第10話 猟人の駆り


「そこの建物だ!そこに入ったぞ!」

「追え!」


 外からの怒号ははっきり聞こえる程近い。何人かの湿った土を踏むザクザクとした足音が響く。エーテルを打ち込んだ事による共鳴には、何人か結晶を持ち歩いてるのか音と共に小さな反応を六つ程感じる。打ち込んだエーテルによる感知には魔術師と変異生物らしき存在は感じない。


「おい!待て!撃つんじゃない!」


 そうファングが呼びかけるのも虚しく、ジャングルの木の陰で銃を構えているのか、窓から顔を出そうとした瞬間に数発の銃声が響きすぐに壁下に引っ込める。


「ライラ!お前なにしたんじゃ!やっこさん、ずいぶんお怒りじゃぞ!」

「えぇ!?何もしてないよ!?木の上で目が合ったらいきなり撃ってきたのよ!?」

「不味いな……エーテルを持ってる人間より足音が多い……」


 足音は今いる小屋の周辺を囲うように広がっていく。

 銃撃戦において相手の姿が視認できないのは非常に厄介だ。


 俺はエーテルによって大雑把に敵の配置を予想出来るが、それだけで攻撃するのは不確定要素が大きすぎる。エーテルの共鳴は壁などの障害物を透過して、第六感のような感覚でエーテルを感知する。


 壁から身を乗り出して撃ったとしても、相手が隠れていれば障害物に弾かれるし、装備も解らない為相手の武器もアーマーの硬さも不明。さらに言えばエーテルを持っていない人間の位置は当然分からないので奇襲を受けるリスクもある。 


 エーテルは万能では無い。今はただ様子を窺うしかない。


「出てきな!もう逃げ場は無いんだよ!」


 そう叫ぶ声は年若い女、二十代くらいだろうか?の声だった。


「そう思うならまず銃を下ろしてくれ。撃たれる事が分かって出る奴はいねぇだろ」

「男?訛りも奴らとは違う、誰だ?さっきの女は?」


 彼女の口ぶりは脅すような怒声から、慎重に警戒してるような言葉選びをするようにゆっくりとした口ぶりに変わった。


 その様子から隙を感じた俺は打ち込んだエーテルを、思考の加速に回す。それと同時にまだ治りきって無い神経の痛みが全身に響く。だがエーテルを長時間身体に留めて置くのは変異の危険がある。


「待て!何処の誰かも判らずに撃ったのか!?」

「基本、私たち以外のジャングルに居る奴は大体敵さ。どこに潜んでいるか判らないんだ神経質になるのも仕方ないだろう?」

「まぁ!賢い選択ではあるな!」

「ちょっと、デイモン!?」

「しっ!ライラ!今交渉中なんだ!静かにしてくれ!」


 暑さと悪臭の中で、緊張と痛みによって出る汗が、気味が悪い程冷え切っているようで気分が悪い。エーテルによる視界の鮮明さと透き通る感覚も相まって、余計に濃く感じる情報の不快さが神経をすり減らす。


 ライラの苛立ちも解らない訳じゃない。自分だって仲間が撃たれたのだ。憤りを憶えない訳がない。だが、それよりもここを切り抜けなければみんな仲良く虫の餌だ。


「さて、もう一度だけ言うね。なぜ私たちの拠点で何をしている?手を上げて出てこい!姿を見せて話し合おうじゃないか?」


 神経が張り詰めた感覚と言うのは無意識に筋肉が硬直して、ぎこちなく思うように動けない。痛みを紛らわす為に意識的にも全身に力が籠る。


「どうするの……デイモン」

「……取り敢えず俺とライラは出る、大尉はここでもしもの時に待機だ」

「あたしも!?」

「既に姿を見られてる以上、下手な真似は出来ん」

「とにかく、敵とは思われないようにするんじゃぞ……」


 ファングが窓の下に這って移動したのを確認した後、首元にスカーフを巻き付け魔法陣を隠してから、窓から両手を見えるように両手を上げた状態で姿を見せる。


「出るぞ、撃つんじゃないぞ」


 そう言いながら、立ち上がり窓越しに全身を見せる。小屋の外は土で薄汚れた軽装のバンダナで顔を隠した集団が何人か見える。

 ここの大陸のヒューマンは前世で言えば東南アジア系の顔立ちで少し肌黒い人が多く、獣人の方は少し毛深い犬や牛のような哺乳類系だけのようだ。


「これで満足か?」


 大戦時に使われていたボルトアクションライフルを構えて警戒する彼らの後ろの人族の女は、煙草を吹かしながら生まれつき細いだろう目をより一層鋭くする。他の彼らと違うのであろう雰囲気はリーダー格のそれだった。

