第3 主従契約

「―――…様。叡絶金書庫ウィズダムの魔女が城に何者かを入れたそうです。」

「…ほぉ…。」


 仄暗い部屋でワインを片手に椅子に深く腰掛ける男に向け膝を付いた従者が一人。報告を受け驚いた様子の声色の男。


「どんな奴か見てきましょうか。」

「…好きにしろ。…ただ、アイツを侮る事だけは止めておけよ。」

「約七百年も引きこもってる魔女なんかに負けないですよ。」


 そう言って従者は一瞬でどこかに消えた。男はワインを丸いサイドテーブルに置いて長窓から外を見る。その表情は何か思いふけるような表情だった。


********


 取り敢えず、アドリーチェが古城都市と言ったこの城に泊まる事が出来た。…のだが、特に案内をされる訳でもなく一人白の中をうろついて寝れそうな部屋を探していた。あとは蝶達が部屋を示してくれた。どれも綺麗な部屋ばかりなのだが不思議な事に人の気配が全く無い。これだけ綺麗にされているのだし、あの子だって普通の子ではないのだから、使用人など居るのだろうと思っていた蒼芭。


 もしかしてあの子しか居ないなんてないよな…。


 すると蝶達は蒼芭の周りを優雅に飛ぶと大きな扉のある部屋に連れて行った。そこは、沢山の本が置いてある部屋だった。天井高くまで本棚に隙間なく並べられている。床にも何冊か積まれているのが分かる。巨大な図書館。前世でもこれほど大きな図書館を見た事は無い。しかも驚いたことに、円形になっているこの部屋の中央に大きな天幕付きのベッドが置いてあった。黒と金を基調としたベッド。


 なんだか懐かしい気がして落ち着くな…この空間。前世は漫画や小説とかもよく読んでたから紙の匂いがする部屋に落ち着いてるのかも。


「ありがとうな…ここに連れて来てくれて。」


 伝わってるか分からないが、蝶達にお礼を言う。心なしか喜んでいるように見えるその様子に自然と笑みが零れる。蝶にお礼を言う日が来るなんて…異世界様様だ。蒼芭はそのままベッドにダイブする。ふかふかしたベッドのクッションにとても肌触りの良い布。今日はここで寝る事にしようと決めた。


 ベッドに横たわりながらふと横に積まれてる本が目に入った。その一番上にある本を手に取る。転生してもうこの世界の体だからなのか文字は完璧に分かった。その本の表題は『創世碌大神そうせいろくだいじん』と言うらしい。


まずそこには混沌(カオス)のみが支配していた。

神はそこに世界を創った。

神は世界を天と地に分けた。

天には天空神を。地には地母神を。混沌は世界の創造を。

更にその次、戦神。太陽神。月神を生み出した。

混沌以外の彼らは創造神が生み出した御使い神として混沌合わせ『碌大神(オルトアルム)』と総称された。

混沌は唯一、神から生み出されぬ存在。故に地への生と実体を得た。

神達は混沌を見守る事とした。

神は人を創り、動物、植物を創り繁栄していった人らに魔法を与え行く末を眺めていた。

長い年月が過ぎ、人が進化する度、国と呼ばれる領土が増え、魔法の技術も変わり世も変わっていった。

人は争う様になった。武器を造った。

世界の変化から新たな種族も生まれ出した。

その様子に嫌気のさした混沌は魔神となり臣下を集わせ世界の終焉をもたらそうとした。

しかし、兄弟姉妹きょうだいの神々達に諫められ地上での命を全うした。

そして世界は協力する事を学び、平和の世が到来したのだった。


 ―など、恐らくこの世界のだろうが創世記とやらの本だった。


 「なんだか腑に落ちない話だな…。」


 所詮は作り話だろうが、こういう話は大体誰かの犠牲に成り立つものと相場が決まっているのだ。前世のファンタジー物語でも映画とかでもそうだった。そうでもしないと平和を保てないのか!と何度思った事か。前世の日本でだって戦争などを繰り返してあの平和な世界になったんだ。転生したこの世界だって多少は平和になったとてまだ戦争とかしてるかもしれないしな。そもそも俺は勇者として転生している訳なので、勇者が必要な世界…であるのは確定なんだろうという事実に既に疲労感に苛まれる。


 「ま、俺は断固として関わらないがな。」


 蒼芭は持っていた本を閉じ、元あった積まれてた本の上に戻す。目を閉じると流石に疲れていたのかすぐ眠りに落ちた。そこからはもう夢も見ず爆睡したのだった。


 朝目覚め、ゆっくりと起き上がる。昨日まで自分の周りを飛んでいた蝶達は姿を消していた。それにしても相変わらず静かだ。そこで自分の腹が鳴った。それもそうだ。こちらの世界に来てからまともに食事もしていないのだから。蒼芭は部屋から出てある場所を探した。


 それは厨房。大体こういった城に厨房はあるはずだ。誰も居なさそうなので自分で作るしかない。食材があるかどうかは別として。歩き回る事数十分。漸く厨房を見つけた。


 というか本当にあったな…。それなりに広い。まぁ…ガスコンロなんてのは無いと思ってたが大きな釜戸が三つか。この世界ってマッチとか何か火をつけるものはあるのか?…もしかして魔法で?


