第11話 戦う理由


 目の前で土を掘り返し遺体に被せる先程の獣人。まともに葬儀も遺体を持ち帰る事も出来ない。間に合わせの折れた木の枝で十字架を用意出来るだけマシだと思いたいものだ。

 大尉は忙しなく数少ない生き残りの治療に専念してる。傷口から返し棘の付いた骨の鏃を引き抜きアルコールで消毒する。


「遺体は土を被せるだけにしてくれ。奴がまた来たらもうまともに戦えない」


 そんな中、俺は木陰にもたれ込みリーダーと話をしている。木々の隙間からは少し赤みがかった夕焼けの光が差し込み、ジャングルの中は少し薄暗い。彼女を照らす赤焼けがより悲壮感を漂わせていた。


「あんた、術は使えないのか?」

「エーテルの変異の可能性を最小限に抑える為に術としては最低限の出力なんだ。電流で身体能力を向上させるだけで副作用の痺れの方がデカい」

「なるほど、結構限界が来てるのね」


 いつどこから殺されてもおかしくは無い。そんな中で道徳や倫理なぞ何の意味も成さない。それを優先した者の末路は、効率主義的な戦術の餌食となる。

 平地の中、輸送機でもあれば彼らの遺体はもっと良い所で眠れただろうに。ジャングルの奥地では死体を担ぎ歩くことでさえままならぬ。


「あのリボルバー、返してくれて礼を言うよ。あいつのお気に入りだったんだ。遺族へあの姿を見せるよりかは為になる」


 俺がエルフの襲撃者に向けて撃った銃、小屋の死体から剝ぎ取ったリボルバーの事だった。実のところ死体から剝ぎ取るなんて事はシェルター内は厳しく取り締まられていても、外でそれが行われても誰も文句は言えない。それほどにまで化物共の脅威は大きい。


「礼は言うな。正直持って行きたかった」

「随分ぶっちゃけるんだね……まぁ、最期に残した物で今生きてる奴は助かったんだ。喜んでくれる事を祈ろう」


 だからこそ、最低限でも死者への冒涜をしなくてもよい状況なら、なるべくしないに越したことは無い。それが見ず知らずでも命を救う結果をもたらしてくれた者への敬意として。


「そう言えば、こっちの自己紹介がまだだったね。私はリン・ルーシー。今はここら一帯の治安部隊の隊長をしている。さっき取引と言ったね?何のだ?」


 彼女はそう言ってバンダナの下の素顔を見せる。東洋人的な顔立ちに、タンクトップの下には滑らかに細く滑らかな体付きでありながら、確かな筋肉のついた腕が見える。


「マキシマムディアモルド社、もしくはその関連組織と弾薬や食糧、船体の修理部品と言った物資の取引をしたい」

「運がいいね。私らの親組織がディアモルドさ」

「親組織?……雇われの傭兵か」

「まぁ、似たものさ」

「そうか。案内を頼めるか?」

「いいけど……なんだか、さっきから随分淡泊な反応ね……」

「こういう性分なんだ。だから交渉役を任せられてるだけだ」

「そうかい。そっちの墓を掘ってる毛深い犬がマックス、あそこで治療を受けているの双子のヒューマンがリブローとレミラス。あとは……」


 そう言って振り返ったリンだが、他に姿は無い。皆、土の下だ。

 道徳や倫理の保護の下で生きていける程、既にここは安全では無いのだ。


「以上ね……生き残ったのは」

「気の毒だ……」

「いや、気を使わなくて結構よ。魔術師に会って生き残ってる方が非常に幸運だっただけよ。待ち伏せされてたなら尚更。今月で十二人……この戦いになんの意味が……」

「そう言えば、あのエルフは何者なんだ?なんで戦っている?」


 不躾だとは分かっているが、こちらとしても聞かねば困る話だった。


 ゲリラのようにジャングルの中から突如として現れたあのエルフの魔術師。銃器や船の発達した今の時代に前時代的な弓を携え魔術を駆使し、ああも武装した人間を一掃していく。

 