 彼女は片手の拳銃を改造に改造を重ねたような、厳めしいマシンピストルを構えたまま尋ねてくる。


「奴らじゃない?何というか……随分とやる気の顔が出て来たね」

「なんだ?人違いか?ならもう行っていいか?」

「駄目だ!小屋の中からそのまま両手を上げて出てきな、女の方も」


 ライラも同じように両手を上げて出て来る。肩から掛けたサブマシンガンのベルトには触れないまま。


「こっちも違う……」

「さっきから奴らとか違うって、なんだって言うのよ?」

「黙ってろ!」


 ライラの呟きにすら過敏に反応する部下らしき彼らはの声には、震え上ずりから何処か焦りを感じる。何というか、一刻も早くこの場所から離れたいと言うようなかすような印象を受ける。


「二人の武器を取り上げろ。グリップには触らせるなよ」


 彼らのリーダーは随分と手馴れている。

 銃と言うのは非常に簡単に人を殺せる。この状況でも俺が直ぐに銃を抜いて撃てば一人か二人は道連れに出来るかもしれないほど。それをしないのは数人に囲まれ先に銃を構えられている状況では確実に先制を取られている以上、致命傷は避けられない。下手に刺激せずに交渉の余地を探すのが一番安全だ。


「ふーむ、どうしたものか……」


 ライラは、肩掛けベルトのサブマシンガンを取り上げられる中、俺に目配せをする。その目は冷酷な獲物を見る目だった。


 だが、俺はそれに首を横に振って否定する。今、俺のリボルバーを取り上げるこの震えた手で武器を取り上げる犬の獣人の首を掴み人質に出来ない事もない。だが、下手に動けばこちらの状況を悪くするだけ。仕掛けるのは今じゃない。


 様子を見るに彼らは何かに怯え、それは恐らく俺たちへの反応から人間相手、武装している人数から集団だろうか?少なくともライフルを持った人間がひぃ、ふぅ、みぃ……目に見える範囲とエーテルの感知では合計8人。これだけの人数と武装で一体ここで何をしている?


「あんたら、何処の誰だ?」


 こっちの心配を余所にリーダーらしき彼女が質問して来る。話を切り出すのはこのタイミングが良さそうだ。


「なぁ、お互いに状況を整理しようぜ。こちらだって訳が判らん」

「あん?」

「君たち、特に銃を構えるそちらさんは今随分と焦ってる。この腐臭を辿って来たら誰か居て、直ぐにここを囲うまでそう時間は掛からなかった。まるで何処に相手が逃げるか察しがついているようだった」

「ほう」

「だが、そこに居た奴は思っていた奴らと違っていた」

「それで?」


 やはり、好機。目に見えて高圧的態度だったのが、今や相手を探るため身を引いた受身ばかり。それならばこちらのする事は単純。


「自己紹介させて頂こう。元スペド王国軍兵長あらため現スペド傭兵部隊所属、デイモン・ストロングバード。こちらは同じくライラ・シミター。勘違いしないで頂きたいが俺たちは交渉、取引に来た」

「ちょっとデイモン!?」

「何でスペドの連中がここに!?」

「……何が目的だ?」


 三者三様にある者は驚き、または慎重に話を進める。俺がすることは変わらない。

この場の主導権を握り、この状況を有利に進める事。

 今回必要なことは、堂々とした態度で、そして我々が如何に友好的で誠実な存在か、何をすれば利害があるかを知ってもらうかを伝えることだ。


「見たところあんたらは野盗か何かと思ったが武装は戦前のライフルで、ある程度の統率は取れている。俺たちが身に着けてる物資の確認をしてる様子は無く、それよりも素性を知りたがった。つまり戦前からのここらの自警団か、もっと統率の取れた軍か警察のような組織の人間と思うのが俺の筋だ」


 ライラを右手で静止しながら話を進める。


「ならば素性と目的を明かし、敵では無い事を伝えるべきだと思っただけだ」

「じゃあ、あんたの後ろでする腐敗臭はなんだって言うんだ?」

「その前にそちらの素性を知りたい」

「それを知ってどうする?」

「もし、そちらが俺たちの目的の組織の人間なら話せることが増える」

「駄目だ。それで?返答は?」

「分からん、俺らもそれが気になってここに来た」

「ふーむ?つまりなに?私たちはみんな魅かれるように死体の臭いに釣られた訳ね」

「そのようだな」

「ふーむ……マックス、バイソン、二人を拘束しろ。ケリーは私と仏の確認だ」


 顔をバンダナで隠した犬の獣人と牛の獣人に見張りを命じた後、そう言って俺の後ろの小屋まで歩いていく。


 不味い、中には大尉がまだ居る。自分たちが捕まるのはまだいい。少なくとも大尉が隠れられるような場所はあの建物内には無い。なんとか気を逸らして大尉が逃げられるよう時間を稼がなければ!


