第2話 古城都市の魔王

 どうしたらいいのか…と、近くの草原の丘で寝そべる。お金だけもらって逃げてこれば良かったか?衣食住の確保をとにかくしないといけない。この世界のお金の事もよく分からないし。

 ありきたりなのは、森とかで薬草っぽいのとか果実とかを採って売ってお金にしたりする…のは漫画とかの世界の話かもしれないけど…。


 ふと東の方角に大きな森があるのが見えるのに気付いた。最悪森で何か食べ物を見つけて野宿というのも一つの手段と思い動くことを決めた蒼芭。森の方に向かう為街から出ようとすると一人の街の住人に呼び止められる。


「兄ちゃん、どこ行く気だ?」


 小麦に焼けた肌をした中年の男。蒼芭の見ていた先を不思議に思ったのか、怪訝そうな顔で見ている。


「まぁ…あそこの森に行ってみようかな、と。」

「何?止めときな。」

「…何でだ?」

「あそこはもう何百年も前から中が霧で覆われた不気味な森だ。腕利きの冒険者でも森を抜けれた奴は居ないって話だ。」


 霧…か。


 たかが霧と思うが、ここはもう俺の知っている世界じゃない。何が起こるかも全くの未知数だけど、あまり奥に行かなければ大丈夫だろう。


「忠告ありがとう。入り口あたりにしか行かないから大丈夫だ。」

「…ま、無事に帰ってこれることを祈ってるぜ。」


 男はそれだけ言い残して去って行った。蒼芭は再び足を進める。少しの不安があるが、本当に入り口辺りを見て出ようという気で森に向かう。数十分くらい歩いて、森の前に着いた。かなり大きく暗い森。普段知っている森の空気とは違い息を呑んだ。少しずつ中に進んで行く。

 一応通って来た道の木に石で削って印をつけつつ歩いているが、今の所霧は見当たらない。しかし、10分程だろうか…少しずつ霧が泳ぎ始めた。


 引き返そうと足の向きを反対に向けようとした時、霧の中で鮮やかな黄金のように光る蝶が目に入り足が止まった。蝶達はまるで歓迎しているかのように蒼芭の周りを囲んで優雅に飛び舞う。そして付いて来いと言わんばかりに道の先を飛び始めた。


 直感しかないけど、この蝶達に付いていった方が良い気がするんだよな…。


 蝶達に付いて歩き始めどれくらい時間が経ったのか分からない。蝶の辿った道に淡い光が浮かび上がり不思議と霧の中だというのに明るく見える。


「………ん?」


 かなり歩いて霧が晴れると辿り着いたその先に、一気に森が開け辺り一面に淡い青に光る様々な花や草が広がり風に吹かれ花弁が浮かぶ。ーそして大きな古城が姿を現した。その大きさに圧巻され口が開いたままになる。その古城を外から隠すように周りを背の高い木達が囲んでいる。石垣と黒の城壁が特徴で、古城というには綺麗だがツタや古びてる箇所、そしてこの閑散としたこの光景は古城と表していいだろう。


「にしても大きいな…。」


 どこか入り口とか無いか…。ウロウロしながら探索していると、後ろからサッと音が聞こえ振り向く。


「……まさか人間に入られるとは…。」


 桃色の長いウェーブのかかった髪を靡かせ、同じ色の瞳をした綺麗だが少し幼さが残る女の人がそこに居た。黒いワンピースで、左腕に赤い紐を巻いており段差のあるスカート。静かな声調とは裏腹に、素人目でも分かるくらい威圧のある雰囲気をひしひしと感じる。


 彼女は俺の周りを飛んでる蝶を見て少し驚いた顔を見せた。


「…貴方達が懐くとは珍しい…そこの人間を連れてきたのは貴方達ですか。」


 蝶に丁寧な話し方をする彼女は更に怪訝な顔をする。


「ここに連れてきたという事は、この地に害を及ぼす存在では無い…という事ですが…という事で理解していいですか。」

「君に害…?何故だ?」

「…お前が“勇者”だから、ですよ。」


 俺が勇者って分かるのか…?でもそれがどうして彼女を害する事に繋がるのだろうか…。


「…そして、私が“魔王”だから。」

「魔王…!?」


 魔王という単語を聞く事になるとは…。そうか、勇者も居るのなら魔王も居て当然というか…有り得ない事ではないのか。


「何故驚く?勇者として私を討ちに来たのでは?」

「いや、全く…期待はずれで申し訳ないんだが君が魔王という事も知らなかった。というか、俺はこの世界に来たばかりで、勇者が嫌で逃げて来た…という事になるのか…?」

「逃げて来た…?勇者であれば国からの待遇もかなり良いだろうに…信じられませんね。」

 

 まぁ…普通はそうだろうな…。


 蒼芭はどう説明したらいいのか…と頭を悩ます。勇者が嫌でというのは本当だが下手なことを言うと今すぐにでも殺されそうな勢いを感じさせる目の前の彼女の圧に心臓が早くなるのを抑えるのに小さく深呼吸をする。


「……この世界にとって綺麗事かもしれないが、俺は平穏に暮らせればいい…その為に大きすぎる力は必要ないし、本音を言うと面倒なことに巻き込まれるのも御免なんだ。


ー勇者だからと言って、自分の生き方すら選べないのならそれはただ死んでるのと同じだと思う。


だから俺は勇者の檻から出て来て、こうやって森に入って迷って、君に出会ったわけだ。これが全てだよ。」


 その刹那、彼女の脳裏にはある人からの言葉が過った—


《使命だとか、運命だとか、本当うんざりなんだよ。生きている感じがしない、死んでるも同然だ。そういうのはしたがりがやればいい。自分が何をしたくて、どう生きて行きたいか…自分で決めなければ己の生だ。お前はどうだ?――…。》


「――――……。」


 目の前の彼女は何かを考えるように少し俯いてゆっくり蒼芭の方を見据える。


(あの方とは全然違う…のに、同じことを、しかも人間が言うなんて…。)


「…ふぅ…お前に敵意が無いのは分かった…。だからさっさとこの森から出て行くと良いです。」

「えー-と、それなんだけど。俺行く場所とか特になくて、この世界の事も全然知らないから教えてもらえないかなーっていうのとその間どっかに住まわしてくれないかなって…?」

(…まさか勇者召喚で別世界から来た人間か…?)


 明らかに嫌そうにする彼女に苦笑いをする蒼芭。やはり駄目かと思い来た道を戻ろうとすると蝶達に道を塞がれる。別の道に行こうとしても付いてくる蝶達。


「…仕方ありません。蝶達がお前を気に入っているなら森から出るのは無理でしょう。勝手にしてください。」

「!ありがとう!助かるよ!」


 蝶達…!よく分からないけどありがとう…!これで野宿しないで済む…!


「俺は蒼芭。君の名前を聞いていいか?」

「…アドリーチェ…この古城都市の主です。」


 とりあえず、暫くは屋根の下で過ごせそうだ。すごい不服そうだったが、まぁ少しの間だけここで出来る限りの知恵をつけて、平穏に過ごせそうな土地へ向かうとするか。

 


—2話 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る