 魔術と言うのは余りにも理不尽なものだ。そう言うものと遭遇してしまった以上、何かしらの情報は少しでも欲しい。


「私たちがここに来るよりずっと前から居る原住民……の過激派ね」

「過激派?あれか、カニスとクローブルの問題の被害者って奴か?」


 聞いたことがある。スペドがまだ国として成り立つ前の時代の話。


 クローブル……正確には今から百年以上前のクローブル合衆国として統合される前の国の一つがカニスの土地へ開拓に入った時、そこに居た先住民を労働力として酷使していたという話だった。その原住民と言うのがエルフと言う種族だったと訳だ。


 昔からそうだ。人間は自分と違う者を仲間とは認めない。


 ヨーロッパから旅立った船団は世界一周を終えた後、アフリカの土地を侵略。自分たちより技術の劣る民族を次々と奴隷に変えて行った。無理矢理連れ去り、その後彼らの子孫に人権が与えられても、侵略者共と同じ権利を得ることは長らく出来なかった。

 それでも長い苦楽の末、得ることが出来ても両者の間には深いわだかまりが今も残り続ける。


 愚かなことだ。自ら連れて来たというのにその問題は後世に後回し。誰もしたくない尻拭いをいつまで引き伸ばすのか。


 まぁそれとは違い俺が産まれるよりも昔に、エルフは機を計りクローブルに反旗を翻してカニスの敵対する入植者の八割を駆逐、独立を勝ち取ったのだが。

 それが出来たのは彼らが最も魔術に精通した種族であり、それが並の技術を凌駕出来たからだ。それは魔法装置の開発に一役買った程のその能力が、彼らを五大種族の一つとして仲間入りするきっかけとなるほどだった。


 悲しいかな、いつの時代も必要なのは他を圧倒する力だった。


「その狩猟民族が何故今になって戦争を?」


 だが、彼らは力で五大種族に成り上がった身。さらに力を付ける為にクローブルの技術を仕入れていた立場。それを今になって排斥する理由とはなんなのだろうか?


「さぁ?……下っ端の私らにはよく分かんないね。大方、大戦で生き残った武闘派が勢力を強めた結果なんじゃない?こっちはいきなり攻撃を受けて以来ずっと厳戒態勢さ」

「理由が判らん分、厄介だな……停戦協定だとか会談すらも無かったのか?」

「ホントだったら穏健派大使が基地に来ているはずだった」

「だった、て事は……」


 リンはマックスが埋めている墓の一つを一瞥して、その手にある物を見せた。それは骨で作られた首飾り。あの小屋の死体の一つが着けていたものだった。


「今はあそこさ」


 その一言で状況が悪化しかしていない事を物語っていた。


「他に護衛は?たった二人だけな筈が無いだろう」

「多分どっかの土の下、少なくとも十人以上は」


 ことごとく、望みの綱が引きちぎられるように解決策が無くなっていく。

 俺はその首飾りを見つめ嘆くように呟いく。


「同族の筈だろうに、何が目的でそこまでして殺そうとするんだ……」

「文化が違うんだ。噓が嫌いな癖に敵だと判断すればどこまでも残酷。私らからすればそっちの方が蛮族だよ……」


 二人の間にため息が出たのち、深い沈黙が流れる。


「今から言うのは純粋な警告だよ。この島にはもう長居しない方がいい」

「悪いがそれは聞けない。俺の部隊は物資を必要としてる」


 リンは俺の返答に微笑んで答えた。


「そうかい、じゃあ聞きたい事はもう無い?それじゃあこっちは本部との通信と、隊への指示をして来るよ」


 向こうは戦力が欲しい、こっちは物質が欲しい。

 相手は帰らない事を選んだ。ならば必然的にやる事は当然決まっている。


「ああ」


 俺の返事を聞くとリンは木陰から離れ、墓を掘っていたマックスの所で今後の作戦を練り始めた。思わぬ味方が現れた事で先程まで暗かった向こうの雰囲気が一気に活気づいたようだ。


