三十二 ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機
「
到底オオヤマネコの全速力に叶うはずもなく、とむの足跡を頼りにぽつぽつと松林を歩く私の背後から声が聞こえてきた。
「朝食をキルケ様から預かってまいりました」
ふらんそわは少しばかり息が切れているようだ。
「邪魔しちゃ悪いと思って、挨拶もせずに出て来たのだが」
邪魔しちゃ悪い、に強勢を置いて見たがふらんそわには私が含んだ
「キルケ様が
「あなたがそばにいるのだから良いではないか」
言ってからしまったと思った。
これではまるで
「私は獣になり果てましたから、もはや両の腕でキルケ様を抱きしめる事も叶わぬのです」
「抱きしめたいのか」
「あの悲しげな顔が少しでも安らぎに満たされるのならば、私はいくらでもこの体を差し出すつもりでした。しかし私の体は、もはやその用には耐えぬのです」
ふらんそわの首に巻かれた風呂敷包みを解くと、
「昼食は別にお持ち致します。本日は造船所に向かわれるご予定ですね」
「私にも良く分からないが、恐らくはそうではないかと思う」
「かしこまりました。ではまた」
ふらんそわは
大きな鉄の扉で覆われた岩陰近くで、とむの足跡が消えていた。
『俺の居場所に来てみろよ』
脳内にとむの声が響くので、私は何の手がかりもないままとむが好みそうな場所を探った。
潮だまりを伝って海岸へと降りるが、とむの足跡も抜け毛も見当たらない。
『目を閉じて、目玉を上に動かして』
とむに笑われたみっともない顔になるのを承知の上で、目を閉じて目玉を上に動かす。
『外を見るでない、中のみを見られよ』
「分かった」
私は子供のように、海岸の岩場からかすかに見える奥まった
「やれば出来るじゃねえか」
引き潮の
「そりゃちっぷなどと言う意味の分からぬものを体に入れられて、何の変わりもなけりゃ
「外で食おうぜ」
とむはのそりと起き上がると、洞窟から日差しの降り注ぐ海岸線へとその身を現した。
潮で削られた平らな岩に腰を掛けて経木を開くと、昆布と貝しぐれの握り飯とは別に、細かくほぐした魚が一杯に入っていた。
「俺の分も持ってきてら」
トムは経木ごと食べそうな勢いでほぐした魚にがっついている。
「飯の白い所もくれよ」
昆布握りの白米部分をもいで、ほぐした魚が満載の
腹が一杯になったのか、とむは満足しきった表情でごろりと横になった。
「戻らなくていいのか」
「あんた一人で行ってろよ。俺はこれから日光浴だ。フランソワが昼飯を持ってくるだろうしな」
それだけ言うと狸寝入り(猫のくせに!)を決め込んだので、私は一人
「どうぞ」
「ハイブリッド型パイケーエス式
『初号機』があるなら『二号機』以降もあるのかと、私は少し引っ掛かりを覚えた。
だが彼の説明は聞けば聞くほど意味が分からなくなることを思い出した私は、疑問を口に出さずに置いた。
「どうやって」
「開くと思えば開きます」
果たして、頑丈そうな出入り口は音もなくするりと開いた。
私は勧められるままに狭い階段を下りた。
「出入口を閉めましょう」
閉めようと思ったら閉まった。
「明かりを増やしましょう」
同じ要領で明かりを増やすと思ったが、上手く明るくならない。
「あなたが思う明るさを思い描いてください」
首をひねりながらもとむが浴びているであろう日光を思うと、暖かな光が船室全体を包んだ。
「一事が万事こんな調子なのか」
私は
「便利でしょう」
どこが便利なのだ。
一つ一つの行為を頭の中で思い描かなければならない上に、本当は開けてはならない時に不意に出入口を開ける姿を思い描いてしまったらどうなるのだ。
うんざりしながら私は
「無論、
どうにもご安心など出来そうにもないのだが、いちいち突っかかる時間もない。
「それ故チップの力のみに頼る事なく訓練が必要になるのです。的確な想念のみを明確に思い浮かべ、それ以外の雑念を一切捨て去る訓練が」
その訓練が幽鬼のように歩き続ける事だったのか。
「あれは初歩の初歩に過ぎません」
脳味噌が溶けだしたような昼下がりの数時間を思い出し、私は思わずうへえと気の抜けたため息を漏らした。
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