した時、すでに目の前の三匹のモーテルの額から赤い液体が噴き出していた。モーテルは一切悲鳴もあげれずに、その場に力なく倒れる――それは『スピア』での攻撃だ。
自覚していないがアルムはスロースターターの気がある。ここにきて更に集中力を増し、五メートルのオオサソリと戦った時よりも、魔法のスピードが早く正確になっている。
「――出番!」
アルムが三人の戦士に向かって端的に言った。一瞬で倒されたモーテルを見て呆気にとられていた三人は、聞こえてはいるがすぐに反応ができないでいた。
「出番だよ!」
反応がない三人に向かって、今度は顔を向けてさっきよりも大きな声で言った。その声に引っ張られるように三人はお互いに顔を見合わせて、それから雄叫びをあげてグールに向かった。アルムを通り過ぎモーテルの死体を超えて、グールの正面にエルンストが、右にノズル、左に背の高いハーストが囲むように陣取った。
グールは牙をむき出しにし、地鳴りのような低い声で唸った。三人はグールの牙と爪が届かない距離を保ちつつ機を伺った。
「三対一だ、焦ることはない!」
エルンストが二人に、そして自分に言い聞かせた。グールは唸りながら右へ左へとゆっくりと動いた。それに合わせて三人は距離を保ちつつ囲い続けた。グールと三人の戦士の周辺が緊張感で包まれる。
三人の動きを見たアルムは、余計な緊張感があるなと思った。決して緊張があることが悪いというわけでは無い。程よい緊張は集中力を生み出すことがある。ただ緊張し過ぎは、生死のかかった場面で命にかかわるミスを引き起こしかねない。
「三人を信じないと……」
アルムは呟いた。
「エルフューレ、わたしの近くに」
返事とともにエルフューレは彼女の背に近づいた。驚くことに彼は、三人の戦士とは対象的にモーテルの数に圧倒されることもなく冷静な様子だ。
「撃ち損じを狙うだけだ。撃ち損じを……」
エルフューレは小声でそう呟いていた。それを聞いてアルムは微笑んだ。
建物の屋根の上や外階段にいるモーテルが騒ぎ立て始めた。どうやら広場にいた仲間を一瞬で仕留めたことにより、警戒心を強めてしまったようだ。
アルムは三個のウォーターボールを、自身とエルヒューレの周りを囲むように置いた。彼はいつどのタイミングでモーテルが襲ってくるか、周囲を確認するように首を左右に振り、両手を胸の前で構えた。後ろからはアルムのプレッシャーを感じ、背からは汗がにじみ出ていた。
モーテルはギギィー!とただ騒ぎ立てて警戒しているだけで、一向に攻めてくる気配がない。硬直状態が続き、冷静だったはずのエルフューレも段々と緊張を帯びてきて、アルムの耳まで振動として伝わって来るほどに息が荒くなった。アルムは彼の顔を横目でちらっと見た。エルフューレの白い肌がさらに青白くなり、海の干潮のように汗が引いていっているのが分かった。彼女はそっとやさしく声をかけた。
「エルフューレ、大丈夫だよ」
彼はコクっと無言で頷き、アルムは笑みを送った。彼はその一言で不思議といくらか緊張が取れ、冷静さを取り戻した。そして北の戦闘時にゼニスから教わった言葉を思い出し口にしてみた。
「一、情熱を持って冷静に対処する。二、面で捉えて点の集中を。三、必ず確認は怠るな……」
エルフューレはゼニスから頂いた言葉を一つ一つ呪文のように自分に言い聞かせ続けた。アルムは一向に警戒するだけで襲ってこないモーテルのおよその位置を目視で確認すると、新たに背から四つ目のウォーターボールを出した。
四つ目が出たことに驚き、エルフューレは顔を向けた。ちょうど振り向いた顔の位置に水球があり、輪っかも球体部分も回転しているのが分かる。日光の反射で表面が光るその水球の中心部は、鈍く青黒く光っているのが見えた。間近でないと見えないその部分がおそらく純粋な魔力の核だろうと彼は思った。
アルムが動きを見せる。エルフューレが目にしていた水球を上空へと飛ばす。彼は目の前の動きにびくっとし、その軌跡の行方を追う。ぐんぐんと真上に進む水球は屋根よりもさらに上まで行き、上空で静止させる。彼は視線を水球からアルムに落とし、また水球へと移す。分かってはいたが、やはり彼女に動作らしい動作は感じられない。
――水球が青く光りだし収縮する。それは魔法を放つ合図のようなものだ。収縮された水球がパァン!と勢いよく破裂し、上空からは広場よりもさらに大きな円状に小雨のように満遍なく水しぶきを降らせる。急な破裂音と雨に驚き、半数のモーテルは上を見上げ、もう半数はマイペースに騒ぎ立てている。
