第18話 魔物襲来2

 アルムが目にした魔物はモーテルではなく、オオサソリだった。ゼニスの目の前に二匹、そして数メートル離れた所にも二匹と広場には計四匹いた。体長は二メートルあり外骨格が硬く、とてもしぶとい生物だ。尾には致死量に達するほどの毒が仕込まれている。     


 ゼニスは建物を背にして微動だにせず斧を構える。四匹のオオサソリに目を配らせ位置を逐一ちくいち把握する。彼が慎重なのは、いくら生命力の強いドワーフ族といえど、猛毒の針を一発でも貰えば死ぬ恐れがあるからだ。それに村人三人とゼニスの間にオオサソリが割って入る形のため、下手に動くと村人に注意が向いてしまう可能性がある。村人の中の一人は今にも腰を抜かしそうで、若い男女に肩を貸してもらっている状態だ。


 アルムは交戦しているゼニスたち、それにそこから離れた所にいるオオサソリ二匹とも、一定の距離を保っていた。彼女はウォーターボール三つのうち、元の大きさの半分まで小さくなってしまった二つを合わせて一つの水球にした。それによって球体部分は一〇センチ、輪っかを含めると二二センチほどの大きさになる。彼女が戦闘の際に良く使うサイズだ。それを二つ、そして新たに胸の辺りから同じ大きさのものを出して三つにした。


 アルムオリジナルの『ウォーターボール』は魔法を放つ際の母体になっている。その母体から繰り出される魔法はいくつか種類があり、放つ魔法の魔力消費の分だけ母体のウォーターボールが小さくなる仕組みだ。

 ウォーターボールはサイズが大きいほど含んだ魔力量が多く、そこから放たれる魔法の弾数や威力は増す。しかし大きくなればなるほど、ウォーターボール自体の重さが増え、俊敏しゅんびんさが損なわれる。

 アルムはウォーターボール自体を自由自在に動かし、遠隔操作でどんな角度からでも魔法が撃てることを利点としている。そのため母体であるウォーターボールがただ大きければ良いというものでもない。水球の大きさが一〇から一五センチが十分な魔力量と俊敏さをそなえた彼女が思うベストの大きさだ。


 オオサソリとにらめっこで膠着こうちゃく状態が続いたが、ついにゼニスが動きをみせた。

 右脚を一歩前に出しオオサソリを誘い込む。彼から一番近いオオサソリが反射的に動き、はさみを振るう。彼はもう一匹のオオサソリに目を配らせながらも、半身のまま左、右へと脚を運ばせそれをかわす――見事なステップだ。オオサソリはゼニスの間合いへと自然と誘い込まれてしまい、大斧で毒針のある尻尾をぶった斬られる。そして二刀目で体から頭を切り離された。


「――さぁ、こっちへ!」


 ゼニスはオオサソリから逃げ遅れた村人たちに離れるようにと声をかける。頭を切り離されたオオサソリだが、まだ足をバタつかせている。もう一匹のオオサソリは頭のない仲間を踏みつけながらも迫ってくる。だが、仲間の身体が障害物となりモタモタとしてしまう――そこをゼニスは見逃さない! オオサソリの側面に回り込んで、尻尾、頭と手際よくぶった切る。そして最後にダメ押しで二匹の胴体に一発ずつ斧を振い、完全に止めをさした。


 止めをさしたゼニスは、すぐに奥にいた二匹のオオサソリに視線を向けた。彼は驚いた。そこに見えるは無惨にも細切れになってしまったオオサソリの残骸だったからだ。

 距離が離れた所にアルムがいた。ウォーターボールは二つ消費し、残り一つになっている。どうやら強めの魔法を放ったようだ。ゼニスは腰に手をやり、彼女に向かって笑顔を送った。彼女は「これぐらい余裕よ」と言った表情を見せた。


「ん? おかしい……」


 ゼニスは広場の異変に気づいた。広場を眺めると今朝とは様子がだいぶ違っていた。中央に位置する噴水が見事に破壊され、瓦礫が散っていた。これだけのことを今倒したオオサソリやモーテルでは到底できない。噴水を破壊するほどの力がある魔物が他にどこかに潜んでいる。