「何をしているのですか?」

「アドリーチェ。いや、ご飯でも作ろうかと…。そんで火はどうやってつけるのかなって。」

「魔法でやればいいではないですか。」

「魔法の使い方とか知らんし…。」

(…ああ、そう言えば召喚されて来た勇者でしたね…。)


 厨房の扉から顔だけ出してやって来たアドリーチェ。昨日は敵意むき出しだったが、今はそうでもないように見える。仮にも自分は勇者だというのに。


 こんな子が魔王…か。


「魔法は自分の心。想えば使えます。」


 自分の心…。


「勇者、着いてきてください。」

「お、おう…。」


 アドリーチェにそう言われ着いていく。厨房の奥にまた扉があって少し進むとでかい温室がありそこに実が成ってる木が沢山生えていた。


「この実って食えるの?」

「じゃないと連れてきません。」

「ははっ。ありがとう。」


 俺は大きい実を三つほどもぎ取って食べた。果物のようだが、果物っぽくなく不思議とささみのような味がした。あとは瑞々しいスイカのような味だったりただの果物だったり。ただどれもとても美味しい。


 アドリーチェが部屋から出ようとした瞬間、何かがぶつかって来た衝撃が轟音と共に城全体に響いてきた。そしてこの温室の天井が吹き飛んで瓦礫が俺の頭上に落ちてきそうだった。衝撃に目を瞑る。だがいくら待ってもこない痛みに目をゆっくり開けると目の前にはアドリーチェが立っておりシールドで俺を守ってくれたようだ。


「―よう、叡絶金書庫ウィズダムの魔女。」

「お前は…。」


 声の主は俺達の上…上空からだった。上を見上げると、宙に浮いている男が俺達を見下ろしてるのが分かった。とがった耳に鋭い目。いかにも人間ではない風貌。


 誰だ…?アドリーチェは知っているようだけど…。


「そいつか?お前がこの城に入れた奴。」

「お前には関係ない。」

「しかもこの気配…勇者か?はっはっは!仮にも魔王であるお前が勇者を城に入れただと!?笑えるなぁ!」

「…そう、私は魔王。他の魔王のしもべが他所の魔王のテリトリーへ攻撃を仕掛けるのは条約に反する事を知らないとは言わせません。」

「そうだなぁ。知っているが我が主は許可をなされた。問題はない。」


 そういうもんなの?


 得意げに言う男に呆気にとられる。条約とならばそう簡単に片付けていいものではない気もするが…この世界では普通なのだろうか。展開についていけない蒼芭は自分の中でどうしたらいいか必死に考える。


「なら、お前を殺します。」

「アドリーチェ…!」


 呼んだ時には既に遅し。アドリーチェは男の方に飛んで行きその細い足で蹴り飛ばした。流石魔王と呼ばれるだけあってかなり強いのだろう。しかし、男もすぐやられる程弱くはない。直ぐに体制を立て直しアドリーチェに魔法を向ける。


黒双牙こくそうが!」

「プロテクト。」

「アンチプロテクト!」

「っ…!」


 爪のように黒い刃がアドリーチェに襲い掛かったがアドリーチェは自分を覆うバリアを作った。しかし、男のプロテクトを解除するスキルでアドリーチェのプロテクトは弾け、男の魔法が肩をかすめた。その隙を見逃さず男はアドリーチェを魔法で吹き飛ばす。その勢いで城の壁に背中から衝撃を受ける。


「アドリーチェ!」

「なーんか…お前弱くなってねーか?」

 

 砂埃から男を睨むアドリーチェ。見た感じ大きな怪我は無さそうだが、痛みに顔を歪めている。


「…ダークフレイム!」


 アドリーチェの魔法が男を飲み込むが一瞬で消されてしまう。男はなんともがっかりとした様子でアドリーチェを見据える。


「本当にあの方と同じ魔王かよ。全然効かねぇぜ!…すぐ殺してやるよ。その後あの勇者も殺す。」

「…く…。」


 まずい…あの男は何者だ?魔王のアドリーチェより強い…。俺が、何とかしないと…でも俺に何ができる…?


