第12話 略奪的生存競争


 ジャングルの中、陽が完全に暮れない内に抜け出そうと馬に跨って草木の取り払われた馬車道を小気味よい足音を奏でながら俺たちはサバンナを目指している。


 今、俺とライラの二人が乗る馬はリンたちと少し進んだ先の所で待機していた馬の一つだった。彼女らの仲間の何人かが犠牲になったことで、騎手を失ったが故に乗らせてもらう事になった。


「デイモン、スペドの人間なのに馬に乗れるんだね」

「俺はこれでも名家の子だ。他にも色々親父に仕込まれてる」

「馬なんぞ乗る必要ないじゃろうに。車の方が楽じゃろ」


 そうボヤいた大尉は、俺の前を進む双子の御者が操る馬車の中で地図を眺めている。


 基本、海に囲まれた諸島で過ごすスペドの人間に馬なんて乗れる人間がどれだけいるか分かったもんじゃない。本土でも専ら使われていた移動手段はエーテルで動く最新鋭の自動車が殆どだった。移動手段は船か車、この時代は既に近代化を推し進めた後の20世紀最初期だ。


 それが今やひとつ前の西部開拓時代にまで文明レベルが下がってしまっている。

 今も通り過ぎた道に錆び付いた旧式トラックの残骸を横目に通り過ぎていく。


「あんたは鎧が重くて振り落とされただけでしょ」

「大尉、俺たちは今どこに向かっているんだ?」

「少なくとも、主要都市や農場ではなさそうじゃが……この道を目指しとるんじゃないか?」


 進行方向は大佐の付けた地図の印とは全然違うように見える。

 大尉の指す場所には現在位置から一番近いサバンナへ続く公道らしきものがあるがその先は小さな町かそこからジャングルの奥に戻る長い道だけだった。


「周囲に目ぼしい物は何も無いぞ」

「ワシの勘では軍の秘密施設じゃな」


 その大尉の言葉には一切の迷いが無い。


「なぜそう言い切れる?」

「こういうのは表向き別の施設を人里離れた場所に作って置いて後で放棄する。そして廃墟として地図から消えれば後は本格的に稼働開始じゃ」

「そんな回りくどく作って、何の為にさ?」

「さぁの、そんな機密いくら元特殊部隊でも知らん。まぁ研究所かそんなとこじゃないか?」

「大佐なら何か知ってるかもしれんが連絡が取れない今じゃどうしようもないな」


 結局今分からないのではどうしようもないと結論が出た時点で、ジャングルの木々に隠れた星空が広がり景色ががらりと変わった。

 そこから広がる景色からサバンナに戻ったかと一瞬思ったのだが、そこから先は赤茶けた砂壁が見られるようになったものの未だ生い茂る植物が高低差高く散見する山岳地帯だった。

 

 日はもう沈み切った。リン達の馬を走らすペースは少しづつ落ちていき、ゆっくりとした歩みでその山を目指して昇っていく。




 突如その隊列が止まったのは前方で大きな轟音が聞こえた時だった。

 その音に驚いた馬を「どうどう」と窘め様子を窺う。


「何?落石?」

「そのようじゃの」


 大尉が馬車から奥の様子を覗き込んで答える。


 今俺たちは道が狭くなってきた岩山の渓谷で立ち往生している状態だ。頭上の崖には岩の裂け目から根強く生える木々が所々に見え、苔むした浅い河川が左を流れており、その川向こうの藪の隙間から何かが動くの薄っすらと見えた気がする。


「ライラ、大尉。武器を構えろ」


 俺がそうつぶやいたと同時、前方から聞き覚えの無い声が響いた。


「テメェら武器を捨てて両手をあげろ!」


 その姿は馬車によって遮られて見えないが、その野太い声と合図に川向こうの相手が銃を構え姿を見せる。目測では二十メートルは離れていて、月明かりで分かりづらいがその格好は明らかにみすぼらしい継ぎ接ぎのフードで姿を隠している事だけはわかる。