 アルムもゼニスと同時に異変に気付き、周りを警戒しながら彼の元へと駆け寄った。


「他に魔物は?」


 ゼニスが生き延びた三人の村人に聞いた。


「……オ、オオサソリが……もっ……もっと、もっと化け物みたいな奴、バカでかい奴だ!」


「なに!? どういうことだ?」


 ゼニスは驚いた。オオサソリは大きくてもさっき倒した体長ニメートルが限度だ。ほとんどのオオサソリはニメートルにも満たない。


「そ、そ、それが……と、ともかくバカでかいんだよ!!」


 村人たちは激しく震えていた。アルムとゼニスは殺気を感じて、同時に噴水広場の北の方角に顔を向けた。


「――来るよ!」


 アルムはそう言うと、二個の水球を両肩口から新たに出して、計三個のウォーターボールにした。

 ちょうど道幅ほどの大きさの何かが北側から来る。アルムたちの位置からはまだ黒い物体にしか見えない。ゼニスは近くにあった酒樽に登り、家の窓枠に足をかけ、ベランダを経由して二階建ての屋根に器用に登った。そして手を日よけにして、北の方角を眺めた。


「おぃ、でかいぞ!? 五メートルはある。オオサソリだ」


 それを聞いたアルムは、すぐさま一つのウォーターボールを破壊された噴水の真上一〇メートルほどの高さに置いた。タイミングを見計らって彼女は頭上から魔法を食わせる気だ。

 彼女の額には汗がにじみ出た。すでに広場に来るまでにモーテルを一〇匹ほど倒している。流石に疲れが見てとれた。


「アルムは下がってろ! 魔力は温存しとけ。一匹とは限らないからな」


 ゼニスは笑みを浮かべた。アルムは彼の顔を伺った。相手はあまりにも大きすぎる。斧一本で太刀打ちできるとは到底思えない。何か秘策でもあるのだろうか?彼女はそう思いながらも、とりあえず三歩下がった。


『地に住みし小人たちよ…… 愚かな我らに父なる大地の怒りを与えんことを……』


「なに!? 詠唱――」


 アルムは驚いた。ゼニスがまさかの詠唱だ。詠唱の文句から察するに土系魔法を使うようだ。彼女は嫌な予感がした、土系は範囲が広い魔法が多いからだ。


「余計な破壊を起こさなければいいが……」


 アルムは村のことを心配した。彼は左手を天に掲げて、右手には斧を握りしめている。後はタイミングを計るだけだ――

 オオサソリがスピードを上げて向かって来る。


「来る!」


 アルムは構える。そして横目でゼニスを伺う。噴水広場にオオサソリが侵入する。破壊された噴水の脇を通り、いよいよこちらへと迫ってくる。

 ゼニスは唱えながら、左手を振り下ろす――


『アース クエイク』


 下ろした左手の平が光ると同時に地響きが鳴り始める。


「まさか! これじゃ、村がたないよ」


 アルムが思ったとおりだ。とても範囲が広い魔法だ。彼女は右手側にいる村人たちの様子を見る。村人たちはゼニスが登った家の影で戦いの様子を伺っていた。


「低い姿勢でどこかに捕まって! とても大きな衝撃が来るよ」


 アルムは村人に向かって怒鳴どなった。


 ――ゴゴゴゴッ……ドッガァーーーン!!――


 大きな音とともに衝撃が走る。噴水もろともオオサソリを地面に叩きつける衝撃を与えるほどだ。地面までもヒビが入り陥没かんぼつする。

 オオサソリのつややかな黒い外骨格にひびが入る。村人たちは声もなくその衝撃に驚く。その中の一人はたまらず尻もちをつく。


 振動が収まってくると、アルムは遠目からオオサソリの状態を確認した。動かない、どうやら気を失っているようだ。ここで、とどめを!と彼女が思った、その時だ。屋根の上にいたゼニスが先に動いていた。躊躇ちゅうちょなくオオサソリに向かって飛び込む。

 しかし、アルムは黒い物がまだ動いていることに気づく。オオサソリは微かに足を動かしている。まずい――


「――ゼニス!!」


 オオサソリはまだ意識があった。飛び込んだゼニスに向かってオオサソリの尻尾が襲う。強烈な毒針の突きが、宙にいる彼をめがけて!

 咄嗟とっさにゼニスは斧の刃の部分で毒針を受け、針のひと突きを防ぐ。ただ、魔力で身体能力が強化されていたオオサソリの突きは甘くなかった。激しい衝撃が彼に伝わり、体ごとすっ飛ばされる。


 ゼニスはさっきよじ登った建物の二階の壁に激突する――ドガシャン! 音とともに二階の壁は崩れ、アルムと村人三人の頭の上にも瓦礫が落ちてきた。

 とっさに彼女は宙に浮いたウォーターボールから、三発の水の球を出し、降ってくる瓦礫を細かく砕いた。細かい瓦礫が雪のようにアルムたちの周りに降る。


「ゼニスは大丈夫か? 打ち所によっては……」


 アルムはゼニスを心配していたいが、今はそれどころではない。目の前のオオサソリが彼女に向かって臨戦態勢になっていたからだ。 

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