第5話 息子正人の友人は、なんと元アウトロー牧師の娘だった
「もしかして、結城正人君のお父様ですか? 覚えてらっしゃるでしょうか?」
紺のチェックのワンピースを着た、いかにも優等生風の女子高校生風が挨拶してきた。
しかし、誰だかさっぱり見当もつかない。
でも、正人の旧姓を持ち出すということは、正人の小学校時代の知り合いなのかもしれない。
「あのう、どちら様でしょうか?」
「お忘れになったでしょうねえ。私は、正人君の小学校五年のときのクラスメートで、沢木裕花といいます。沢木裕也は、私の父親です。私がアウトローの娘で孤立していたとき、庇ってくれたのは結城君だった。
今でも、遠足のとき、結城君にもらったおにぎりの味を覚えています」
そんなことがあったのか。俺は思わず尋ねてみた。
「俵型のおにぎりにおにぎりの具は、とろろこぶに玉ねぎの粉末のような入ってなかった? あれは、俺がつくったものなんだ」
裕花は答えた。
「ああ、そういえば玉ねぎの味がしましたね。もしかして玉ねぎ茶の元ですか?」
「そうだよ。よくわかったね。あとゴーヤ茶の元も入れたこともあったんだよ」
裕花は、なつかしそうに目を細めた。
「そこで私、お返しにバレンタインデーに、小さなハート型のチョコレートを渡しに、結城君の家に行ったんですよ。そのとき、出て来られたのが結城君のお父さんだった」
もう六年も昔の出来事であるが、その当時は、正人の家には友人が遊びに来ていたので、一人一人を思い出すわけにはいかなかった。
しかし、いかにもしっかりしたインテリ風の女子高生である。
「現在、正人と同じ高校三年ですね。ちなみにどこの高校へ通ってるんですか?」
沢木裕花は有名トップ進学校の名を口にした。
正人が第一志望にしていた高校名だが、あきらめざるを得なかった。
努力の結果だなあ。
「私は、勉強だけは公平な努力の結果だと思ってるんです。テストの点数の前には、男女差別もないし、親の職業も関係ないでしょう。
しかし、スポーツとなると、生まれつきの運動神経を問われることもあるし、ケガをしたらそれでおしまい。芸能や事業だと、いくら努力しても向き不向きがあるし、金もかかる。
でも勉強だけは、努力さえすれば誰でも結果は得られるんですよ」
なるほどなあ、アウトローの娘という逆境をバネにして頑張った結果だなあ。
「そういうこともあったんですか。まあ、正人は弱い者いじめだけはしてはならないと、幼少のときから教え込んできましたし、正義感は強かったなあ。
正人のことを覚えてて下さって幸いです」
俺は、自分の息子が人助けをしているのを知って、ちょっぴり誇らしかった。
「私、弁護士になりたいと思ってるんです。だから、今、司法試験を目指してるんです。幸い父はアウトローを辞めて五年たっているので、司法試験も問題なく受験できるんです」
裕花は、目を輝かして発言した。
「それは勇気ある決断ですね。でも政治家と弁護士は敵も多いし、相手がアウトローを呼んでくるということもないとは限りませんよ。
しかし、そのような危険も顧みず、AV強制出演に取り組んでいるテレビ顔出しの女性弁護士もいらっしゃいますがね。その功績として、前日までに電話やメールで出演を取り消せば、もう二千万近くもするという違約金やセットのバラシ代も払わなくて済んだんですよ。
あっ、脅かしちゃったかな。でも夢に向かって頑張って下さい。
ちなみに私も、昔宅建を通じて、法律を勉強していたこともあったんですよ」
裕花は、納得したように言った。
「あっ、私も宅建の資格持ってますよ。結構、競争率高かったですね。
その女性弁護士、私も報道番組で初めて見て以来、HPをいつも見てるんですよ。ずいぶん勇気のある方だなと感心しました」
俺はこういう強い意志をもった人にこそ、人生は開けてくるのではないかと痛感した。
沢木裕也は、アウトロー時代のことをカミングアウトしている。
広域暴力団の若頭補佐にまで上り詰めたが、一日三十万円も飲み代に使い、羽振りのいい生活を送っていたが、内部抗争に巻き込まれ殺されかかったこと。刺せば監獄、刺さねば地獄の日々を送り、なんと日本刀をもって追いかけられたこともあったという。
一年余り、全国を股にかけ逃亡生活をおくっていたが、三人の子供はカトリックの施設に預け、その間、沢木氏はひどい覚醒剤中毒であり、そのため長女である裕花さんは、就学が一年遅れているという。
沢木がカミングアウトすると、昔のアウトローの輩から脅しの電話があったが、神学校全員が祈ってくれたという。
また、奥さんもアパートにいるとき、昔のアウトローの輩に睡眠薬を嗅がされ車で拉致監禁されそうになったが、不思議と何事もなく済んだという。
沢木氏曰く「人は善に生きるか悪に生きるかどちらかなのです。しかし、イエスキリストのいる所には善があり、私たちはそれを拡大していかねばならない。
悪の為に死んで地獄に堕ちるなら、善の為に殺されて天国に行った方が本望です」
「さあ、今日お集りの皆さま方、今から一人百十円でおにぎりを販売します。
値段はちょっぴり中途半端だが、味は中途半端じゃなく美味しいよ。売り切れ御免ですよ」
沢木氏の奥さんが、漫才調で販売するおにぎりは、派手なつくりである。
おにぎりの表面に、タコの形をしたウインナーがはめ込んであったり、茶巾巻きのように、俵型のおにぎりが薄焼き卵で包まれている。
チープな価格でもあるので、あっという間に売り切れてしまった。
しかし、この「東雲(しののめ)」に訪れる親は、皆、深刻な悩みを抱えた人ばかりである。
我が子のドラッグの問題、現在少年院にいっている娘、鑑別所から出所してきたばかりの息子など・・・
なかには、アウトローになり、現在は親分の身代わりになり刑務所に服役中という深刻な悩みを抱える母親もいるが、格好は派手なラメ入りTシャツである。
その母親が、後悔したかのように言った。
「私は息子が中学時代、悪さをして職員室に呼び出されると、問答無用で即刻往復ビンタを食らわしたんですよ。そうすることで、教師は納得するだろうという世間体もありましたが、結局、私は息子の心より、世間体しか考えてなかったんですね」
俺が思うに、我が子の心の傷を無視し、恥をかかすようなことをしたから、母親不信になってぐれたんじゃないか。
俺は思わず、反論したいのをこらえていた。
「まったくこの頃の親は、馬鹿げるというか、完全なネグレスト、育児放棄が多いですよ。自分の子供をしつけようとはせず、少年鑑別所にさえ入れとけば更生すると信じてる、というより、しつける自信がないのかな。
鑑別所では、鑑別所仲間をつくり、出所したら更に新たな悪事をやらかし、少年院行きなんていうパターンが多いですよ」
なかば憤慨するような口調で、話かけてきたのは、俺と同年代の温厚そうな中年男である。
なんでも、子供二人が中学のとき大麻に手をだしたが、沢木のおかげで立ち直り、現在は通信制高校に通っているという。
俺は麻薬の恐ろしさは、四分の一世紀昔の高校のときから知っていた。
わがままの自己中心になり、身近な友人はみな離れていき、中毒者ばかりが集まり、より強い刺激を求めて覚醒剤へとはまっていく。
「麻薬やめますか。人間やめますか」という標語は、今や人権無視と言われ
「麻薬選びますか 人間にとどまりますか」の通りである。
女性の場合は、麻薬と売春とはつながっているので、即実刑だという。
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