 だが何を言えばいい?何を言えば彼女らの気を逸らせる!?


「なぁ、中の死体はまるで暗殺されたようだった」


 慎重に冷静を装いながらも質問を投げかける。


「それが?」


 突然の呼びかけに反応するが小屋へ進む足は止まらない。


「一人は矢で、もう一人は爆発か何か、もう一人は腐敗で分からんかったが少なくとも人の手で殺された」

「何が言いたい?」


 彼女は問いに相槌を打ちながらも、俺の横を通り過ぎたところで足を止める。

 本題を言わない俺にいじらしく思ったのだろう彼女は扉まであと数歩だった。


「弓矢を使い爆発物、狩人か何かが罪を犯して逃げたのだろうがそれにしては人数が多い。変異体でも狩りに行くみたいなロングレンジのライフルだらけだ。何をあんたらは追ってるんだ?」


 俺のその一言を聞いた時、リーダーの女はため息を吐いてこちらに初めて微笑んだ。


「その様子からするとホントに敵では無さそうだね」

「今ので判るのか?」

「そりゃ、知ってたらそんなことは言えないからね。ヒューマン、エルフ……あとは何人かのドワーフと何種類かの獣人たち。それが今この大陸に種族だ。今、ここの情勢は原住民エルフとその他の二つの勢力で戦争中だからさ」

「つまり……エルフとの戦争をする為のその武装なの?」

「ええ、最初はエルフが雇った傭兵かなんかだと思ったけど、それなら」

「俺たちが噓を言ってる可能性は?」

「有り得ない……と言うわけじゃ無いけど、奴らは基本的に噓を好まない狩猟民族。ホントにそうならここに来る前に殺されてるよ」


 そこで断言までする当たり彼女の言う奴らとは随分清廉潔白な思想を持つのだろう。


「それにあんたが大事な任務であるように私たちも大事な任務なのさ」


 そう言って、リーダーの彼女は小屋の扉に手を伸ばす。

 しまった忘れていた。だが、ある程度の信頼を得れたのだからファングの事は隠す必要はもう無い。


「待て!」


 続けてその中に自分の仲間がいる事を伝えようとした時、ジャングルの向こう、俺の後ろの方角から木々を渡る何者かの気配を見た。


「六時の方向、誰か来るぞ!」

「何?なんで分かる?」

「俺は魔術師だ!」


 そう俺が叫ぶと同時に、木の葉から飛び出した影は真っ先に俺の頭部目掛け矢を放つ。咄嗟にエーテルを一気に消費し、腰のナイフを引き抜き弾くが治りきってない神経が痛む。


 辛うじて見える視界の先、建物の屋根に降りったのは細い身体に全身刺青、爪や牙をあしらった民族衣装、尖った耳、目の下と鼻、顎の輪郭を隠すようなフェイスペイント。それらの装飾は古来の戦闘部族が着けるウォーペイントと呼ぶにふさわしい太古の装いをしたその姿は、まさしく小屋の死体で見たエルフにそっくりだった。


 視界は歪んでいるのにエーテルの共鳴にはハッキリとその入れ墨に沿って輝く紫色のそれがよく分かる。


 こいつは魔術師だ。


「総員戦闘態勢!」


 リーダーの号令と同時に発砲音が鳴り響き、エルフは人の身体能力では有り得ない程の跳躍によって俺たちの何倍もある木々の葉の中へ飛び込み姿が消える。風で揺れる枝葉の音が我々の頭上で何度もこだまし、奴が何処へ隠れたかを不鮮明にする。


 それと同時にその風音が耳を切る程に大きくなり、爆発でもあったのかと思うほどの豪風が靡き俺たち全員を吹き飛ばす。


「なぁ!?」


 ジャングルの木々にぶつかるまで何処か吹き飛ばされる。

 起き上がった時にはあちこちから銃声が鳴り響き、その中には悲鳴も混じる。

 

「一塊になれ!散開すると一人一人やられるぞ!早く建物に隠れろ!」


 強制的なジャングルでのゲリラ戦、見る限りでは奴が弓を放つ度に悲鳴が聞こえる。でたらめに発砲音する彼らは恐らく、そう長く持たないだろう。

 敵は一人、俺には見えるが手元に銃は無い。ナイフ一本では分が悪い。だが、それでも彼らは貴重な手掛かり。このまま殺させる訳には行かない。


 急いで走り建物の前に戻った時には、上空に向けて発砲する牛の獣人の頭上から、華麗に跳び降りながら襲撃者のエルフが飛びかかり首にナイフを突き立てた。重力落下の力をそのまま押し付け、その死体をクッションにする優雅な上空からの死デス・フロム・アバブ