「またこんな状況かよ……めんどくせぇな」

「野盗?」

「多分な。どうする大尉」

「今は様子見しかないじゃろう。索敵は任せたぞ、ワシは目の前で踏ん反り返ってる阿呆の狙撃準備をしておく」


 前方の連中は大尉の口振りからして全くお粗末な連中らしいが、それでも横の川向こうとの二方向から狙われるのは流石に辛い。


 そうこう話しているうちに周りの部隊員は全員が目の前の連中に銃を構えている。

 川向こうの連中に気付いている様子は無い。


「聞こえなかった!?うちの部隊にあんたのような山賊にくれてやるモノはないって言ってんの!」

「おいおいおい!この銃口が見えないってか!オレは今そういう話はしてねぇんだよ!」


 リンはと何かを「阿呆」と話し合っている。時間稼ぎにしては攻撃的過ぎる。恐らく交戦の意思表示だろう。


「大尉、前方の連中は合図したら一瞬で全員始末できそうか?」

「いや、暗いから全員は難しい。どこに隠れているかわかったもんじゃない」

「ライラ、奴らに気づかれずに裏を取れそうか?」

「うーん遮蔽物が少ないから多分無理?」


 俺は少し考えて周囲を見渡した後、部隊全員にだけ聞こえるように声を抑えて叫ぶ。


「俺が合図したら全員、馬を盾に降りろ」


 そう言ってホルスターに手を伸ばす。


「ライラ、俺が撃ったら引っ張って降ろしてくれ」

「わ、わかった」


 今だに魔術の副作用が残る身体で戦う為にまず息を整え、腕の力を抜く。


「ほー、もうだんまりか?」


 前方で阿呆の声がする。息を深く吐いて頭上を向く。

 大尉のマシンガンの構える音がする。


 息を吸い込み、対象を見つめ狙いをつける。


「もう観念したら――」


 油断しきった阿呆が言葉を言い切る前に、ホルスターから瞬発力に任せ引き金を引く。右手で引き金を引いたまま狙いをつけ、左手を素早く何度も撃鉄に叩き付けるように起こして撃ち続けた。


 片手で撃つよりも何倍も速い高速連射を頭上に向けて行うと同時にライラが俺の身体を抱え飛び降りる。それに遅れて対岸から銃声が響き銃弾が俺の左腕の表面をなぞるように削り飛んで行った。


「それでどうす――」


 ライラが言いきらない内にズシンと大きなものが俺たちのすぐ傍に落ちた。


「うひゃぁ!」


 ライラが驚いくと同時に周囲の馬たちも驚き興奮して鳴いている。

 落ちてきたそれは、葉の茂る木々。


 ちょうど葉の部分が川からの射線を覆い隠すようにして落ちてきたのだ。驚いているライラが見上げた先には崖から生えている内の木の何本かがなかばからへし折れていた。六発中三発、三本の枝だけだが撃ち落とす事が出来た。


「さっさと済ませるぞ!」


 前方にも木は落ちており、大尉のマシンガンの掃射の音が響いている。阿呆の声は聞こえない。大尉が合図と共に撃ち抜いたのだろう。

 部隊の連中、マックスと双子の御者も落ちた木を目くらましに、硬い岩の遮蔽物に急ぎ移動しながら川向こうの連中へと応戦している。


「ライラ、今ならいけるか?」

「任せて!」

 

 勢いよく飛びあがり崖を駆け登り姿を消したライラに任せ、俺は川向こうの連中を仕留める為の戦線に参加する。幸い腕の銃創は浅い。首のバンダナをほどいて腕にきつく巻き付ける。

 

 頭目を失った野盗が散り散りに逃げていくのに、そう時間はかからなかった。




 部隊の犠牲も無く切り抜けることが出来たのだが。


「無理じゃ!これはワシでも動かせん!」


 大尉が力の限り押したり引いたりを繰り返すがびくともしない程の巨大な岩が道を塞いでいる。

 

 崖を切り崩したような角ばった岩がすっぽり狭い道を埋めている為、付近に迂回路のようなモノは無い。ちょうど上の崖にこの岩がと同じ形に欠けた跡が有る。きっと阿呆どもが今回の馬車強盗の為にあくせく切り崩していたのだろう。失敗に終わったが。


