酩酊。鏡を吐瀉

小玉空

酩酊。鏡を吐瀉

 乱雑に物が置かれた部屋の中の布団が蠢き、男が起き上がった。随分気分の悪い目覚めだったらしく苦しそうな声を出して窓の外を眺めるともう日が沈んでいた。部屋を出て階段を下りて洗面所で顔を洗ったが男の顔は酷いものだった。そんなこと気にも留めないような足取りでリビングへと向かった。両親はまだ帰ってきていないようで仄暗い部屋と静けさが男の心を苦しめた。おもむろにテレビをつけ水を飲んでぼーっと一点を見つめる男から生気を微塵も感じない。それから何分経っただろうか。控えめなテレビの音にスマホの通知音が混じり男はそれを確認した。

「今日さみんなで飲まない?」

”底辺たち”というグループ名から達也がそんなことを送ってきた。

「いいね。」

「賛成。」

彰と俊光が順に同意のメッセージを送り、男も同意した。

「じゃあ啓介買い物よろ。」

男の名は啓介という。高校一年生で不登校だ。

「ひとりつらい。」

「しゃーねー俺も行ってやる。」

「達也ないす。」

男は動き出した。


 無精ひげをそって服を着ていたらチャイムがなった。無論居たのは達也だ。

「よっ。」

「行くか。」

歩き出した。

「啓介今日は何してたの?」

「寝てた。」

「寝てたってもう18時だぜ。相変わらず生活バランス崩壊してるな。」

「そういうお前さんは何してたんだよ。」

「俺は今日学校だぜ。」

達也は通信制高校に通っている。志望校に受からず仕方なく私立に通っていたが限界が来て今は週2で通信に通っているというわけだ。そんなこんなでつまらないが落ち着く話をしていたら近くのコンビニに着いた。

「なんでもいい?」

「うん。つまみもね。」

啓介がコンビニに入った。いつもの四人で身長が高いのは啓介しかいないので啓介はいつも買い物係だった。かごをとって陳列された酒を眺める。そこから適当にかごの中にいれてつまみも適当に買った。店員はいつもどうり気だるげな対応だった。彰の家に向かう途中に買ったものを確認するとビール1本、ハイボール2本、レモンサワー3本、カップ日本酒1本、瓶の焼酎1本にポテチ、チータラ、さきいか、柿の種だった。もう何回飲み会を開催しているか分からないくらいなので何となくみんなが好きそうなものを本能的に選んでいた。二人とも会話の種がなくなってきてうつむいてた。仲が悪いというわけではなく仲が良いからこそであった。なんせこの底辺たちは小学校からの友人である。昔は喧嘩こそしたものの今となっては笑い話で、沈黙の間も心地よい。彰の家は目前だった。


 チャイムを鳴らすと彰の母がでて明るい笑顔をしていらっしゃいと一言。おじゃましますと二つの声が重なって入る。

「達也君もう家の前で吐かないでよ。前もカラスが啄んでて朝から笑っちゃったわ。」

彰の母は明るくて優しい。ほめるところはたくさんあるだろうがみんなそんな印象しかもっていない。不満を言っているのに笑っていて二人は似合わない笑顔をした。階段を上ると彰はもちろんの事俊光もいた。彰は俺と同じ高校にいたが内気な啓介にちょっかいをかけた男二人を喧嘩でぼこぼこにして辞めた。今は父の現場仕事に同伴しているので彰は作業着を着ていた。俊光は頭が悪いが一人別の高校で頑張っているが欠席が多く一年生をだぶる寸前であった。彰はスマホを見るのを辞め、俊光は漫画を読むのを辞めて各々挨拶を交わして買ってきたものを全部出した。

「それじゃ、この底辺たちを潤す酒を。乾杯!」

彰がそういってみんなで乾杯したあともっとましなこと言えないのかよと達也が笑い交じりでいった。啓介はビールを、達也はレモンサワーを、彰は焼酎をストレートで、俊光はハイボールをそれぞれ飲んだ。キンキンのビールが喉を流れて幸福感に溺れる。皆でカァーっと声をだし各々雑談を始めた。話す内容は今か過去の話だ。未来の話は出てこない。皆嫌いなのだ。ここにいる誰もが過去に戻りたがっている。叶わないとわかっていても歯磨きみたいな日常の習慣みたいに毎日それを願っている。それは滅法辛いことであった。だから話している。


 少し時間がたって彰の母が生姜焼きを持ってきた。四人はそれにがっついてこれこれと皆で言い合う。なんと幸せな時間だ。でもこれが逃避だということもみんな気付いていた。一区切りついて彰が煙草を咥えだしてベランダの窓を開けた。啓介と達也は俺も俺もと煙草を貰ったが俊光は煙草嫌いなのでベランダに並ぶだけだった。皆でベランダに座って煙草に火をつけた。誰も上は見ていなかった。お前らと吸うたばこが一番うまいと彰がこぼした。三人はただ笑うだけだった。アルコールも入って煙草も久しいので啓介は立つとくらくらしていた。飲み会はまだまだ続いた。


 酒とつまみが順繰りになくなった。みんな大分酔ってご満悦になり、まともに言葉を話す奴はいなかった。啓介が眠りにつこうと思ったその時、俊光が嗚咽して走り出した。残りはあへあへ言いながら後を追いかけた。俊光以外千鳥足で階段の途中で最後尾の彰が転んで滑り落ちた。それに巻き込まれた啓介と達也も転げ落ちて三人の痛いやらいてぇやら叫び声がないまぜになって彰の家に響く。俊光はトイレに向かったらしいが先客がいて方向をがらりと変え玄関に向かった。頭を打った啓介は朦朧とする意識の中俊光を追った。外に出ると冬の寒風が襲い掛かってきたがそんなことも気にならないぐらいすぐ近くの道路で俊光はゲロを吐いた。俊光に近づいて背中をさすってやったがあまりにも嘔吐した量が多く音と臭いで啓介も嗚咽してやがて吐いた。達也と彰もやってきておいおい大丈夫かと二人そろって近づいたがやはりゲロの量が多いのか比較的酒に強い二人も吐いてしまった。汚い音と汚いものが大量にぶちまかれ四人は大笑いした。寂しい夜をにぎやかにする笑い声は、冬の風の音なんかではかき消せなかった。ひとしきり笑って涙を指で拭うと嘔吐物がキラキラ輝いているのが見えた。皆でゲロを眺めていると俊光は

「星だ。」

と呟いた。皆で一斉に上を見た。言うまでもなく揚々と輝く星がそこにあった。四人は見惚れて誰も俯こうとは思わなかった。四人は座り込んだ。再びゲロをみて啓介は未来の話をした。みな親身になって聞いてそれぞれが未来の話をした。四人だけの秘密の話だった。


 あれから数年が経って大人になった。皆が別々の道を歩き始めて抗い始めた。だが飲み会は今も行ってる。四人は決して夜空に浮かぶ星などではなかった。どちらかというと汚いゲロの中で輝く星であった。しかし四人は光栄だった。あの星はどんな夜空よりも輝いていたのだ。

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