第13話 不潔で強欲で妙に馴れ馴れしい男3
「……アルム」
「アルム?」
「そう、わたしの名前……」
彼女は驚きのあまりゼニスに
「アルムか、よろしくな。ここまでモーションがなく魔法を打てるヤツは初めて見たぜ、驚きだ。ガッハハハハ」
そう言いながらゼニスはナイフを収め、右手を差し出した。
「悪かったね、ゼニス。酒場で
そう言うと、アルムはデュワーズを一口飲んだ。彼の握手には答えない。
「こっちこそ悪かったな。つい調子にのってベラベラと話してしまった。酒場での過ごし方は人それぞれだ。なぁ、もう今日はこれ以上は話しかけねえからさ、一つだけ質問してもいいか?」
ゼニスはジェスチャーを交えながら優しく聞いた。
「……いいよ」
彼女は少しばかり広角を上げる。
「リズルガルトって知ってるか?」
「ええ、知ってるわ」
「まぁ、それはそうだわな。ここに来る連中はほとんどがそこ目的だ。しばらくはこの村にいるのかい?」
「…………」
アルムは特に答えない。かわりに言いたいことを早く言えといった視線を送る。
「もし、リズルガルトに行くことがあれば声をかけてくれ。魔法が達者なおまえさんやおれでも一人で行くのは難しい。道は険しいし、どんな魔物がいるのかも分からねぇ。それにどんな街かもさっぱりだ」
彼は大げさに手の平を上に向けて、お手上げだ、というジェスチャーをした。
「おれは昨日からいるが、村の連中に聞いてもリズルガルドの情報は何も出てこないんだ。一人で行くにはあぶなすぎる。なぁ、腕っぷしのいいおれと組むのはいいことだと思うぜ。最悪リズルガルトについたら、別行動すりゃいい。まずは無事に着けるかが肝心だ」
「なるほど、考えとくよ。地図にも乗らない、そしてあんたが言うようにここの人たちから情報が得られない、もしそうだとしたら一人で行くには無謀なのは確かだね。ただ、リズルガルトに行くのか、大陸の中心地に行くのか、まだわたしは決めかねてる。返事はノーに近いとだけは言っとくよ」
彼女は淡々と答えた。
「ガッハハハ、今の所はその答えでいいぜ。ただこの南大陸の中心地に行くのはやめといた方がいいぜ。たいして面白くねえからな。まあ、リズルガルトに行く時は声をかけてくれ。この村にしばらくいるし、上に泊まってる。アルム、今度は一杯奢らせてくれよ。じゃあな」
彼はそう言いながら満面の笑顔を見せた。そして立ち上がって盾と緑色のリュックを持ち、半分入ったジョッキを持って酒場の奥へと意気揚々と向かった。アルムは目の端で彼の行動を追いかけた。奥にいる村人たちのテーブルの和に入って飲み直すみたいだ。
来た時と違い店内は盛況で、村人たちが
「こんどぉ?…… 今度って言ったか? あいつ! 今度なんてあるわけがない。不潔で、強欲で、妙に馴れ馴れしいな! まったく!!」
アルムは盛大な独り言を言った。店主はゼニスの食べ残しの料理がカウンター席にまだあるのに気づき、そっとため息を付いてから食べ残しの料理を彼の元へと運んだ。彼女はその行動を眺めた。
おお、忘れてたわ~ガハハハハ! と彼は言っているようだ。ここからだとお店がうるさすぎてよく聞こえないが、まあそんなことを言っているのだろう。
「おかわりは?」
カウンターに戻って来ながら店主はアルムに聞いた。
「同じのを」
ウィスキーをストレートで頼んだ。グラスが彼女の前に置かれ、店主が話しかけてきた。
「余計なことだとは思うけど、リズルガルトはやめといた方がいい」
店主は真顔で言った。
「危険だから?」
「ああ、もちろんそうだ。ここに来る連中はリズルガルトに夢を
店主は
「でも変なの! 情報がないリズルガルト、だけど方角と距離は分かるんでしょ? それはなんでなの? 街から戻ってきた人がいるってことじゃない」
「ああ、そうだ。方角と距離は分かる。だけど何もわからないんだ……」
「ふ~ん……」
変だな。答えになっていない店主の発言から推測するに、店主は知らないんじゃなく言えないのではないか、とアルムは思った。
グラスに入った琥珀色の液体を見ながら、周りに聞こえるか聞こえないか程度に彼女は
「無理していくところでもないな。大陸の中心地は何も見てないし、見たい気持ちもある。……辺境の街、地図に乗らない、情報が遮断されてる。そこに何の意味があるんだろ? いろんな歴史書に記されてない街だけど、なぜか場所と『リズルガルト』という街名は人々の噂で分かる」
そこまで呟くと、グラスに入ったデュワーズを飲みほした。
「どうするか……どんな街か確かめたい気持ちはあるな。今まで通った町は本の知識から推測してみて、ほぼその通りか少しばかり超える程度だった。初めてのことで面白みもあったが何かが足りない気もする……刺激? 刺激を求める人だったっけ、わたし?」
ふと、彼女は奥に座っているゼニスに目をやる。相変わらず楽しそうに村人たちと飲んでいた。「ふふ……」と彼女はやんわりとグラスの下の方を見ながら笑った。それからデュワーズのストレートをおかわりした。
夜中の二時ぐらいだろうか、アルムは店主にお礼を言って二階の宿の鍵をもらい、床に着くことにした。酒場の奥にある階段を登り、部屋に向かう。階段を上がる途中でゼニスが村人たちとまだ盛り上がっているのを確認した。
酒場は三階建てで二階が宿、三階が店主の家だった。以前は二階も三階も宿だったが
部屋の明かりをつけることなくアルムはおもむろにグレーのローブを脱ぎ、ハンガーに掛けた。黄色みがかった白のワンピースはそのまま床に脱ぎ去り、ブーツを脱ごうとする。何度かケンケンで倒れそうになったが、まるで食虫植物が虫を逃さないために食らい付いてくる、そんなしぶといブーツをなんとか脱ぎ去ることができた。最後にダークブルーの水着のような素材の服を脱ぎ捨て、彼女は生まれたままの姿になった。
珍しく酔っていた。なんだかんだで無事に最初の予定通り一年で大陸を一周したし、それに最終地点のケルンは寂しさのある村だがとても気に入った。およそこの村には似つかわしくない美味しい料理とやけに上手いビール、安定のウィスキー、ゴールの祝い酒としては上出来だ。
彼女は生まれたままの姿のまま布団に入った。これまた酒場の上にある宿とは思えないほどふわふわの布団だった。小ぢんまりとした胸にそっとそびえ立つツンとした乳首。そこにひんやりとした布団があたり気持ち良かった。そしてアルムは何事も考えることなく井戸の底のような深い眠りについた。
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