異世界で平穏を求めるのは間違っていた

亜毘留子

第1話 異世界転生したらしい

 いつもの日常。変わらない朝、人、仕事、飯、普通の顔。平凡を愛する俺には最高の人生。ただ一つ、思うことがあるのなら、もう三十路だというのに可愛い彼女が居ない事。それ以外はそこそこに良い人生だ。

 

 今日、この日。この瞬間まではー


「かはっ…はっ…!」


 心臓が苦しい。息が出来ない。突然何が起きたのか分からない。苦しすぎて膝から地面に崩れ落ちる。周りの人達が駆け寄って来たり、心配の声を掛けてくれるなどしてくれたが、もうほとんど視界も耳も遠くて何も見えなく聞こえずとなっていた。

 そして倒れ、心臓の鼓動がどんどん小さくなるのを感じ俺は意識というものを手放した。ああ、俺はこのまま死んでしまうんだ。両親は二人とももう亡くなってるが最後くらい墓参りに行きたかった。結婚もまだしていない…そもそも恋人も居ないのに。これも人生…か。


「ようこそ。橘 蒼芭たちばな あおば。」

「っ…!」


 突如、暖かい日差しと空気。何者かの声が聞こえた。視界が開けると、そこには白髪長髪の美形が翼を見下ろしていた。白い服装に身を包んだその美形はゆっくりと口を開く。


「いきなりですまないが、私は世界の調律神レビナ。これから君には今まで過ごしていた世界とは全く別の世界に転生してもらう事になっている。」

「………は?」


 調律神?別の世界?転生?本当にいきなりで状況が分からなすぎるんだが…?


「というか、俺は死んだ…?」

「…、そうだ。転生の為に君を死なせた。」

「死なせた…?」

「君が突然心臓麻痺を起こしたのは私のせいだ。」


 表情は分かりにくいが、声調で心から謝っているのが伝わってくる。


「ある世界で勇者召喚の儀式が行われた。普通なら私は関与しないのだが、何の障害か世界同士の干渉が拒まれており、その儀式が通らない事が分かった。調律神として私が主導で世界同士の干渉を行う必要が出てきたのだ。」

「それで俺を死なせたと…?」

「…そうだ。あらゆる世界の中で一番に寿命が尽きそうだったのが君だ。それが君を選んだ理由だ。」


 調律神レビナは上を見上げる。翼が今座っている花や草原が靡いてる景色とは反対に、上空には宇宙空間が広がり、球体の惑星が幾つも浮かんでいた。


 もしかして、これ全部『世界』かー…?


「君の寿命は後3日だった。だからといって3日も早く死なせてしまったのはとても心苦しい…すまない。」


 深々と頭を下げる神に目を見開く。あまりにも勝手に殺され、こうして訳の分からない事を言われてるが、理不尽さは感じるも不思議と怒りとかは無い。薄情と思われるかもしれないが、多分元の世界にそこまで未練が無いのと、人はいつか死ぬものと理解しているから。その結果がこうだった…と。


