四十四 旅の僧は二度死ぬ

 私は、耳障りの悪いきつつきのさえずり声で、ふらんそわに島の現状を尋ねた。

「まだ全体の被害は確認しきれておりません。キルケ様が使役していた島の猫やウサギ達は、元の形に戻したので逃げられているのですが」

「とむたちは」

「洞窟自体が崩壊して入り口が塞がれてしまったようです。もし法主様がご無事であれば直ぐにお姿を現されるはずです。この程度の地震であれば影響を受けぬはずですから」

「私が見に行く」

「お止めください。まだそのお体に慣れておられぬのですから」

 私はふらんそわを振り切って洞窟の方へ飛ぼうとした。

 だが私の体は一向に言うことを聞かず、ぐるぐると宙を回るばかりだった。

「では、私の頭に捕まってくださいませ」

 ふらんそわは一声高く遠吠えをした。


 いきなり目の前に巨大な影が現れ突風が吹いた。

 思わず首をすくめると、金色の釣り針のような物が私の頭上をかすめるのが見えた。

 本能的にふらんそわの豊かな毛並みに身を隠すと、金色の釣り針のような物の正体が現れた。

 ばさりと大きな音を立てて、きつつきとなった私を丸呑みしそうなほどに大きな鷹がきるけえの傍らに降り立った。

「こちらはキルケ様の使いです。貴方に危害を加える者ではありませんのでご安心を。しろばち山の山頂をねぐらにして、島全体に変わった動きがないか見守っているのです」

 鷹は鋭く私を一睨みすると、ふらんそわと二言三言交わしてきるけえの傍にはべった。


「では行きましょう」

 ふらんそわは豊かな黄金色の毛並みを風になびかせながら、洞窟に向かって疾走した。

 ろくに飛べないきつつきとなった私は、全力を振り絞ってふらんそわの背につかまった。

 松林は枯れ枝や倒木が転がっており、とても駆け抜ける事など出来ない。

 砂煙を上げながら砂浜を駆けると、砂塵さじんが私の体に振り掛かってきた。

 人の形をした私ときるけえによって乱された浜昼顔の群生は、何事も無かったかのように薄桃色の花弁を夕日に向けていた。


 工場が見えてきた。

 館と違い、目立った被害は遠目からは見受けられなかった。

「工場は内部の損傷はあるものの大きな被害は受けていないと聞いております」

「あの鷹からか」

「ええ」

 ふらんそわは短く答えると、とむが遊んでいた潮だまりを飛び越えた。

「うわっ」

 着地の衝撃に転がり落ちそうになりながら、私はきつつきの足を踏ん張ってふらんそわにしがみついた。


「これは聞いていたよりも酷い……」

 洞窟の入口が塞がったと言うよりも、洞窟の上部が崩落して洞窟としての形を成さなくなったと言った方が近そうだった。

「彼らがこの洞窟から出ていた事を祈りたいが……」

 よろよろと羽ばたいて折り重なった岩盤の隙間を覗き込むが、真っ暗で何も見えそうになかった。

 ふらんそわがゆっくりと近づいて、洞窟の近くを嗅ぎまわった。

二瓶にへい様、ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機は念動力で操作するのですよね」

「ああ、そうだが」

「今ここで洞窟から進水させるように念じてみてはいかがでしょう」

 何を馬鹿なと思ったが、洞窟がひしゃげているのにきつつきと犬の体では石ころ一つ拾い上げることも出来ぬ。

 ならば、潜水艦の側からこちらに出てきてもらえば。

 いや、彼らが潜水艦から出て洞窟を歩いている最中に地震が起こった場合には、潜水艦の位置をずらすことで瓦礫が彼らの体に降り注ぐ事が考えられる。

 危険極まりない。どうすれば――。


「ちょっと待て」

 私はきつつきの脳みそのまま、ちっぷが入れられていた頃のように海豚いるかの顔をした男に意識を合わせた。

 彼は人の姿に戻っていた。

 広く盛り上がった額を持つ、耳目秀麗な青年の姿だった。

 まだ都で僧としての勉学修行に励んでいた頃の姿なのだろうか。

 話に聞いた土佐の洞窟にこもりきりの姿とはとても思えぬ涼やかな顔立ちだった。

 だが彼の目は開くことはない。呼吸をしている様子もない。

 真っ白な衣を着せられた彼は、野の花に飾られた草船に乗せられて清らかな渓流を西に向かって流されていた。

「死んだのか――」

 彼は答えなかった。


「いや、少し休ませておるだけぞ」

 潮だまりから、海豚の顔をした男の代わりに返事が戻ってきた。

「水神様!」

 水神の姿が以前よりくっきりと私の目に映った。

「誰かいるのですか」

 ふらんそわには水神が見えていないようだ。

「あの者の法力のおかげで主らは難を逃れたのよ。あれがおらなんだら主らも助からぬ所よ。荒れ狂ういしゅたるを真っ向から封じようとするなど狂気の沙汰だが、あれは主らを助けたい一心だったのよな」

 飲み食いもせず、喜怒哀楽も生きながらにして捨て去ったように見えた男は、人を救いたいという思いだけは捨て去っていなかったのだ。

 暴風雨と飢饉から民を救おうとして成らず鳴門の渦に落ちた旅の僧は、またしても私たち人とも獣とも化け物ともつかぬ者たちを助けようとして自らを捨てた。

「では無事なのですか」

「ああ。ワシの世界でかくまって居る。本来なら主らもそうしてやれれば良いのだが、ワシの世界は神界だけに人の身の者では体が耐えられぬのよ」

「とむは、とむは無事なのですか」

 私はばたばたと水神の周りをぎこちなく飛びながら尋ねた。

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