第16話 アルムのウォーターボール2

 アルムは人生の大半を一人で生きてきた。今まで人に何かを説明することも無ければ教えることもしなかった。どういった順序で話せば相手に伝わりやすいのか、全くと言っていいほど分からない。彼女は視線をあげ、しばし考えてから話し始めた。


「う〜んと、そうだな……。幼少期に初めて覚えたのはウォーターボールだった。今となっては笑える話だけど、その時は遊び相手がいなくて……わたしは村にけ者にされてたからね。それで独りぼっちのわたしは、浮かせたウォーターボールと一緒に遊ぶことを思いついた……」


 アルムは白い肌に赤みを帯び、耳まで赤くした。なぜかあまりにも個人的なことから話し始めたことに、恥ずかしさを覚えたからだ。

 ゼニスの顔を伺ってみた。彼は真剣に、そして妙に優しい顔をしていた。特に話を折る気はないし、どんな話しぶりでも聞くよ、という顔だ。その表情を見ると不思議と安心ささえ感じる。彼女は一度咳払いをしてから話しを続けた。


「……コホン。そ、そう……わたしのウォーターボールは始めは何度やっても一秒もたずに地面に落ちるだけだった。どうしてもウォーターボールと遊びたかったわたしは、どうやったら何時間も宙に浮かせられるか、何度も何度も考えてチャレンジしてみた……。

 繰り返し行っているうちにだんだんと分かってきた。初めは回転を加えることで数秒保てることに気づく――だけど維持できるのは数秒が限度。通常は唱えたらすぐに発射する魔法だから数秒で十分だけど、わたしは違う。あくまでも友達を作りたかったからね……」


 ゼニスは黙って、うんと相槌あいずちを打った。


「わたしは何度も試してるうちに、回転が定まってないことに気づいた。回転をかけ続けると、だんだんと外に膨らんで弾けてしまったり、回転が弱くその場に崩れ落ちてしまったりと……一定にするのがあまりにも難しかった」


 アルムは自分の手元を見ながら当時のことを昨日の事のように頭に思い描く。そして彼に視線を向けて話し続けた。


「さっきあなたは言ってたね? 水魔法は流体的に動かし続けないと維持できないって、まさにその通り。でもそのってことがあまりにも難しい。水は入れ物がないと自然と流れてしまうからね。

 自然と流れないように意図的に球状にして一定を保って流れるようにする。それをするために、まず思いついたのが容器の中で流せばいいんだって、そう思った。つまり、ウォーターボールの周りに薄い魔力の膜を貼って――まぁ、例えるならカエルの卵みたいなぷにぷにした感じの。それで弾けもしないし崩れもしないはず、浮かし続けることができる!」


 彼女は純粋な微笑ほほえみを浮かべながら、両手でぷにぷにの卵の膜を表現した。


「確かにな。それなら崩れはしないな……」


 ゼニスは合いの手を入れた。それが答えでないことは分かりきっていた。


「ぷにぷにの膜は崩れはしなかったわ。けど、あまりにも重くて浮かし続けることはできなかった。それに、いざ飛ばそうとするとスピードが落ちるし距離は出ない。けっきょくは重さですぐに地面に落ちて割れるだけ……」


 彼女は残念そうな表情を浮かべた。当時の自分になりきっている様子だ。一つ小さなため息をついてから続きを話した。


「魔力に膜を作るという付加価値を与えたから重くなる、そう思い重さを与えないような方法を次は考えた。そしてを中心核として置き、周りに水魔法を回転しながらわせる、それをわたしは思いついた。純粋な魔力でなら、質量を上げても重さはほとんど変わらないはずだからね」


 アルムは左手の拳で中心核を模して、右手で這わせた水を表現した。ゼニスは前かがみになり、真剣な顔つきで聞き入った。


「何度かは苦戦を強いられたけど、理想通りのウォーターボールがついに完成! 純粋な魔力の核に内側に引っ張られる形でウォーターボールの維持はできたし、わたしが思ったとおり、核は重さがなく、飛ばすことにもスピードを上げることにも支障は全くなかった。