「ま、転生してまた生きていけるならそれに関しては感謝するかな。」

「…変わった人間だ。詫びというには不謹慎だが、願いをなんでも聞き入れよう。」

「え、いいの?じゃあイケメンにしてくれ。」

「?それだけでいいのか?」

「まぁ、他に思いつかないし。せっかくの転生なら、前世では普通だった容姿くらい良い風にしたいなって。それ以外は平凡に過ごせればいいから。」

「しかし、勇者として転生するのだぞ?」

「でも、そこからは俺の自由だろ?」


 真っ向から勇者としての役目を拒否された神は、面白おかしく笑った。


「…ふ。本当おかしな人間だ。そうだな、君の人生だ。好きにしなさい。」

「悪いな、神様。」

「…そろそろ時間だ。新たな人生に幸あらん事を…。」


 翼の周りで黄金の風が吹き始めた。そして光が包み込む。いよいよ転生するようだ。そして最後に調律神の方を見る。


「それと、容姿だけの願いでは私の気が済まないから別にギフトを送った。目覚めたら確認してみると良い。」

「ギフト…?」


『………相変わらずで安心した。』


 何の事か…と聞く前に光に目の前を遮られ再び意識が途絶え、その瞬間その一言だけうっすらと聞こえた。そして、次に目が覚めた時にはー


「おおっ…!召喚に成功したぞ!!」

「やりましたね!王よ!」


 石床に経たり座ってる蒼芭を感動の笑みで見下ろす数人の人。ローブを着た人がちらほら居て、王と呼ばれた年老いた老人が豪華な服装に身を包んでいる。


 状況を察するに、まぁこれが神様の言っていた召喚の儀式なんだろう。


「勇者よ!よく来てくれた!」

「お断りします。」

「突然の事で驚いているだろうから一先ず部屋へ案内…………え?」


 ローブを着ている男が蒼芭に手を差し伸べたが、間髪入れず断られ唖然とする。他の者も同様口を開きっぱなしにしている人もいれば理解が追い付いていないという顔もしている。


「出口ってどっちですか?」

「え?ああ、あっちです。」

「どうも。」


 一番近くに居たローブを着た人に尋ねたらテンポよく教えてくれたのでそちらの方に歩いていく。このままあっさり出れる………訳もなく。


「「「ちょっと待ったー----!!!!」」」


 少し間が空いてその場に居た全員に大声で目の前を塞がれる。それもそうだろう。やっとの事、勇者召喚の儀式が成功して待ちに待った勇者が来たというのにいきなり断られ出て行こうとするのだから。


「ゆ、勇者よ…!ちょっと待って頂きたい…!いきなり勇者と言われ訳が分からないと思うが…!」

「いや、大体分かってます。勇者になる気は無いのでお構いなく。」

「こちらが構うのだ!!」


 ついに王が啖呵を切らしたようだ。赤面でこちらに詰め寄ってくる。しかし蒼芭は動じることもなく自分より少し視線が上になる王の目をじっと見据える。


「金ならいくらでもある!なに不自由もない!勇者として召喚されたのだ!そう簡単にどこか行かれてなるものか!!」


 …なに不自由ない…ね。


「くどいな…それは俺の求めてるなに不自由ない生活じゃないんでね。」


 突如蒼芭から物凄い重圧がその場に居た全員に降りかかる。それに耐え切れず床に膝を付いてしい、顔を白くして言葉を失った。


(…これが、勇者の覇気…!!?)


「…?」


 しかし当の本人はよく分かっておらず、今がチャンスと思いさっさと出て行った。そしてなんと意外にすんなり城からも出て行けるのだった。


********


 あっけなく出てこれてしまった…。


 あまりにあっさり出てこれて気の抜いた息が出る。当然、見る景色全部が自分が知る世界なはずもなく、ビルや車や電気とか呼ばれるような物は一切なく地球に居た時に見たファンタジー世界そのもの。死んで、本当に転生したのだと改めて実感した。


 それにしても言葉が通じてるのも不思議だ。そして、神様にお願いした通りどうやら俺の容姿は結構美形にしてくれたらしい。

 水に反射して映る自分の顔が前世と違い過ぎて逆に引いてしまうなぁ…。


 光に反射すると黄金色に見える黒い髪に、透き通った琥珀の瞳。背もそこそこあって細身だが筋肉質。目、鼻、口の形も整っており、男らしいというよりは綺麗目な容姿だ。中身は30歳の成人男性だが、見た感じ15歳とか若く見える。


「さて、どうしようか…。」


 実を言うと、異世界転生して少しワクワクしている自分が居る。漫画やアニメが好きだったのもある。なので楽しみではあるが、平穏な生活がしたいのだ。勇者という肩書なんて捨てたいが、捨てれるのだろうか。


「…というか、お金はどうしたらいいんだ。」


 影を作りながら空を見上げる蒼芭だった。



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