第7話 新しい明日の始まり

 俺は、この場所にいることで、正人と共通点が見いだせる気がした。

 いくら離れて住んでいても、俺には正人が必要であり、正人の将来が心配でしようがない。

 正人は優等生であるが、苦労知らずの分だけ、メンタルが弱く逆境には弱いのではないかとふと心配することがある。

 もう少ししたら、正人と青少年問題について話し合ってみたい。

 若い正人と話すことにより、俺自身も世間勉強になるはずである。


 スマホのベルが鳴った。

 元妻の律子からだった。

「もしもしあなた。正人に料理とか裁縫とかを教えてるの? 

 最近、正人がおかんの負担にならないようにと、料理を始めたり、ボタン付けやほころびを縫ったりするようになったのよ。

 なんと煮物のときは、酢と炭酸水を入れて炊いてるのよ。そうすれば柔らかくなるし、腐りにくくなるって」

「えっ、俺は特別に教えたことなんてないよ。しかし小さいとき、見よう見まねで覚えたんじゃないかな?」

 血は争えないとはよく言ったものだ。

 しかし、正人が律子がいたわり、律子の力になろうとしている事実に、正人の成長を感じ、孝行息子をもったことがちょっぴり誇らしかった。


 俺は、雑用とはいえ、現在の仕事も板についてきた。

 運送会社の世話係、まあいえば縁の下の力持ちという地味な仕事ではあるが、本格的に取り組み、会社で必要とされるようにしよう。

 織田信長の家来であった豊臣秀吉も、最初は草履取りから始まったという。

 なんでも、主君である織田信長の冷たくなった草履をふところで温め、肌触りのいい状態で織田信長の足元に置いたという。

 まかない料理も、掃除も必要とされるように創意工夫してみよう。

 この人がいなければ、会社が回らないと言われるまでに貢献してみよう。

 

 今まで俺の人生の半分以上は、金銭を稼ぐことしか考えていなかった。

 働いて出世して家庭に金銭を入れ、何不自由のない生活を送る。

 それこそが、幸せの道だと思っていた矢先、妻の律子から愛想をつかされてしまった。まあ、無理もないかもしれない。俺はバブル時代は、クラブのホステスに金を費やしていて、それを律子からは浮気とみなされたのだから。

 自分のために生きるより、他人のために生きてみよう。

 自分にこだわって生きていると息苦しくなるが、他人のためだと相手の成長が嬉しい。

 もう四捨五入すると五十歳になるが、これが俺の第二の人生のスタートラインだと、俺は張り切っていた。

 そしてそれが、正人の生き方に良い影響を与えるはずだと、父親としての甘い期待に浸りながら、新しいおかずを創意工夫していた。


 END

 


 

 

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☆どんでん返し すどう零 @kisamatuma

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