二十六 人にはチップを、化け物には化け物を
目を開けると、私は一面真っ白な部屋に寝かされていた。
「目が覚めたかよ」
とむの声がはっきりと聞こえるが、頭の中にもやが掛かったように言葉がうまくつむげない。
まどろみの中を無理やり起こされてなおまどろみ続けるような奇妙な浮遊感を感じながら、私はとむの姿を探した。
「ここだ、ここ」
寝台の脇から毛むくじゃらの前足がぬっと出てきて、私の二の腕を叩いた。
「お加減はいかがですか。昼食をお持ちしたのですがこの分では召し上がられないやも」
黄金色の毛並みの犬が人語を話している。
「私の言葉が理解できますでしょうか」
返事の代わりに、私は緩くとむの前足を握った。
「分かるとよ」
「まだ目が覚め切っておられぬようですから、私は一旦失礼いたします」
枕元に、海苔の香りのする握り飯を包んだ風呂敷が置かれた。
「梅とわかめですな」
「惜しかったな。昆布とわかめは近いが不正解」
昼食の握り飯の具を当てる訓練は、ちたん製のちっぷなるあんてなを入れられた今後も続ける必要があるのか私は疑問に思った。
「やるに越した事は無いよな」
私の心の疑問の声を汲み取ったとむが、
「訓練はされた方が能力開発スピードがより速くなりますから、是非続けれられますよう。あくまでチップはアンテナと同じく補助具に過ぎません。性能と肉体の負担への配慮はチップが格段に上ですが、一度肉体に埋め込めば取り外しが効かないと言う欠点もありまして」
「それを先に言うべきではないのか」
取り外せないと聞いて、もうろうとした頭が一気に冴えた。
「どうするんだ。訳の分からないちっぷとやらを頭に入れられたまま元の世界に戻っても支障はないのか。あなたが取り外せないなら、元の世界ではなおの事取り外せる訳がない」
「
「しかしこれが原因で病になったりする事は無いのか」
「ここを出られる事に比べたらささいな事を。おかしな事をおっしゃる方だ」
言いくるめられている気がしたが、確かに
「ニヘイさんの元の世界、モモヤマバクフってのは俺の
「かの偉大なる処女王、エリザベス1世の治世に当たりますな」
「へえっ。それじゃニヘイさんは俺より三百歳以上も年上って事になるのかよ」
「年長者を敬いたまえ」
私が胸を張ると、とむは嫌なこったと吐き捨てて前足の爪を出す素振りをした。
「それにしてもこのちっぷやら太陽のようなまぶしい光やら潜水艦は、すべて私のいた元の世界には無かった。この島は私のいた元の世界よりどのぐらい先の技術で成り立っているのだ」
「きるけえが主宰するこの島で直線的な時系列を考えるだけ無駄というものです。あると思えばあり、ないと思えばない世界なのですから」
「無駄だ、無駄だ。考えるだけ訳が分からなくなるぞ。坊さんは聞けば説明はしてくれるが聞けば聞くほど混乱してくるからな」
とむがうんざりとした口調で大きく伸びをした。
「それより昼飯食おうぜ。フランソワはどこに行ったんだよ」
「館にでも戻ったのではありませんかな。一旦失礼しますと言っていたような」
「あいつ本当にキルケに懐きすぎだろう。あいつが小難しいことを
「かわいそうにとか言ってたくせに」
「今のあいつを見てたら、まんざらでも無かったんじゃないかと思ってよ」
犬の習い性で主人に絶対服従と言うよりは、地震の時の行動といい毎朝の食事の際に足元にぴったり寄り添っているあたりと言い、きるけえに懐いているのは事実だろう。
いくら呪いのせいだとは言え、男に愛されたいきるけえに迷惑を掛けられているのはこちら側なのだ。
人身御供として男を一人あてがって済むならどんなに気楽な事だろう。
「呪いさえ無ければ、夫婦の契りを交わしても不思議ではありませんでしたな」
「ところであなたは何を召し上がられますので」
オオヤマネコであるとむが野鳥や魚に鶏肉の湯がいたものを好んで食べているのは知っていたが、獣面人身存在は人であった頃の食生活をするのか獣面存在としての食生活をするのかを念のために(!)知っておきたい。
「食事は必要としません」
「人間の時から修行の成果で、空気中の水分やらで生きてるんだとよ」
それでは人間の頃から一種の化け物のようなものではないか。
化け物には化け物を充てるのが吉なら、
この島にいる唯一の人型である私は、きるけえの呪いを解くには幸か不幸か余りに凡俗だ。
私が当初考えたように、この小島と同じ時空間の外界と容易に行き来出来るようになるなら、きるけえの『場の支配力』を落とすことも可能ではないか。
とは言え、薄情な事に私は一度脱出した後にこちらに戻って彼らを助けるような義理堅い人間ではないのだが。
そこまで考えた私は、ある疑問を抱いた。
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