二十 ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦
工場近くの空き地で、
竹とんぼのような部品を太陽に透かしては、糸やすりで細かく研いでいる。
どうにもしっくりこない風で、何度も何度もやすりを掛けている様子だった。
彼は私ととむを見るなり、首を横に振って海の方向を指さした。
私には獣面人身の言葉は分からないから、途方に暮れて立ち尽くした。
「何か不具合があったのか」
もとより私はこの潜水艦なる船に、全幅の信頼は置いていない。
不具合があるのがむしろ当然だと思いつつ、私は
海豚の顔をした男は両手を三角形にして私の額にあてながら、異国の言葉を早口でささやくように何度もつぶやいた。
きんと耳鳴りがして側頭部が痺れる感覚があり、そのまま私は操られるように海辺へと歩き出した。
とむは私に付いてこなかった。
なだらかな下り坂を黒土や
私は操られるままに浜昼顔の群生の近くに腰を掛けた。
眉間と側頭部に圧がかかり、きんと耳鳴りが聞こえてくる。
耐えられずに立ち上がろうとしたが、浜昼顔に絡めとられたように腰が動かなかった。
ほどなくして耳鳴りとちかちかと花火のように爆ぜる色彩が瞼の裏を行き来し、頭がひとりでに震え始めた。
「きえええええっ」
およそ自分の物とは思えない
真夏の野犬のように荒い息を繰り返していると、砂を踏みしめる足音が聞こえてきた。
入道雲の沸いた空を仰向きに倒れたまま見上げる私をのぞき込むと、何を思ったかやおら眉間に竹とんぼのような部品をねじ込んできた。
「きえええええっ」
痛みとも熱とも言えぬ衝撃に目を開けたまま私は絶叫した。
私の目をのぞき込む
私の意識は海豚の男と融合したようだった。
『目の前のコマを右に回転させようと念じてください』
仰向けになったままの私の目の前にふわふわとコマが浮いていた。
私は言われた通り、コマを右に回転させようとしたがピクリとも動かなかった。
『では工場の地下室にいるトミー・ビス氏があなたにメッセージを送ります。トミー・ビス氏から送られたメッセージをそのまま声に出してください』
何となくとむの姿が見え、何やら声らしきものが伝わってきた。
「ふぁっくんびやっち」
私は合っているのかいないのか分からぬまま、異国の言葉らしきものを聞こえてきたままに伝えた。
『ではトミー・ビス氏の手にしている船の模型のプロペラを左回転させてください』
とむが手にしていると言う船の模型自体を見ることが叶わないので、左も右もあったものではない。
私はあてずっぽうで左に回転しろしろと念じた。
『ふぁっくんしっと』
とむの吐き捨てるような声だけを耳が拾った。
『駄目ですね。やはり人体は獣体に比べると第六感が退化しすぎている。この状態では、想念で舵を取るハイブリッド型パイケーエス式潜水艦に乗り込ませるのは難しい』
『アンテナをつけてこの状態じゃあな。思念と声はかなり聞き取れているようだが、念動力回路が壊滅的に弱すぎる』
『いっそ
『それでは脱出させる意味がない。人の姿でないと無意味です』
二人が同時に漏らした深いため息が頭の中を占領して、私は自分が酷い出来損ないの欠陥品のような気分になった。
『アンテナの感度をこれ以上増強させるか本数を増やすか……。しかし肉体への負担が増しますからな』
『となれば、
『何もしないないよりはマシでしょうが。潜水艦本体の改良はほぼ完成していますから後は念動力回路が太くなれば』
『じゃ、俺が訓練係って事になるのか』
とむが「はんぎんぜあめーと(※)」と呪文めいた異国の言葉を唱えると、それきりとむの声は聞こえなくなった。
『具体的な訓練はトミー・ビス氏の指示に従ってください。初めのうちは意思疎通も難しいでしょうが、それ自体も訓練の一環となりますのでご理解ください』
無茶な、と声を上げたくなったが
私は
『肉体への負担を考え、アンテナの埋め込みは
私と海豚の顔をした男の意識がやおら分離し、額から脳みそが引きずり出されるような感覚と共にあんてなが額から引っこ抜かれた。
私は獣にはなっていないが、人間とは違う何かにされてしまうような得体のしれない恐れが、私の心に渦巻いた。
※Hang in there,mate!(頑張れ)
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