四十六 男の誉れ

 屋敷の中に残らず入った男たちを見渡せる庭の木に止まった私は、壊れた大窓越しに屋敷を荒らす男たちを見ていた。

 きるけえを下種げすな言葉を叫び挑発しながら探す男達と、食堂の棚と言う棚を引っかきまわして金目の物を漁る男達。

 二種類に男達の行状はきっぱりと別れた。

 女と金は、いつの時代の男にとっても欲して止まぬものらしい。

 きつつきの体になり、女も金も用無しとなった私は、人間の男とはかくも滑稽な生き物であったのかと彼らの行状にため息をつくばかりであった。


「あんた達、気に入ったよ。活きのいい男の血が欲しかったところさ」

 うんざりしながら止まり木を離れようとした私の耳に、すっかり聞きなれてしまったあの声が響いた。

 いしゅたるだ。

 地震の前に見た時とは打って変わって、肉体が人の世の者のようにはっきりと見えていた。

「女だ!女だ!」

 食堂の棚という棚を引っかきまわしていた男達が、興奮した声でいしゅたるに駆け寄った。

「女だと? きるけえか」

「おい、女だ。女は食堂にいるぞ」

 物欲しげにきるけえを探し回っていた男達も、その声に呼応するかのように食堂に戻ってきた。


「どの男から食ってやろうか」

 緋色の衣に鮮やかな紫色の外套を纏ったいしゅたるは、にやりと笑いながら薔薇ばらの花弁を散らした。

 きつつきとなった私の眼には、いしゅたるが男たちの肉欲と劣情を掻き立て吸い取り、己の力にしているのがはっきりと見えた。

「俺が欲しいんだろ、この淫売が」

「見た男全員を欲しがるって言うじゃねえか。俺たち皆で天国見せてやるよ」

 男たちはいしゅたるに群がっては空を切って倒れた。

「あんた達、まだまだ若いね。女はもう少し焦らして扱うのが通ってもんだよ」

 いしゅたるは、いそいそと下履きを脱ぎ始めた若い男達をからかうように、緋色の衣の裾をはためかせた。

「焦らすなよ、化け物。男日照りでうずいてたんだろ」

 下履きを脱ぎ捨てたいかり肩の男が、いしゅたる向かって突進していった。

 いしゅたるはふんと鼻で笑うと、濃い緋色の衣の裾をはためかせた。

「一人ずつは手間だ。全員我が面倒を見てやるぞ。来い」

 濃い緋色の衣が突風でめくれ上がると同時に、いしゅたるに襲い掛かろうとしていた男たちは緋色の衣が起こした竜巻の中へと消えていった。


「次はどいつだ。我が欲しくてたまらぬだろう。恋と美の女神イシュタルに恋焦がれたのであろう?」

 目の前で竜巻を起こし男たちを神隠しにしたのを見て、女だ女だと興奮しきりだった荒くれ男達は、下半身をだらしなく露出させたまま後ずさりをし始めた。

「いしゅたるだと。これが神猫様のお告げの御霊ごりょうか」

「まずい。すぐ逃げろ」

 冷静さを取り戻した男たちは、下履きを履き直しながらささやき合っていた。

 だが、女に飢えた荒くれ男の方が圧倒的に多かった。

「きるけえに用があるんだよ。ババアはすっこんでろ!」

「ババアうぜえんだよ! きるけえ出せってんだよ」

「きるけえなら無料ただでヤリ放題なんだろ」

「きるけえ『は』良い女なんだろ」

 まずい、と思う間もなく、『ババア』と『きるけえ』と言う単語にいしゅたるの怒気が膨れ上がるのがはっきり分かった。


「我でなく、あの小娘きるけえを欲すると言うか!」

 いしゅたるの腕だけが肉化し、きるけえ『は』良い女と言い放った男の首を、野菊の花をもぐように床に打ち捨てた。

「ひいっ、殺されるううっ」

 一人の若い男が金切り声を挙げたのが合図だった。

 逃げ出そうとする男たちが将棋倒しになり、いしゅたるの体から放たれる薔薇ばらの香りが止まり木までむわっと漂ってきた。

「この頃は我の神殿も馬や羊ばかりでな。若くて荒くれた男の欲望と生き血に飢えておったのよ」

 倒れて呻く男たちを鼻であざ笑うと、いしゅたるは緋色の衣の裾を翻して男たちをを竜巻の渦に飲み込んだ。

 はい出るように中庭に転がった一人の男を私はちらりと見たが、いしゅたるはその男には興味を示さなかった。


二瓶十兵衛にへいじゅうべえ。我にくだらず無力な水神エアにすがったせいでその様だ。後悔しておるだろう」

 いしゅたるは、勝ち誇ったように止まり木に捕まる私を見下ろした。

 私はいしゅたるに反駁はんばくする人語もすでに操れなかった。

「主は人では無くなった。今やろくに飛ぶことすら出来ぬ無力なきつつきよ。主はオオヤマネコになったトミー・ビスと同じく、愚かな過ちを犯したのだ。我にくだれば良いものを、無力な者は無力な者に頼りたがる。愚かな事だ」

 それでも私は後悔していない。

 私は水神に下ったつもりもないが、いしゅたるに頭を下げなくて正解だったと改めて思った。

 私はきつつきになったかもしれないが、私の精神は意に反して力に屈服する事を選ばなかった。

 それは私にとって、最大級の誉れだった。


 二十一人の男を食い散らかしたいしゅたるは、紫色の外套をはためかせて空に浮いた。

「血の気の多いばかりの雑魚は食いごたえが無い。これからきるけえに会いに来る男に用がある。今回こそきっちりケリをつける」

 いしゅたる、とむとふらんそわにとってのばびろんの大淫婦は捕食動物のようににやりと笑うと、薔薇ばらの花びらを一枚残して空へと消えた。

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