第6話 なんと正人のクラスメートが睡眠薬中毒
そこに暴走族風のヤンキー風少年が、乱暴なドアの音を立てて入ってきた。
「オイ、沢木のおっさん、俺の親にちくりあがったなあ」
目つきがトロンとして、一目で薬物中毒者であるということがすぐわかる。
沢木は冷静に対応した。
「別に僕がちくらなくても、いずれはわかることだよ。隠していたもので、あらわにされないものはないんだ。そんなことよりも、君は自分が立ち直ることを考えた方がいい」
沢木の意見は、正論である。
多分、少年はシンナーでもやってるんだろうか。目つきがうつろで、唇が渇いている。少年はいきなり、椅子を持ち上げて、振り回すポーズをした。
「やめなさい」
沢木裕花が、後ろから少年の腕をつかんだ。
「こらーっ」
少年の目は吊り上がり、呪うような形相で裕花をにらみつけた。
「くそ婆あ、早く死ねよ」
わけのわからぬことを叫びながら、少年は店から出て行った。
俺は、目の前でとてつのない光景を見てしまい、しばらくポカンとしていた。
息子の正人が、ああなったら俺はどう対処したらいいんだろうか。
そんな不安が、俺の胸を締め付けた。
正人は、まさか麻薬などに手を出していないだろうな。
なんでも、麻薬をすると一般人間に、一日三時間しか与えられない集中力が二十四時間持続するという。
だから、受験勉強にはもってこいなどと考える不埒な野郎もいるくらいだ。
だいたい、正人くらいの年代は、友人がやることを自分だけ参加しなかったら、仲間外れになるのが怖くて、いやいやながらも実行するという。
そんなとき、なんと正人がレトロ喫茶 東雲(しののめ)に入ってきた。
「沢木さん、すいません。俺のクラスメートがとんでもない失礼なことをしたそうで。申し訳ありません」
沢木に軽く頭を下げる正人に、沢木は驚嘆したように言った。
「えっ、あの子、正人のクラスメートだったのか。しかしあまり慣れた感じはせず、初犯かもしれないな。しかし、正人の通っている高校といえば、上から二番目の進学校じゃないか。残念なことだな」
正人は、済まなさそうに言った。
「あいつ、本当は悪い奴じゃないんです。気が小さくて、人見知りで、コミュニケーションが苦手で。クラスのグループ学習に合わなくて、厄介払いされてる奴なんですよ」
「なるほど。いじめに近い仕打ちを受けてたんだな」
沢木は納得したかのように言った。
「それで自分を変えようと思って、あんなものなんかに手を出したんですよ」
「あんなものって、大麻か?」
「違いますよ。外国製の睡眠薬ですよ」
「アメリカやオランダ、メキシコではそういったものが多いらしいが、麻薬的な成分を含んでいるものが非常に多いから、服用しない方が身のためだぞ。
植物のなかでもマジックマッシュルームと呼ばれている笑いきのこや、走りどころといって、飲んだ途端に走りたくなるという麻薬的な成分を含むものがあるから、まあ、青果店で売ってる野菜しか食べちゃだめだぞ。
あっ、それとふぐにも毒があるから、白子はいいけどそれいがいはダメだぞ」
正人は、びっくりしながらも、神妙にうなづいた。
「あっ、親父じゃないか。でもなぜここがわかったんだ」
「いや、口コミで聞いて訪れたんだ。正人、お前こそどうしてここに?」
正人は胸を張って答えた。
「俺は、沢木さんと一緒に青少年活動に取り組んでるんだ。
俺も含めて、人間ってちょっとしたことで、とんでもない方向に走ったりするだろう。実は俺、脅されてたんだ」
「あの、トライとかいうパソコンの仕事を装った詐欺集団か」
「その通り、俺が歩いてると、急にいかつい男が俺を後ろから羽交い絞めにして、マンションの一室に連れて行って、お前なめた真似するなよ。クラスメートを紹介してこいと俺を脅したんだ」
「なるほど。見せしめというわけか」
「俺は、犠牲者は俺一人で充分だと思ったので、振り払って逃げ出したんだ。
でも、それから一週間くらいは怖くて眠れなかった」
全く正人のような平凡な高校生が、アウトローまがいの人間に狙われる時代である。
すると、制服を着た女子高生が入って来た。
正人は思わず「あっ、お前、中田ゆりじゃないか。どうしたんだ」
中田ゆりは話し始めた。
「ねえ、聞いてよ。私、中学のとき、不登校だった子から急に電話がかかってきて、カフェの面接にいくからついていってくれないかなという誘いに乗って行ったら、なんと繁華街にあるガールズバーだったのよ。その時点で逃げ出しちゃったけど、なんでも働いたらもう辞められなくなるらしいわ」
正人が返答した。
「もしかして、客の売掛金を回収させられるためかもしれないな。だって、昔関西芸人黒〇が、ガールズバーで水割り8杯25万円を要求され、暴力をふるい逮捕され、それから二年くらい活動休止していたものな」
中田ゆりはそれに答えた。
「そうかあ。客の売掛金回収というとまるでホストみたいね。まあ、ホストの場合は、飛ぶなんていって行方不明になっているという話を聞いたことがあるわ」
「まあ、なにごともなくてよかったな。しかし、俺たち平凡な高校生の身近でこんな事件が起こるとは、これからの時代うかうかしてられないな」
「こういう場所にきて、沢木さんの話を聞くと社会勉強になるし、いろんな人を見ることで、人を見る目が養えるかもね」
いきなり中田ゆりは、俺を見るなり挨拶した。
「わあ、久しぶりですね。ほら、あの時、定期入れを拾って頂いて以来です」