「リブロー、レミラス。申し訳ないけど馬番、出来そう?」

「「見張るだけ?」」


「それでもいいよ。最悪どこかの誰かが持ってったて言う報告を持ち帰るだけでもいいからここで待ってて。明日の朝には迎えを送るから」

「「いいよ」」


 息ぴったりの返事をした双子が茂みに隠れ、少しだけ見える四つの目でじっと馬車を見つめだす。隠れる動作まで同じでなんだか怖い。


「近いのか?」

「あと少しってとこ」


 馬を降りた俺たちは先頭を進むリンとマックスの持つランタンと各々が持つ灯りだけを頼りに道を引き返し、何とかよじ登れそうな獣道から入り組んだ草木の少ない枯れた山を歩く。


「この辺りは安全なのか?」

「危険地帯さ」

「正気か?」

「ズズズ……まぁ見ちょれ。すぐわかるさね」


 そう言って鼻を啜るマックスが腰のマチェットを引き抜くと地面に突き刺した。

 プギー!と甲高い悲鳴と共に引き抜かれた刃には、土色にまみれた何だか良く分からない生物が突き刺さっている。何というか丸い団子から幾つかの触手のような何かが蠢いて、よく見ると人の顔のような器官の見えるそれは数秒の後に力なく萎びれた。


「なんじゃ?アレ?」

「キモ!」

「さて、ここからは絶対に私の足跡を外れるじゃないよ!絡みつかれたら面倒どころじゃないからね!」

「か、絡みつかれたらどうなるの?」


 ライラが質問した後にその結果はわかることになった。

 暗闇の先で獣か何かの唸り声の後にシューと音がなったかと思うと、バァン!と大きな破裂音が聞こえる。間髪入れずにビチャ、ベシャとでも言うのが正しいか、肉の散らばるような音が聞こえたかと思うと闇夜の奥から明かりに照らされた近くの草むらに血が飛び散るのが見える。


「ああなる」


 ライラの顔は分かりやすく青ざめ、大尉は興味深そうにそれを見つめる。


「地雷でも栽培しとるのか?」

「間違っちゃいないね。私らも管理出来ていないのが問題だけどだけど。ま、そのおかげかこの辺りはエルフも近寄ろうとはしないのさ」

「そいつらは地面に出てる手のひら程の双葉から重りが離れた瞬間に足に絡みつくんさね。だから、うっかり踏んだら迂闊に足を引き抜こうとしてはならんさね」

「なるほど。命名するならマインドラゴラだな」

「ほう、よう一発で名前を当てるとは」

「マンドラゴラと違い自分から引き抜かれようとするのは凶悪な生態じゃな」


 俺の鼻には飛び散った新鮮な獣の血肉とは別に、腐った肉のような臭いを微かに感じる。辺りを見渡すも臭いの元は見つからない。


 ふと足元にぽきりと言う木にしては硬い音が聞こえ、何となく手に取る。ライトで照らして見えたその輪郭と白いスベスベした触感では何かの骨のようだった。片手でもてあそぶだけで粉々になっていくそれから同じ腐臭が漂う。


 土だ。土に腐肉の臭いがこびりついているのだ。ずっと前から一匹と犠牲者を交換し続け、赤い土を茶色く栄養のある豊富な土壌に変えることでこれらは繁栄してきたのだろう事が想像できるくらいにはこの土は臭う。


 よく見ると今まで少なかった青々しい草花が、前方の道から埋め尽くす程に生えている。

 なるほど、豊富な土壌は繫殖地を作るだけでなく他の植物も育てて被害者を罠にかけやすくする為のカモフラージュを作る目的もあるのか。


 臭いに目をつむれば何処に地雷があるか分からない天然の地雷原の完成だ。


「ここは戦前からこうなのか?」

「いや、こいつが生えだしたのは戦後しばらくあとさね」


 俺たちがこうして話をしてる中に先頭を進むマックスが、臭いを嗅ぎ分けているのか次々と地面に突き刺しては植物を引き抜きながら口を挟む。引き抜くたびにそれを背負ったバックに結びつけている。何かの材料にでもするのだろうか?