 俺は溜息混じりにそのまま木を背もたれに、その場に座り込んで考える。


 正直言ってもう船に帰りたかった。化物共相手なら単に物資と戦力の問題だが、人相手の戦いはかなり複雑だ。戦争前の大義名分にプロパガンダ、敵地への軍事工作、他組織との連携……上げ出せばキリが無い。取れる手段が多ければ多い程、どれか一つ怠れば隙を見つけた敵に容赦なく引っ搔き回される。


 こっちは戦力的に足りない物だらけだから求めてきたというのに戦力で支払わなければならないのか。


 そう言えば、ここ最近はずっとエーテルに頼り切った戦闘ばかりだ。予定よりもシリンダーの消耗が早い。このままだと次の補給の際に買ってもらえるかどうか……少なくとも使用を控えるようには絶対に言われる。


 船にライフルはあるが、正直俺の得意とする武器では無い。船にあるのはボルトアクション式の歩兵銃や将校用のピストルと言った大戦でよく使われたのをかき集めたものばかりで使えない訳ではないが、どちらかと言えば弾の方が少ない。


 そもそも俺は遠距離狙撃より中近距離での早撃ちを得意としていた為、結局愛用していたのはこのリボルバーと散弾銃だった。


 俺が大戦中に船上での戦闘は経験したことなかった上に散弾銃なんてものは、スペドの兵士に支給された物では無く俺が個人で持ち込んだ代物だった。


 それも捕虜になる前になくした俺の手元に残っているのは、愛用のリボルバーだけだった。


「はぁ……何か前払いをもらえりゃ良いんだが……」

「デイモン?」


 今後の装備に考えを巡らせていた時、声のした方へ顔を向けると俺が座り込んで休んでいた木の上、枝葉の隙間からライラが顔を出して覗いていた。


「なんだぁ?ライラ」

「情報収集が終わったなら来て。通信機の調子が悪いの」

「俺には爪も尻尾も無いんだぞ」


 気だるげにそう言うや否や、襟首に尻尾を巻き付けられ引き上げられ、木の枝の上に引き込まれた。


「うわぉ」


 視界が一瞬にして緑一色の木陰に変わり、間の抜けた適当な声が漏れる。

 ライラは俺を掴んだまま木を登り続け、木の上に飛び出す。


 爬族の尻尾と言うのは結構太い。トカゲの尻尾のように尾骶骨から発達したそれは、骨を中心に分厚い筋肉に覆われている。個人差もあるそうだが爬族の中で最も肉に覆われた部位で、鍛えれば人ひとり持ち上げるのは簡単らしい。


 あっという間に木の上に出てきた俺たちは、ジャングルの木々によって隠されていた空の下に出た。日はそろそろ沈んでいく綺麗な夕焼けの空の下、乾燥帯から涼しい風が湿気ったジャングルの上を通り過ぎる。汗の染みたシャツの隙間を通る風が湿りを連れ去っていく。暑さと疲労で疲れ切った頭の中までを冷やしてくれる風が非常に心地良い。


 そりゃあ、ライラは平気な訳だ。俺たちが暑さに苦しんでいる中、定期的に涼しい風に当たれるのだから。


「こんな涼しいとこがあるなら先に言ってくれよ」

「今は夕方だからそうなだけよ。昼間はたまにしか風吹いてないし」


 確かに言われてみれば今聞こえる木の葉が風に揺られるようなざわめきは、昼間の時には聞こえず、虫や鳥の鳴き声ばかりだった。それにその鳥たちも今は寝静まろうとしてるのか数を減らしているように思う。


 だがそれでもかなり変わってくるだろうに。

 そう言う視線をライラに向けるが、そんな彼女は大型通信機、正確には通信中継機の組み立てに四苦八苦しながら話している。


 俺たちが携帯している小型の無線機は近い範囲、最大二百メートルまでしか届かない。現場兵士間の通信だけならそれで良いのだろうが、距離の離れた司令部までとなると当然届かない。


 そのための通信中継機だ。スペドは巨大な本島とそれを囲む諸島で構成されている為、領海末端の基地から遠く離れた小さな無人島の島々までを繋ぎ、人が暮らすのには過酷な環境での仮拠点設営にも用いられる持ち運び式の通信中継器だ。これ一台で半径五キロメートル先にまでは無線機で通信が出来るようになる。