ああ、そういえば思い出した。一か月前、駅のプラットフォームで俺は、ピンクの定期入れを拾い、改札口まで追いかけたのだった。
「ああ、そういえばあのときの。何事もなくてよかったですね」
全く世の中って狭い。どこで知り合いと出会うかわからない。
人って見られてないようで、誰かに看視されてるのかもしれない。
俺は疑問に思ったことを、中田ゆりに聞いてみた。
「あのとき、なぜ僕のことを『お父さん、待ってました』なんて言ったんですか?」
中田ゆりは、少々困惑気味に答えた。
「ああ、あのとき昔の彼氏に追いかけられそうになっていたんですよ。
でも、お父さんといえば、彼も逃げていきました」
愛が未練に、未練がストーカーに変わるのはよくある話である。
じゃあ、俺は人助けをしたというわけか。
正人が口を挟んだ。
「俺の親父が、世話をしたようで。まあ、昔からおせっかいなところがあるからな。これからもよろしく」
「正人君は、素晴らしいお父様をもって幸せね。こちらこそよろしくね」
正人は、ちょっぴり誇らしい気分になった。
俺は、沢木さんにお礼を言うのを忘れるところだった。
「私の監督不行き届きとはいえ、正人を救って頂いてありがとうございます。
小さいときから、一人っ子で世間知らずで育ってきたもので、少々さびしがり屋のところが気になっていたんですけどね」
沢木は、苦笑いしながら言った。
「でも、正人君は勉強好きないい子ですよ。もっとも私は優等生とは程遠い世界にいましたがね」
沢木の表情はどう見ても温厚であり、アウトロー独特のいかつい顔つきでは決してなく、アウトローの匂いはどこからも感じられない。
新聞で読んだが、本当のこの人がアウトローだったのだろうか?
「私は過去を隠し立てするつもりはありません。
しかし、アウトローの過去があったから、逆にそれを活かして、今青少年活動に取り組むことができるのですからね」
人生には、無駄なものはひとつもないというが、すべての人が沢木のように、過去を現在の糧として、生きていくことができたらと思った。
沢木が元アウトローかどうか確かめるために、昔の写真を見せてもらった。
顔立ちは変わらないが、表情はまるで別人である。
なにが沢木をこれだけ、変身させたのかは謎としか言いようがない。
機会があれば、聞いてみたいくらいである。
俺と正人は揃って沢木に頭を下げた。
「沢木さん、今日は有難うございました。
本当に有意義なお話でした。沢木さんのような人は、ひとつの救いですね」
沢木は答えた。
「実は私、クリスチャンなんですよ。イエスキリストが私の罪の身代わりとなって十字架に架かって下さった。だから今生きているのは、私自身というよりも、イエスキリストなんですよ」
うーん、よくわからない。そういえば、十字架は現在は、アクセサリー人気№1だというが、昔は処刑道具だったという。
しかし、いつまでも罪責感に悩まされるほど、精神衛生上に悪いことはない。
「どうせ、私などロクでもない人間。幸せになっていいんだろうか」と、過去を紅海する一方である。
沢木はきっぱりと言った。
「反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない。
この頃の親御さんは、少年鑑別所さえ入れとけば更生すると思っているが、それは大きな間違い。鑑別所仲間ができて、ワルの間でハクが付いたと言われ、ますます悪事を働いて今度は少年院行きですよ」
俺は答えた。
「ふんだんな小遣いで子守をするなんていちばんダメなパターンですね。
金があって自由があって、教育してくれる人は一人もいない。
まあ、私は正人にはダメなものはダメ。それが原因で友達が離れていってもいいじゃないか。休み時間は読書をし、昼休みはダッシュで図書室にいって勉強すればいいんだよと教えましたがね」
正人は答えた。
「そうだな。一見グループで親しそうにつきあっていても、陰では悪口を言い合ったり、仲間割れするケースもあるものな。一人で本を読んでいる時が、気楽だと思うこともあるよ。
実際、中学のとき仲間割れがきっかけで、三カ月間不登校になり、クラス替えのときはグループ全員を別のクラスにしたというケースもあったものな。
不登校になったのは、いわゆるやんちゃグループのボスだったが、その子曰く『私はグループの子に、ノート貸してとかボール取って来てとかといって命令していた。しかし、嫌なら嫌、ダメなものはダメとどうしてそのとき言ってくれなかったんだ。まあ、彼女曰く『勉強がダメで友達だけがすべてだったから、不登校になっちゃったんですね』
それから、クラス替えのとき、グループ全員バラバラの別のクラスにしたそうである。もちろん、彼女は元のグループの子とは接触をしなかったけどね。
ちなみに彼女は、今美容師をしていますよ」
沢木が言った。
「まあ、ハッピーエンドに終わったのかな。
学生時代の体験が、社会に出て役立ったらいいのにな。こういう場所にきて、若いうちに人を見る目を養うことは必要ですよ」
「そうですね。今日はいろんなことを学ばせて頂きました」
俺と正人は軽く頭を下げた。
俺はもう少しこの場所にいて、現在の青少年問題を知りたいと思った。
結局それが、正人を知る橋渡しとなるはずだ。
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