女子高生探偵のライフハック〜私に彼氏ができない謎〜

薔薇

第1話


 春香に彼氏ができたと聞いたとき、私は危うく爆発しかけた。内蔵から吹き飛ぶほどの衝撃が全身に走り、心臓がドドスコ、ドドスコと、強く鳴るのを感じて、「なんで春香に彼氏が」「こいつに惚れる男なんかいるわけがない」――そんな言葉が、頭の中をぐるぐる駆け巡った。


 高校の入学式を終えたのが2週間前。別々の高校に進学した私と春香は、お互いの学校生活を報告し合うために、久々に太陽公園に来ていた。季節は春。夜はまだ肌寒くて、公園には私たちのほかには誰もいなかった。


 私も春香も、わざわざ制服姿で集まったのは、お互いの女子高生姿を見せ合うためだ。春香はブレザーに、青いチェックのリボンと無地のスカート。私もブレザーだけど、リボンは赤、スカートは緑のチェック。公立高校の私のほうが、私立っぽくて可愛い制服だと思う。そういう話を今日はしようと思っていたのに。


「隣のクラスの男子でね、シンヤって言うの。入学したときから、なぜか私、気に入られちゃってさ。休みのたびに、わざわざうちのクラスまで話に来て。そしたらもう、わかるじゃん。ああ、私のこと好きなんだなって。それで」

「告白されたの?」

「うん」

「高校入学して、まだ一ヶ月も経ってないのに? そんなことある?」

「そんなこと言われてもさ。お互いにビビっと来ちゃったんだもん」


 何がビビッとだ。カピパラみたいな顔で松田聖子と同じようなこと言いやがって。


「写真見せてよ」

「まだ撮ってないよ。撮ったら見せる」

「絶対だからね」

「雅は? 誰かいい人いないの?」


 なぜ、女は、自分に恋人ができると、急に上から目線になるのだろうか。何が腹が立つって、春香が、私を格下認定したということだ。はじめての彼氏に浮かれる春香と、彼氏どころか一度も恋をしたことのない私の間には、K2よりも高い山がそびえ立っている。


 春香は、私の幼なじみで、幼稚園から中学校までずっと一緒だった。高校は別々になってしまったけど、家が近所なので、学校が終わったあとに、こうしてよく会っていた。幼なじみだから、春香の良いところを私はよく知っている。短気で乱暴者だ。


 小学校の頃は、クラスのリーダー格で、とにかく声が大きかった。ぽっちゃり体型だった春香を、「デブ」と言ってからかう男子を、返り討ちにして、放課後、親同士で話し合いがもたれた。


 5、6年生で反抗期を迎えたとき、春香は、矛先を家庭ではなく、学校に向けた。先陣を切って学級崩壊を起こしたのだ。社会の授業中、唐突に吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』を朗々と歌い出したときには、友達ながらに引いた。担任も何を思ったのか、たっぷりフルコーラス歌い切らせてから、「このクラスには酔っ払いがいますね」とポツリと告げるだけで終わらせたのだから、本当に関わりたくない生徒だったんだと思う。私も、この頃の春香は本当に頭がおかしいと思っていた。


 中学校に上がる頃には、さすがにおかしな言動はおさまっていたが、今度は女子の悪いところを、ギュッと集めて煮込んだ鍋を前にして、歌い踊る姿をTik Tokにアップするようなモンスターになった。


 気になる男子に好きな子がいるとわかると、春香は相手の女の子に執拗に絡んだ。「あの子のどこがいいんだろう。全然可愛くないよね」と言う、春香の顔は醜く歪んでいて、「ああ、こんな女にだけはなるまい」と、私は心の中で固く誓った。


 春香の良いところは、挙げればきりがないので、このくらいにしておくが、とにかく、何が言いたいかと言うと、春香に惚れる男など、この世にいるはずない、いていいはずがないのだ。


 しかし、そこまで考えてピンと来た。そうか、そういうことだったのね。かわいそうな春香。


「あのさ。あんた、からかわれてるよ」

「は?」


 私はシンヤの思考をトレースする。一度も会ったことはないけれど、春香を彼女にするような男の考えることなんか、手に取るようにわかる。


「シンヤはさ、中学時代、とんでもなくモテなかったんだよ。だから高校では絶対に彼女を作ろうっていう並々ならぬ思いがあったわけ。入学してすぐに、シンヤはクラスを端から巡ったの。すぐに付き合えそうなギラギラした女はいないかなって。そこで白羽の矢が立ったのが春香だよ」

「あんたのその、思い込みですべてを知ったように話すクセ、本当にやめたほうがいいよ」

「思い込みじゃないよ。シンヤの心を読んだんだよ」

「高校で失敗したくなければ、すぐに改めることだよ。私は忠告したからね」


 ピシャリと言って春香は「はぁ〜」と大げさにため息をついた。その顔は笑っていた。


「雅には、まだわかんないかもね。恋がどんなものか」


 今すぐこいつを砂場に埋めてあげたい。親切心からそう思った。幼なじみがこれ以上、生き恥を晒す前に、私ができることといったら、息の根を止めてあげることくらいだ。


「今度、雅にも紹介するよ。シンヤもあんたに会いたいって言ってたし」


 付き合ってたった3日なのに、もう私のことを話しているのかと、ゲンナリした。どうせろくでもない話しに決まっている。でも、春香の彼氏(だと本人は思っているけど、多分違う)がどんな男なのかは、正直興味があった。

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女子高生探偵のライフハック〜私に彼氏ができない謎〜 薔薇 @rose39

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