第14話 夢
「何を探しているの?」
「何も探してない……」
――その夜、夢を見た。
アルムは夢の中で目が覚める。
知らぬ間にテーブルがある椅子に座っていて、たった今起きたような感覚だ。体はまるで鉄でできているような重みがある。テーブルの上に乱雑に雑木林のように本が積み上がっている。見た感じフェンリル村の裏の図書館内にいるようだ。
だけど何かが違って見える。格好も変だ。今まで着たことがない、ダークブルーの丈の長いワンピースを着ている。中は下着も何もつけていない。普段から身につけている紫色の石が埋め込まれたブレスレットだけは、変わらずに右手につけている。
アルムは鉄のように重い体を少し動かしてみる。なんとか立ち上がれそうだ。ここがどこか確認するためにも、重い体を起こして歩き見る。
壁にランプがあり、火は灯されている。灯されてはいるが、それにしてもやけに暗く感じる。本棚に入りきらないのだろうか。本が乱雑に床の上に積み上げられている。本棚を見ると分野ごとに整理整頓はされてなく、本たちは自由気ままに本棚で過ごしている。本棚、床、壁、ランプの数など大体は裏の図書館と一緒の物のように見える。
しかし似てはいるが、ここは彼女の知る裏の図書館ではない。
「何を探しているの?――」
どこからか声が聞こえる。女性の声だ。聞き覚えはない。
「何も探してないよ……」
アルムはそう言って、重い体を支えるように本棚に手を置きながら部屋の奥まで行ってみる。突きあたりの壁にも本棚があり、そこを左手に曲がると階段があるはずだ。
「おかしい……」
彼女は声に出して言う。いくら進んでも突き当りにある本棚にたどり着けない。だんだんと息が苦しくなる。汗も出始める。
「何を探しているの?――」
今度は男性の声だ。聞き覚えはない。
「何も探してない……」
アルムは言った。
「探してはだめだよ」
「何を?」
「分からない――」
部屋の奥は続いている。左右に本棚が延々と呼べるほどに並んでいる。彼女は鉄のように重い体を一歩一歩前へと進める。ダークブルーのワンピースは汗で濡れて重さまで感じる。
「おかしい……重い……わたしは何を探してる……」
更に体は重くなり、今にも床に倒れそうだ。床にシミを作るほどの汗が出る……。
そして力尽きて床に倒れる――アルムは目も開けられなくなり、そのままうつ伏せの状態で気を失う――
***
朝、目覚めたら強い日差しを肌に感じた。
「まぶしい……」
アルムはゆっくりと起き上がり、ベッドから出た。シーツはびしょ濡れだった。洗面で顔を洗い、晴れの日の雲のようにふっくらとしたタオルで顔を拭いた。そのまま柔らかなタオルで胸元を拭き、お腹と背中、そして脚を拭き、あらわな体を真新しいダークブルーの服で包んだ。
「ふぅ……」
不思議な夢を見た。アルムは夢の細部を思い出してみようとした。しかし起きた直後より半分以上はもう忘れ去られてしまっていた。あの夢により自分の中の何かを掻き乱されてしまった。そんな感覚を覚えた。
彼女は裸足のまま一階へと降りた。
「おや? ずいぶんと遅い朝だね。朝食を作ろうか?」
初老の店主がカウンターで食材の仕込みをしながら言った。
「ありがとう。でも、いつも朝食は食べないの。それよりも、できたら洗剤を貸してもらえるかな? 服を洗いたくてね、お金は払うから」
「ああ、それなら三階に行くといい。家内がいるからそこで頼んでみな。裏手の物干し竿も使っていいからね」
店主は裏口を親指で指しながら言った。
「ありがとう」
アルムはお礼を言って、階段を登った。
「ああ、そうだ! お金はいらないよー」
店主が一階から叫んだ。
「ありがとー」
彼女は階段を登りながら答えた。三階に上がるとすぐにドアがあり、二回ノックした。奥さんはドアの近くにいたのか、間を空けずに出てきた。アルムは軽く挨拶をして、長旅で洗い物が溜まっていることを告げた。
奥さんは快く受け、洗剤と洗濯板を貸してくれた。一階の裏手にある井戸の水を使っていいとも言った。アルムはそこまでグレーのローブ一着とクリーム色のワンピース一着、ダークブルーの水着のような服を五着持って行った。およそ半分の服を洗う予定だ。
裏手はかなり広く、お店と同じぐらいの面積があった。右手に井戸があり、そのそばに排水を流す水路があり、大きめの物干し竿が何本もあった。酒場で使ったであろうダスターと店主の家族の服が緩やかな風の中、干してあった。
「――げっ!」
彼女は物干し竿に店主の家族とは別の衣服が一式あるのに気づいた。黄色のシャツに黒いズボン、赤い腰巻き、そしてブーツに下着までも干してある。間違いなくあのドワーフの持ち物だ! 彼女はそれ以上見ないようにしたが、ついつい考えてしまう。
「待てよ、あの男! あんな小さなリュックで代えの服なんて入ってないだろうに。どう見てもここに昨日の服一式干してあるぞ。もしかして、あいつ裸で……ウェッ!!」
アルムはその姿を想像してしまった。大きく一呼吸して気を取り直してから、彼女は邪念を追い払うかのように夢中になって洗濯をし始めた。一通り洗い終わると服を干した。
仕方なくだ、とてもすごく仕方なく……ゼニスの洗濯物の隣しか空いていなかったので、本当に仕方なくそこに彼女は服を干した。その後に、少し迷ったが一つしかないブーツも洗って干した。
洗濯をし終えると部屋に戻り、アルムはもう一着の前開きのクリーム色のワンピースを着て、裸足のまま外へ出た。勢いでブーツを洗ってしまったし、代えの靴などもない。山道を歩くわけでもないし、まあ気にすることもないだろうと彼女は思った。
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