 今までの行軍で設置して来た中継器を介して船への通信を行おうとしているのだが、それを彼女は足場の悪い木の上で、手馴れていないということもあるだろうが上手い事組み立てられずにいた。


「貸せ」


 俺を呼ぶまでどうしたらいいのか分からなかったのだろう、固定三脚を上手いこと木に巻き付けて固定出来ているのに通信中継機そのもののアンテナやチューナーなどのパーツは全てバラバラのままだった。


 俺がそれを組み立てているのをしばらくジッと見ていたライラだったが、ふと口を開いた。


「疑問なんだけど、下であの人達、通信してるんだよね?」

「ん?ああ、そうだが」

「ということは近くに通信設備があるんだよね?」

「まぁ、普通に考えりゃ確かにそう言うことだろうな」


「つまり、中継器の組立てはしなくて……」

「いいわけあるか」

「え?なんで?」

「え?」

「え?」


 その発言にあまりにも驚いて手を止めてライラを見つめてしまっていた。

 見つめ返すライラの顔は純粋に何も分かっていないという顔で、時、ある事に気付いた。


「ああ……そう言えばお前は職業軍人じゃあ無かったな……そりゃ知らんか」

「む、悪かったね……素人で」

「気にするんじゃねぇよ、大事なのはこれから知ることだ」


 不服そうと言うか何というか、不機嫌な彼女をよそに話を続ける。


「まぁ、先に簡単に言うと回線が違う」

「回線?」

「ああ。国ごと、さらに言えば軍事用や民間用でも周波数も暗号化コードも違うから無線機を調整しないと送受信出来ん」

「じゃあ、そのコード教えてもらえばいいじゃん」

「おい、俺たちは今任務中かつここは元だが敵地だ。あいつらと同じ回線を使うと言う事は、当然向こうの会話を聞けるがこっちも聞かれるということ。なら無駄なリスクは避けて報告や連絡は専用の通信中継機を使う方が良い」

「それは、そうだけど……」


 そんなにこの組み立てが面倒なのだろうか、まだその声色は気だるげだった。


「そして何よりも大事なことだが……大佐達は俺たちの無線のコードしか知らんから結局受信出来んだろ」

「あ~……そっかぁ……」

「まぁ、諦めて見て覚えるしかないさ」

「だってさ~その装置配線とか専用のネジとか多過ぎるんだもん」


 面倒だったんだろう。頭を掻きながらうなだれる彼女は、それでもしっかりと俺の組み立てる手を見ていた。

 何だかんだ言って彼女は忍耐強い。どんなに不平不満があろうと、どんなに気に入らない事でも投げ出す事はなく最後までやり遂げようとする。


 そこが俺が彼女を気に入っている所の一つだ。


「よし、出来た」


 完成した中継機の周波数を合わせ無線機に呼びかける。


「こちら遠征隊。第六機目設置、吉報有り。繰り返す、吉報有り。どうぞ」

『こ…ら、パ……ツァー……感度悪…、調…求む、…うぞ』


 カトラスの声が返って来るも砂嵐が交じり聞き取りづらい。


「ライラ、調整を頼む」


 ライラが中継機のつまみを回し、中継機の位置をズラして位置を変える。そうして何度目かの呼びかけでようやく聞こえるようになった。


「どうだ?こちら捜索隊。オーバー?」

『よし、聞こえるぞ。こちらパンツァーシェル。ようやく聴こえるようになったぞ。それで?連絡があったって事はなにかしらあるんだろ?オーバー』

「マキシマムの下部組織と思わしき人間と接触、これから問題が無ければ彼らと共にシェルターに向かい交渉の段取りの予定だ」


『おお!思ってたよりかなり早いな!』

「ああ、たった一日で会えたのは運がいい。だが、問題はここは先住民と内戦状態で俺たちが兵士だってことだ」

『支払いは金だけじゃないってことか?』

「ああ、その可能性が高い。それと現在中継機の残り台数が少ない。特に彼らと行動を共にする為これ以上設置は難しいだろう。今後の報告は作戦通り非常事態、もしくは帰還時のみとする。オーバー」