すかさずアルムは二人を囲っている三つのウォーターボールを青く光らせる。光り方がとても強い、強力な魔法を放つ気だ。彼女は目を閉じ、腰まである青い髪は重さを失ったかのようにふわっと浮き、そして重さを持った低い声でそっと唱える――
『スピア』
青く光らせた三つのウォーターボールから、無数の水の槍が四方八方に発射される。無数の青い槍がクモの巣にかかった獲物を捕食するが如く、いとも簡単に屋根上にいるモーテルを串刺しにし、階段の踊り場に隠れたモーテルを石の壁ごと貫き、ジャンプで逃げようと試みたモーテルを無惨な目に合わせる。
上空のウォーターボールからの雨がやんだと同時にスピアの大嵐がやみ、広場中に赤い水の噴水が設置されたかのように、辺り一帯を赤く染めた。
ウォーターボールは二つ消滅し一つは球体部分が五センチにも満たない大きさになっていた。アルムはその一つを、新たに出した五センチ程のウォーターボールと合わせ、八センチ程のウォーターボールにして、そっと傍に置いた。
エルフューレはアルムの魔法の威力と制度の高さに驚くばかりだ。彼はモーテルから目を離してしまった瞬間はあれど、構えは崩さずを貫いていた。小動物のようにせわしなく首を左右に振り「確認は怠るな……確認は怠るな……」と呟きながら、全方向を生き残りのモーテルがいないか確認した。
屋根の上を見て階段の踊り場を見て広場を見た。動く気配のモーテルは見当たらなかった。三人の戦士とグールはまだ交戦中、そしてアルムは額から一粒の汗を流し三人の戦士の様子を伺っていた。誰かに悟られないように、わずかながら肩で息をしているのが分かった。彼はそれを見て、自分たちはアルムの負担になりすぎていると改めて思った。
アルムの右耳がぴくんと動く。エルフューレはそれを捉えた。生き残ったモーテルがいる!彼女の耳の動きで瞬時に察した。
すぐさま首を左右に振り、辺り一帯を見る。外階段の瓦礫の影に何かいるのに気づく。それに気づくと同時に、いやむしろ発見する前にエルフューレはすでに呪文を唱え始めていた。これ以上アルムに負担はかけまいと、先手を取ることに必死だ。
『天より授かりし知のもとに、火を扱うことを許し給え』
エルフューレは詠唱と共に右手を前に出し、瓦礫に隠れたモーテルの方に向ける。手の平が光り、マッチの火から紙に燃え移ったかのように一気に火を大きくする。手の平いっぱいに丸い火の玉が宿る。
モーテルが飛び出して来るのをじっと待つ。アルムは何も言わずに無表情のまま彼を見守る。その視線は信頼して任されているようにも見えるし、ただ試されているだけのようにも見える。
――モーテルが動きを見せる。階段の瓦礫を飛び越え、広場に落ちた瓦礫に身を隠すように徐々に迫ってくる。一個目、二個目と跳ねるボールのように、瓦礫に身を隠しながらだんだんと距離を縮める。
エルフューレは火の玉をほんの数ミリ圧縮し、後はタイミングよく飛ばすだけにする。次にモーテルが身を現した時が狙い目だ――来る、今だ!
『ファイヤーボール』
エルフューレの右手から火の玉が解き放たれる。モーテルを目掛けてどこまでも真っ直ぐ向かっていく。モーテルは
それを見たアルムが、ほんの少しウォーターボールを前に出す。彼女の行動を目の端で見たエルフューレは歯を食いしばりながら、口角を釣り糸で引っ張られるようにあげる。
エルフューレの右手がまた光りだす――驚くことに詠唱もなくだ。
モーテルが低い姿勢から、四足でこちらへと迫る。彼の手のひらにもう一度火の玉ができ、今度は外すまいとよく引き付けて、ぐっと堪えて、そして撃つ!――今度はモーテルに直撃だ。モーテルの体は燃えだし、苦しそうに雄叫びを上げながら広場でのた打ち回る。
それを見たアルムはウォーターボールから最小限の魔力で、糸のように細い『スピア』を放つ。モーテルの頭に針治療のように刺さり、
「筋はいい。けど、火力はまだまだだね」
アルムは優しく微笑みながら言った。良くやったという顔つきだ。
「二発目はどうしても火力が下がるんです。一発目が当たればもう少しマシだったと思います」
「ふふ……ヒト族でロッドもなく、詠唱一回で二発撃てるのは始めて見たよ! いい訓練してると思うよ」
エルフューレは目を見開き、白い頬を赤く染めて俯きながら照れた。二人が会話している、そんな中――
――ダァァン! と大きな音を二人は耳にした。
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