 それに核とウォーターボールの出力のバランスさえ間違えなければ、どんなに大きくしてもどんなに動かしてみても、安定して宙に浮かせられることも容易たやすくできた」


「それが、アルムオリジナルのウォーターボールってわけか」


「そうよ」


 彼女は腰に手をやり、自慢気の表情を見せた。


「……どうかな? 長々としゃべっちゃったけど、説明になってた?」


 アルムは長く説明していたことに恥ずかしさを覚え、ほほをほんのりと赤く染めた。そして、ウォーターボールをゼニスの周りにぐるりと走らせてみせた。


「ガッハハハハッ、すばらしい! 鋭い視点だ。魔法は性質を付加させて行うのが一般的。例えばそうだな、水魔法なら魔力を水の性質に変えるか、もしくは大気中の水分と魔力を合わせて行うかのどちらかだ。

 それに比べて純粋な魔力は性質を持たせない。だから攻撃性はないし防御性もないし、重さだってない。熟練の魔法使いでも純粋な魔力を扱ったことがない奴がほとんどだ。初期の魔法訓練でもウォーターボールやフレイムなど性質を付加させた魔法から通常は始める、つまりだ、純粋な魔力の存在すら知らない者が大半だ」


 彼はニヤリとしてから、続けて言った。


「そもそも、純粋な魔力は難しいはずだぜ。ウォーターボールを維持させるためにアルムは使ったが、純粋な魔力自体を維持させることの方が難しいのでは?」


御名答ごめいとう、そのとおりよ。純粋な魔力はすぐに消滅する、核を作るまでに相当な手間があったわ。だけど一回覚えてしまえば、そんなに難しくはないよ。

 意外と簡単! 純粋な魔力が消滅したそばから、続けて純粋な魔力を送る。それを何度も何度も続けていくと一部は消滅しながらもだんだんと大きくなってきて、そのうち核ができるようになる。一回で作ろうとせずに、細かく連続的に魔力を送るのがコツね。そして、一回核ができてしまえば簡単には消滅しなくなる」


 彼女は自慢げな表情をまた見せた。


「ガッハハハハッ、すばらしい! 核ができると内側に引っ張られる力が生まれ、ウォーターボールの維持ができる。……もしかしたら、おれの絵空事かもしれんがアルムの話を聞いてて思ったんだ。この大地と海もそういう理屈が働いてるのかもしれん、とな!」


 彼は立ち上がり、目を大きく見開いてジェスチャーとともに表現した。アルムはゼニスのテンションとは反対に冷静な顔をして眉を曲げて聞いた。


「つまり、この地の底にバカでかい純粋な魔力がある。そして、その魔力によって海が中心に引っ張られてるってこと?」


「どうだかな? 魔力が底にあるかは分からないが、何かしら引っ張る力のある核が地の底にあるのだろう」


 ゼニスは楽しそうだった。どうやら彼は人一倍の好奇心と探究心を持ち合わせているようだ。


「それにしても意外ね。失礼なことを言うようだけど、正直あなたは頭の悪い男だと思ってたよ。魔法の知識といい、ゼニスは博識なんだね」


「ふん、そうでもないさ。別にドワーフ族だって魔法は使うし知識が多少あっても当然だ」


「それも意外だ。ドワーフ族って肉体一つで立ち向う武闘派だと思ってたよ」


「ガッハハハハッ、ある意味では正解だ。体の頑丈さが取り柄だからな。だが、基本戦術は斧をメインに使うが、補助的に魔法だって――」


 ゼニスは言いきらずに急に村の方角を向いた。彼は鼻が利く。匂いで何か異変を感じたようだ。続いてアルムが長い耳をピクンとさせた。音で村の方に異変を感じる。二人は村の方角から土煙が立っているのを目視する。


「――アルム、行くぞ」


 すごい剣幕でゼニスは走った。アルムもそれに続いた。

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