『魔法は自分の心。想えば使えます。』


 自分の心、想えば使える…。俺は……。


「アドリーチェを助けたい…!」


 その瞬間、蒼芭の全身に何かが巡るようなバチバチという感覚が来た。そして自身から溢れる黄金の何かと自然に頭の中に流れてくる文字。


特殊能力アルティメット―勇者〔黒魔法無効・状態異常無効・自動回復・精神操作無効・特殊能力無限・感知能力無限・スキル無効・神器資格・光魔法・創造魔法・記憶魔法・聖属性魔法〕】


 これは一体…?


 しかし、戸惑う事無く理解した。自分に備わっている能力を。何故今それが分かったのかは置いておいて、蒼芭はある事に気付く。自分の能力の一つである、感知能力でこの城の鼓動を感じる。まるで、自分を呼んでいるかのように。蒼芭がそれを感じ取るごとに鼓動は早くなって蒼芭に近づいてくる。


「アドリーチェを助けるぞ。」


 誰かに向けてじゃない。ただ一言放った言葉。その瞬間、蒼芭の足元に大きな陣が現れ黄金の息吹が蒼芭を包んだ。


「なっ…何しやがった勇者!」

「…そんな…あれは…!」


 アドリーチェはその光景に目を見開く。あれは、あの陣は700年待ちわびたもの。アドリーチェの心臓が高鳴る。これは夢ではないかと。


「初めての勇者のお仕事といきますか。」

「この…!今すぐ殺してやる!」


 男は右手に大きな黒い三本の爪を出現させ蒼芭に突進していく。しかしそれは何かによって阻まれた。途端に体が動かなくなったのだ。指先すら動かせない。


「なっ…何だこれ…!」

「光魔法、『光の粛清ライトパージ』」


 蒼芭が魔法を使用した瞬間、蒼芭を中心に辺り一面が光に包まれた。その光はある者にとっては暖かい光で、ある者によっては身が焼ける光である。男は悲痛な叫びを上げながら消滅したのだった。

 蒼芭は初めて使った魔法に暫く宙を眺めた。そして自分の手をじっと見つめる。


 これが俺の魔法…正直ここまで凄いとは思わなかった…。


 そこでアドリーチェがゆっくりこちらに歩いてくるのに気付く。こちらに歩いてくるアドリーチェの表情がどこか切なげで、でも希望や歓喜を含んだ瞳をしていた。蒼芭はハッとなり駆け寄る。…だが、その前にアドリーチェは蒼芭に向け膝を付いたのだ。


「え…何して…!」

「…700年…お待ちしておりました。我が主。」

「は…?」


 我が主…?何の事だ。


「貴方はこの城の主に迎えられました。」

「主は君の方なんじゃ…?」

「私はこの城の守護者。真の主が現れるまでの代理。…そして主が誕生した今、私は貴方に主従契約を申し込みます。」

「え?でも俺この城の主になった覚えなんてないけど。」

「さっき、貴方の下に出現した魔法陣。あれは、この城が貴方を主人と認めた証。その瞬間から貴方はこの城の主なのです。」


 ……はい?そんな勝手に困るんだけど?


「因みに、これは貴方が死ぬまで破棄できません。」

「成程ね。逃げ場無し、と…。」

 

 700年…か。そんな長い年月一人で待っていたのか…?こんな広い城で?


「…とりあえず分かった。でも、別に主従契約?は無くてもいいんじゃないか?」


 アドリーチェとそんな契約なんて、なんか変だ。


「いえ、これは私の切なる悲願です。どうかお願いします。」

「…俺は何をすればいい?」

「…ただ、私に新たな名を下されば良いです。」


 名…名か…。実はすぐ決められるんだよな…。最初に見た時に、それが浮かんだから。


「我、アドリーチェは新たな主、アオバ様に忠誠を誓い従属すると願い入れます。」


 アドリーチェが主従契約の詠唱を始めると、二人の真下に魔法陣が広がり鎖のように光るチェーンがお互いを囲い繋げる。


「我、アオバはその願いを受け入れ新たに『モモ』の名を授ける。」


 アドリーチェがバッと蒼芭を見上げる。その目は驚きに見開かれ、そして涙がツゥー…と頬を伝った。蒼芭はそれに驚きアドリーチェと同じ目線に屈んだ。契約が完了し、チェーンがパリ―ンと消え二人に光る粒子が優しく降り注ぐ。


「い、嫌だったか!?モモって名前!」

「ち、違います…ただ…ただ嬉しくて…。」


『モモ』


「ありがとう…ございます…。」


アドリーチェ改めモモは、暫く小さく泣いていた。蒼芭は困ったように笑い、傍でモモが泣き止むのをただ待つ事にしたのだった。


—3話 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で平穏を求めるのは間違っていた 亜毘留子 @abiruko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