五十 あなたは特別
情を交わし、何度もきるけえを法悦へと導いたと言うのに、
吸水性の高いふわふわした綿製の着流しらしき衣を引っかけた紋次郎は、変わった貫頭衣をまとったきるけえを伴って湯屋を後にした。
紋次郎は私に与えられたのと似た寝台に腰掛けると、きるけえを隣へ座らせた。
私とふらんそわも、紋次郎の部屋に入る事となった。
「それにしても不思議な事もあるものです。本当にこちらのきつつきも元は人間だったと」
「ええ。先ほど湯屋に現れたイシュタルの呪いです。何とか呪いが解ければ良いのですが……」
やむにやまれぬ事情で私をきつつきにしたのはきるけえその人なのだが、細かい事情は話さず全ての責をいしゅたるに押し付けるつもりらしい。
まったくもって大した女だと私は思った。
「旦那さまも耳にされた通り、獣や半獣人に変えられてしまった者たちが島で暮らしております。何とか助けて元通りの人の姿にしたいのですが、人の姿に戻すための材料が足りないのです」
「材料ですと。ではきるけえ様は獣を人間に戻す方法自体はご存じなのですか」
「ええ。その前に、わたくしをきるけえ様などと呼ばないでくださいまし。契りを結んだ男女の仲にしては随分他人行儀ではございませぬか。どうぞ名前で呼んでくださいな」
「そうしたいのは山々ですが、そうすれば私は仕事も部下も忘れ今すぐ貴女にのめりこんでしまいそうだ」
きるけえはぼうっと頬を桃の花のごとく染め上げ、黒真珠の瞳を潤ませて
これが計算されつくした媚態であれば
ところが自然にあふれ出る
きるけえは足元に侍るふらんそわの頭を撫でた。
「実はこの子も元は人間だったのです」
「この犬はまことに珍しい。見たこともないような福耳で黄金色だ。さぞや縁起物として珍重されそうだが、元が人間ならば売りには出せそうもありませんな」
「この子は特別ですの。絶対に誰にも渡しませんわ」
「そりゃあ妬けちまう」
「旦那さまは特別ですわ」
きるけえがふふっと声を立てて笑った。
私はきつつきとなったはずなのに、血が逆流するかの如き苛立ちを覚えた。
朝には私と浜昼顔の上で二度も睦んだ女が、夜にはすべてを忘れて新しい男に媚を売っている。
本当にこれは呪いなのかと私はきるけえを疑った。
きるけえは元から
私は怒りと苛立ちのままに、私の身に起こった事をありのままに
言葉が伝わらないのは承知の上だ。
「私の言葉が分かるのか。分かるなら机を二回左の人差し指で叩いてくれ」
祈るような気持ちで私が鳴くと、
ふらんそわがぎょっとした面持ちで、
「話を戻しましょうか」
「獣と半獣人を人の姿に戻す材料さえあれば必ず獣を人に戻せるのですか。それはどこにあるのでしょう。そして貴女は何者なのですか」
きるけえは口ごもったままうつむいていた。
「私は貴女が何百年、いや何千年生きていたとしても驚くことはありません」
「私は仙女や
「それは……」
「私は彼らの言葉を解します」
きるけえに見えない刃を鞘から抜いて突き付けるように、
きるけえは覚悟を決めるように、深く息を吸った。
「私は彼らの言葉が分からないのです。旦那さまが羨ましい」
きるけえはふらんそわを強く抱きしめ、その優し気な目を見つめた。
「私は仙女や
「それは有難い事です。私の力はイシュタルの呪いによってもたらされたようなのです。はっきりとした事は覚えておりませんが、呪いを掛けられた事はうっすら覚えているのです」
きるけえの言葉に嘘がないか吟味しているようだった。
「イシュタルは相当霊力の強い高位の神格のようですが、あなたは何故呪いを掛けられてしまったのですか。その原因が分かれば一番話が早い」
「その事すら忘れてしまったのです。気が付いた時には私は記憶のほとんどない状態である小島におりました。ここではない、ずいぶん西の地域であったと記憶しております」
きるけえは深いため息をついた。
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