「大戦後のスペドは本当に酷いもんだったさね。ただでさえ完膚なきまで叩きのめされとるのにだーれも手を差し伸べず如何にエーテル利権を勝ち取るかしか考えとらんかった」

「その競争の中でもまた紛争があった。俺もそこまでは知ってる。結局誰もスペドの汚染には知らんふりで捕まった軍や生き残った行政官から情報や権利書を探るばかりだった」

「ワシらスペドも立て直そうと四苦八苦しとったが、強権を発動出来る都市部の機能が潰された以上、指揮系統が上手くいかんかったからのう……」

「だが段々と徐々に海に溶け出したエーテルに気付いた各国だったがもう遅かった」


「変異体どもか」

「海から変わり果てた魚が襲撃し、時折紫の曇から雨が降る。その果てに少しづつ土壌が汚染されていく。こいつらもそれと同類さね」


 引き抜かれたそれを持ち上げながら忌々しそうに吐き捨てる。


「エーテルの汚染も変異体も、戦前から問題にされちょったが……こうまで変わるとは思わんさね」

「そうじゃな、魔法技術の普及は産業に革命をもたらしたがそれこそが汚染の原因とも言えなくないからの……」

「忌避すべきそれをただの産業資源としてしか見始めなかったのが全ての間違いだ」


「デイモン……魔術師のお主が言っていいセリフなのか?」

「使えるならバンバン打ち込むからね、あんた」

「うるせぇ、いいだろ別に。変異はしてないんだから」


 反応に困ってツッコミを入れる大尉たちを軽く流して、時折すぐ横に見えるちょこんとした大きな手のひら程双葉を避けながら掘り返された土の跡の上を頼りに進んで行く。





「あそこが目的地さ」


 長く細く入り組んだ道を抜けてリンが指差すそこは、満天の星空の下にそそり立つ火山の麓、崖に囲まれた広大なカルデラ湖が一面に広がり真ん中にポツンと見える小島に建つ大きな倉庫のようなモノが建っていた。小島全体を石と木材で固められた防壁に囲われ多少朽ちているように見えるが、そこに木の板やらトタン板等で補修されていて周囲を松明で照らし倉庫内には電球の灯りらしき光が窓から輝いている。


「さぁ、ようこそ!お客さんたち!」


 そうリンが大手を振って俺たちに向き直る彼女のすぐ後ろには崖下へ降りる石階段が造られており、真っ直ぐ降りて行った先には大きな石造りのモニュメントのある砂浜の広場から一直線に橋が架けられている。


 広場はまるで何かの遺跡をそのまま利用したかのような尊大な造りで幾何学的な装飾がちらほら見て取れる一方で、橋そのものは朽ちた船体やはしけを浮きとして継ぎ接ぎに繋げられて作られており、小島までの道としては綺麗に一直線に浮かんでいるが所々にある船の残骸を住処としている者がいるのか急造のバラック小屋に干された洗濯物や恐らくキッチンの煙が漂う煙突がちらほら見て取れる。

 

 俺たちはその苔むした古代遺跡の上に築かれた退廃的で赤錆の臭い立つ残骸でかたどられたの水上集落を、崖の上から見下ろしていた。


 ようやくのシェルターに休めると気を抜いて橋を渡ろうとした俺たちの期待は、すぐさま裏切られる事になった。




「と言ってやりたいがそうは行かない」


 その声は前方から響いてくる。


 コツ、コツと硬いブーツの足音と共に、壮年の男が後ろ手を組みながら出て来る。白髪混じりのオールバックで厳格そうな細い顔つき、片眼鏡を付けた彼が身に付けるそのコートはくたびれているものの、それでも威厳と威圧を感じる貴族服を着こなしている男だった。


「現在このシェルターは厳戒態勢にある。今日限りは我々の監視下で拘束させてもらう」


 彼の後ろから何人かの銃を携えた兵士が前に立ち塞がる。


「貴方は?」

「私はアンドルフ・ディアモルド。マキシマムディアモルド社二代目社長であり、そこにいる彼女ら部隊員、ここにいる彼ら従業員関係者家族、ひいてはここを頼りにしている生存者市民、併せて数千を超える命を預かっている者だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~EtherVary~ポストアポカリプス転生闘争記 西城文岳 @NishishiroBunngaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