『了解。まぁこの任務が終われば交渉自体はこっちの仕事なんだ。任務はあと半分!がんばれよ!返信不要!』


 カトラスが明るい口調で励まして連絡を切る。

 だがそれと対称的に、木の枝に腰掛けるライラの顔は暗い。


「どうした?何か不安なのか?」


 その横に俺も座り込み、尋ねる。

 日は既に沈みかけ、空は少しづつ星が見え始めていた。


「デイモンはどう思うの?」

「何がだ?」

「これから来るであろう仕事。きな臭くない?」


 彼女は胸元に架けていた天秤の描かれたペンダントを握りしめながら言う。彼女の不安は敵との戦闘にあるわけではない。


 彼女が居た国、ハーティス帝国はその国の名でもあるハーティス教と言う宗教が深く関わっている。

 彼女自身は敬虔けいけんな信者ではないものの、その教義は自己犠牲的な正義感や身を削る美徳、それへの返礼を欠かさない道徳心を強く押し出したものが多く、それに囲まれて育った彼女もまた似たような価値観なのだ。


 現状、俺たちの依頼主はマキシマムディアモルドで敵は原住民エルフ。発展国と植民地での紛争自体は珍しくも無い。

 これの何が問題かと言うと歴史上、発展国が植民地と戦うのは簡単に言ってしまえばそこの資源が欲しいからだ。本国に無い貴重な生物や鉱物を持ち帰り、あまつさえそこの住人すら労働力として連れて来る。


 発展国は資源確保の為に進軍し、原住民は抵抗するために戦う。それは支配された後でも変わらずあがき続ける事もあるだろう。


 今回は資源を取り扱う会社とそこの原住民、邪推するなと言う方が無理だ。


 だが、カニス共和国においてエルフは異例な事に発展国を追い返すことに成功した国だ。今更一体何の為にマキシマムを追い出そうとするのか?ライラはそこを疑問視しているのだろう。


 まぁ分からない事はさて置き、要するにライラの不安は自身の敵が正義の名の下に戦っていて依頼主が悪と知った場合、きっと戦う理由を見出せない。


「結局はなるようにしかならんだろう」

「そう、そうよね……」


 正直言って、俺たちスペド傭兵部隊は余所者だ。


 どっちが正しいだとか、間違っていると言う話では無い。利益を得る為には面倒事に巻き込まれるであろう事はもう考えなくても察してしまう。向こうがどんな要求を求められても我々は対価を求める傭兵。必要かつ可能ならばやる。それだけだ。


「辛いなら休め。交代くらいはしてやる」

「ありがと……」

「傭兵業をしている間は理想だとかは掲げない方がいい。その内潰れるぞ」

「……うん」


 しおらしく、顔を伏せてそれ以上喋らないライラに俺はそれ以上の言葉を出せなかった。夜の闇が近づいて来る。先の暗闇の不安が彼女の顔に影を射す。

 

 俺はきっと今も無表情で、どこを見てるか分からない胡乱な目なのだろうか?


 ライラから視線を外し、沈みゆく太陽を見ながら考える。


 それにしても、自分がこんな何に対しても無気力で冷徹な状態になったのは一体いつからだろうか。少なくとも前世ではここまででは無かった。


 子供の頃から娯楽に熱中し、親しい友人数人とふざけた遊びで笑い合い、好奇心で気になった大学の授業を選ぶ。時には熱い談議も交わした。こうして思い返せば楽しい事を基準に生きて来たものだ。

 それがこんなに変わったのはやはり、前世と比べても娯楽が減ったからだろうか?

 いや、それとも前世がちょっとした事も楽しむことが出来ない程に娯楽溢れる世界だったからこそ、俺は刹那的に生きていたのだろうか?


 俺は一体、どこで変わってしまったのだろうか?


「よし、帰還するぞ!お客さんを社長のとこへ連れてくんだ!」


 リンの声が下から聞こえてくる。その明るい声と裏腹に、俺たちは、二人は暗闇の中で深く考えこんでいた。

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