第78話 エピローグ

 夏休み最後の日曜日。市民劇団の有志公演、最終日。


 客入れが始まり、市民ホールの舞台裏の照明は落とされている。コントロール席の手元照明だけが浮かび上がっていた。


 明里が壁際の床に座っていた。客入れが始まっているので、みんな静かにしている。明里も一人で座っている。

 俺は明里の隣に静かに座る。


 明里が俺を不安気に見てきた。

「緊張している?」

「うん」

「俺も」


「那智、キスしょうか。落ち着くと思うから」

「ごめん。俺、彼女いるから」

「何回もキスしたじゃん」

「リハでね。演技だから」

「那智、いつも演技してるのでしょ。彼女にだって」

「彼女に、彼氏の演技をするのはやめたんだ」


「じゃあ、もう期待できないんだね」

「ごめん」


「今だけでも、私の彼氏を演じてくれない?」

「ごめん。


 俺は明里といるときに、演じたことはない。明里といるときは、素の自分でいた。


 明里に愛想笑いをすることも、何か立派な人物に見せるような嘘をつくことも、したことないし、するつもりもない。


 明里は俺にとって、理想のヒーローでメインヒロインだから」


「私って恋愛対象じゃなかったんだね。そんな立派なものになりたくなかったな」

「ごめん」

「謝ってばかりだね」

「ごめん」

「ま、仕方ないか」


 1ベルがなった。

 俺は立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。

「開演だ。楽しもう。そして観客を笑顔に」

「うん。楽しい夢をみんなに」

 彼女は俺の手を取った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 劇の幕が降り、俺たちの夏は終わりを告げる。


 舞台挨拶の照明が落ちると、俺たち役者と主要スタッフは走ってホールに向かう。

 観客をお見送りするために。


 俺の隣で明里が笑っていた。


「ありがとうございました!」を連呼して何度もお辞儀をする。


 この二日間でたくさんの人が、俺たちの劇を観に来てくれた。


 演劇部の2年と3年。父と母。友人。付き合いのある他の劇団関係者。

 榎本さんとその友達も来てくれた。

 それ以上に、もっとたくさんの知らない人たち。


 そして、目の前に日向ひなたがいる。その横に、同じクラスの徳山くん。


 田上くんと一緒に、佐々木さんと浜口さんも後ろにいる。

 林間学校の班員全員で来てくれていた。


 日向と徳山くんは花束を持っていた。


 日向は俺の前に来る。いつか榎本さんと選んだ、白のブラウスにセーラー襟のジャケットとミニスカート。

 もう前髪が目を隠すことはない。


「俊が、花束を持っていくと、公演後の役者の好感度をマックスにできると言ってました」


 隣で徳山くんが明里に話しかけている。明里は誰かわかってないみたいだが、花束を渡されると、いきなり彼に抱きついた。


「拓海、お芝居よかったよ。楽しかった?」そう言って、笑って花束を差し出す。

 俺は彼女を思い切り抱き締めた。


「ホントに効果てきめんです」彼女も俺を抱き締める。


「拓海。チョロすぎてこわいですよ?」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・終劇。



 ______________

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彼女の事象〜地味子に擬態してる美少女に告白したらチョロすぎてこわい件について 地下1階 @sonosono02

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