第17話 魔物襲来1
「魔物かな?」
「たぶんな……」
二人は一言話して懸命に走った。村までは走って五分、それまでに村人たちが下手に魔物に立ち向かっていないことを願った。アルムとゼニスは二人で向かえば難なく退治できると確信していた。だからこそ村人たちは純粋に逃げていてほしい。
――ギッギギィ
鳴き声だ、村から魔物が一匹こちらに向かってくる。足音か匂いで二人の存在に感づいたのだろう。耳がうさぎほど長くキツネ顔している魔物、それはモーテルだ。
四足歩行だが時には二足歩行もする、それに手先も器用だ。目の前のモーテルは茶色い毛をしているが住んでいる場所によっては白色にも緑色にもなる。
モーテルの奇妙なほど赤い瞳がこちらを
「普段は死肉を
「気を抜くなよ、モーテルの顔つきが違うぞ!」
ゼニスは腰から斧を抜く。柄は右手に持ち、左手で斧の重さを支える。彼の斧は柄が六〇センチほどで刃渡りが四五センチある片刃、刃幅は一〇センチとドワーフ族の斧にしては刃幅が狭い。耐久性と軽量化を考えてのこの刃幅、ゼニスオリジナルの大斧だ。
彼の三歩ほど後ろをアルムが走る。さっき彼に見せていたウォーターボールもそのまま真横に連れている。
最初に仕掛けたのはアルムだ。詠唱はなく目立った動作もなく、宙に浮かしたウォーターボールが青く光りだす。力を
鋭い音とともに二発の水球はモーテルの両前足にあたり、関節はありえない方向へと曲がる。とても水の球とは思えないほどのハンマーで叩いたような、そんな音が辺りに鳴り響く。モーテルは悲鳴を上げながら前足から崩れ落ち、折れた足では上手く立てないでいる。
ゼニスはすかさずモーテルの前へ、そして左から右へと、狙った軌道に一ミリも狂いなく水平に斧を振るう――
重い何かが、アルムの横を鈍い音を立てながら通り過ぎた。いったい何が通り過ぎたのか初めは分からなかったが、彼女はすぐにそれを把握できた。モーテルの首だ。
彼女は横目で凄まじく綺麗な断面を見て
「アルム、ぬるいぞ! こいつは普通のモーテルじゃない。モーテルの顔つきが、いやに狂気じみてる。これは食うか食われるかだ。もっと殺す気でやれ!」
ゼニスは走りながらすごい剣幕で
「悪かった、気をつける!」
アルムはすべてを納得したわけではない。無用な殺生はしたくない、魔物を追い払うか動けなくすればそれでいいと思った。
しかし、彼の言うことも分からなくもない。彼女の知る野生のモーテルはわりと人懐っこい魔物だし、もっと臆病だ。今見たモーテルはどう見ても狂気じみている。何かしらの異変が起きているのは確かだ。
ゼニスはきっと経験則から言っている。狂気じみた魔物は下手に生かすと何をしでかすか分からない。四肢がもげてでも喰らいつくことがある。すぐにでも息の根を止めるのが正解。――おそらく彼はそういうことを言っているのだ。アルムは一生懸命自分をそう納得させた。
二人は村の入り口にたどり着いた。現状は思ったよりも悪かった。村人が数名路上に横たわっていた。何人かは息がありそうだが、中にはピクリとも動かない者もいた。
手当てはしてあげたいが、それよりも被害が拡大しないように魔物の撃退が先決だ。手当をしている間に村人の被害が拡大したら元も子もなくなってしまう。二人は急いで噴水のある中心地へと走った。途中で二階の窓から村人が覗いているのを視認すると、すかさずアルムは走りながら叫んだ。
「西の入口にケガ人が数名いる、何人かで手当に行かせて! 今の所はそこに魔物はいないよ」
村人は小さく頷いた。あの村人は半々だろう。怖くて動けないか、勇気を振り絞って助けを呼びに行くか。アルムはそう思った。
「おい、来るぞ!」
ゼニスは立ち止まる。彼女もそれに習って立ち止まる。屋根に二匹、家の物陰に三匹、二手に分かれてモーテルがいる。
アルムは動作もなく、一〇センチほどの球体に平たい輪のついた直径二二センチのウォーター ボールをもう二つ出す。幼少期から使い熟達された『ウォーターボール』は体のどこからでも出せる。
「すばらしい……」
彼女の動作のない動作を見て、また
屋根の上の二匹のモーテルが仕掛ける。左右の屋根の上を四足で走り、飛んで襲ってくる。跳躍力のあるモーテルは最大で五メートルは飛べる。二匹に対してアルムが反応を見せる。宙に浮いた二つのウォーターボールを青く光らせ、まるで光魔法のレーザービームのように鋭く、細い線状の水魔法を繰り出す――
それは左右から飛んでくるモーテルの眉間に当たり、あまりにも鋭いため貫通して後頭部から抜けでる。今度は容赦はない。貫通した頭部からは大量の血が飛び散り、地面に赤いペンキを撒き散らすようにして地に落ちた。
屋根上から襲ってきた二匹とタイミングを合わせて、地上から襲ってくる三匹のモーテルはすでにゼニスが始末していた。どれも一振りで頭部を切り裂いた跡がある。彼は斧についた血を振い落しながらアルムの方を見て、それでいい!と言わんばかりの笑顔を見せた。
――ドガァーン 中心地から大きな音だ。それは建物が崩れるような音。
どうやら村人たちがモーテルよりも大きい魔物と交戦しているようだ。二人は噴水の広場へと急いで向かった。
途中でモーテルと交戦中の村人たちに三度会い、アルムはその
***
遅れてアルムが噴水の広場に着いた時には、ゼニスは三人の村人を庇いながら魔物と交戦していた。彼女はその情景を見て思った。
「これはやっかいだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます