第77話 旅の終わり

 日向ひなたの家に帰って来た。

 二人ともお出掛け用の服に着替える。

 といっても荷物になるので、昨日と同じ服だ。汗をかいたのでシャツは変えたけど。


 日向は白のワンピース、夏の避暑地お嬢様風美少女になっていた。

 ただ美少女にふさわしくないのは、右頬のあざ。昨日、康太さんに殴られたあとだ。


 俺が彼女の顔を、情けない表情で見ていたのか、彼女はすまなさそうな表情を浮かべる。


 日向母は、「これくらいならそのうち消えるわよ」と、平然と言った。


「日向おいで」俺は日向を呼んで、俺の前に向い合わせで座らせた。

 日向の持ってきた化粧品は、荷物を減らすため少なかった。

 日向母の化粧品を借りる。


 日向母も元が良すぎて化粧に頼る必要がないのか、大して持ってない。

 これなら俺の舞台用の化粧道具の方が、充実しているよ。

 実際、アザを隠すなら舞台メイクの方が向いている。


 何とか手元にある化粧品でアザを目立たなくする。

 そしてはさみを持ち出した。


「切るけど、いいよね?」

「はい」

 もう前髪で顔を隠す必要はない。


 パッつんにならないように、気をつけて前髪を揃える。


 帰ったら美容院にでも連れていこう。榎本さんにでもついていってもらった方がいいかな。


「なんか落ち着きません」

 美少女が、はにかみながらそう言った。




 日向母の車で、食事に行く。海鮮の店。港町だからね。

 マンボウを食べれるとは思わなかった。


 それから、少し走って海岸に車を止めた。

 ずっと砂浜が続いている。

 青い海はずっと遠くで曲線を描いて、空と交わっていた。

 潮騒が周りの音をかき消す。


「おお!」


 すごい、海の向こうに何もない。


 俺は海にむかって走り出す。

 彼女が慌てて俺を追ってくる。


 波打ち際で、彼女と海水の掛け合いとか、楽しそう。


「拓海! 海に近づかないで!」彼女が叫ぶ。


 俺は海の手前で立ち止まった。

 高い波が轟音と共に押し寄せていた。波打ち際を削り取っていく。


 え? こわい。


「波に足を取られたら、戻ってこれませんから」俺の横に来た彼女が言った。



 波と戯れるような危険な事はせず、波打ち際から少し離れて海を見ていた。


 日向母は俺達に遠慮して、少し離れている。


 俺の住んでいるところは湾内で、対岸に半島が見える。

 ここまで丸い水平線は見たことない。


 彼女がスマホを向けてきて、写真を撮った。


「可愛い顔してましたから」


 俺もスマホで彼女を撮る。

 海を背景に俺を振り返って、微笑みを浮かべる。


 俺の知っている海と違いすぎて、怖くなった。

 凶暴な海の前で、彼女は儚すぎた。


 彼女はこんな海と命のやり取りをするつもりなのか。


「拓海。どうして泣きそうな顔をしてるの?」


「え? 『俺』そんな顔してた?」


 彼女は驚いたように、瞬きした。そして笑って俺を抱き締めた。


 俺、何か変なことしたか?




「お母さん、お母さん。写真とってください。拓海と二人で。海をバックに。あ、顔をアップにしてください。

 お母さん、お母さん。きれいにとってくださいね。


 キスしたらとってくださいね。いきますよ。


 はい!」



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