 奴の足元には他数人に矢が何本も突き刺さり、早く治療しなければ長くは持たないだろう。


 手慣れた手捌きでえぐり抜くようにナイフ捻りながら引き抜き、だがその顔は俺がここに辿り着いく前からこちらの方を向いていた。


「貴様、余所者だな?」


 戦士のような低く勇ましい単調な声には、今にも射て殺さんとする冷たさ俺の肌を刺激する。


「何故、彼らを殺した?」

「ここは我らの土地、部外者は出ていけ」


 それだけ言うと、突然その手で拭っていた血で汚れたナイフを投げつけてくる。難なく回避するも俺の背後から不自然な突風が吹く。嫌な予感が頭をよぎった瞬間、反射的身を屈める。


 既に過ぎ去ったはずのナイフが再び俺の頭上を掠め、奴の手元にブーメランのように戻っていた。直線状のナイフであるはずなのに、ブーメランとして使えそうな形状では一切ない。


「問答無用かよ……」

「ふむ……避けるか。手馴れている。お前も戦士なのか?」

「……敵なら、殺す。それだけだ」


 俺のナイフを力なく握り締め、脱力から最速の一撃の為に構える。


 一撃。一撃で決めなければ次の瞬間には死だ。だが魔術での痛みはもう、身体を強張らせ無ければ動かすの難しい。身体が動かないのに無理やり電流で筋肉を動かし、また動けなくなる悪循環。


 全身から吹き出る悪寒の汗が、奴にこちらの不利を覚れないように威勢よく振る舞うのが今のやっとだった。


「くたばりゃぁ!」


 その時、金属製のアルティンヘルメットをつけたファングが扉から飛び出し突撃して来る。投げつけられたナイフは装甲に弾かれそのまま突進を続ける。


 俺の方に。


「ほぎゃぁ!?」

「デイモン!そいつを使え!」


 まさかのフレンドリーファイアにまともに受身が取れなかった俺に気を向ける事無く、足元に拳銃を投げ渡しエルフに向けてマシンガンを掃射する。 


 奴は再び跳躍し木々の中に隠れ、あらぬ方向から矢が飛んでくるが全て弾かれていく。


「その程度でワシの装甲を貫けると思うたか!」

「大尉!真上だ!」


 俺が声を掛けた時、上空から再び重力加速度と全体重を掛けた一点特化の一撃。金属製の装甲を貫通しうる優雅な上空からの死デス・フロム・アバブがファングを襲う。


 ファングが俺たち遊撃隊に選出される理由はその重厚な装甲に高火力のマシンガン、継戦能力を高める応急手当。そして何よりその巨体から放たれる変異体の突進を受け止めるその格闘術。


 アルティンヘルメットのバイザーからはみ出す牙に因んで”牙重戦車ヘビーファング”。

 それが世界大戦時にファングにつけられた二つ名だった。


 上空からの襲撃を物ともせず、足首を掴んだ地面への叩き付け。

 風を味方に付けた戦士であろうと、全てを正面からねじ伏せるその純粋なパワーの前に意味は無かった。


 エルフの体がバウンドし、そのままの勢いで風に攫われてジャングル奥へ姿が見えなくなる。


「待て!」


 地面に転がったリボルバーで狙い撃つが、奴の姿が飛び立つ速度の方が速い。

 結局、一発も当たらず逃げ出られてしまった。


「野郎、不利を覚った瞬間逃げおったぞ」

「これグリップがベタつくぞ……死体の奴かよ……」

「奴が私達が追ってたエルフの一人さ。それで?そちらさんは誰?」


 ジャングルの奥地から先ほどの隊のリーダーがライラに肩を借りながら、部下の犬の獣人と共に姿を表す。


「あー……紹介が遅れた、彼はサーベル・ファング大尉。もしもの時に備えて隠れて貰っていた。紹介のタイミングが無かったとだけは言わせてくれ……」


 地に倒れながらそう言う。起き上がるのも今はつらい。


「はぁ……マックス、なぜ気づかなかった」


 落胆の混じるリーダーの問いかけに、犬の獣人は声を震わせて言った。


「リーダー……知ってるでしょうに。あっしは花粉症なんです!ジャングルの中でこんな悪臭、もう耐えられない!へぁっくしゅん!」

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