5-7 ファントッセン国王の魔法。そして三人エルフの決断。

「旗印をこのまま各部族にそのまま返すのもつまらん」


 ダークエルフのファントッセン国王が言い切った。


「でもそれでは、各部族で争いが──」

「まあ待て」


 困惑したようなマルグレーテの言葉を、ファントッセンは遮った。


はやるでない。あの旗印は四本まとめて扱うことにする。四つの部族、再結束の象徴だ。四年ずつ、各部族の森で持ち回りにするよう、余から各部族に提案しよう」


 またしても、側近の間から声が上がった。皆、ひそひそなにか囁き合っている。


「旗印の移動に伴い、使者が行き来することになる。いずれ……各部族を隔てるわだかまりすらも、薄れてゆくことであろう。春の陽射しに、森の下霜が融けるように」


 おう。さすがは国王。慧眼けいがんだわ。やたらとシルフィーをからかう皮肉な野郎だと思ってたけど、やっぱ一国を束ねる精神的支柱だけあるな。


「なに、心配には及ばん。我らの祖は元々水精霊ルサールカ。同じ血を引く種族として、いずれ壁も薄れるわ。実際……目の前に、その先駆けがおるしな。モーブを助ける、四人のエルフという」

「わかってるじゃん、ファントッセン様」


 レミリアは嬉しそうだ。カイムとシルフィー、ニュムも頷いている。


「さて……モーブよ」

「はい、ファントッセン様」

「余からもモーブに礼を授けたい」

「ありがとうございます」


 なんだろ。貴重な装備とかだと嬉しいけどな。エルフ王族なら絶対そういうの隠し持ってそうだし。


「以前言ったことを覚えておるか」

「以前……? 何だったかな」


 さっぱりわからん。てか思い出せん。この王宮で、なにかあったっけな。


「モーブ……」


 マルグレーテが、俺の手をそっと握った。


「ダークエルフの魔法のことよ、きっと。ファントッセン様なら施すことができるという……」

「そんなんあったっけ」


 やっぱ思い出せん。


「さすがは神狐の娘。智慧があるのう……」


 国王は楽しそうだ。


「言ってたでしょ、前。ダークエルフからも嫁を取るかって。スローペースであるエルフの恋心は心配するな。自分が魔法で加速してやる……って」

「ああ……そういえば」


 そういや、そんな話があったわ。俺のような男とは縁戚関係を築きたいって打算も込みの話として。


「って、よ、嫁!?」


 思わず見つめると、恥ずかしそうにシルフィーは下を向いてしまった。この状況でダークエルフが俺に嫁を差し出すとしたら、彼女に決まっている。


「恐れながらファントッセン様」


 ハイエルフのカイムが、一歩進み出た。


「その魔法でしたら、シルフィーさんにはもう不要かと」

「不要とは……」


 玉座の上で、ファントッセン国王は脚を組んだ。にやにやしている。


「今宵は満月。ご存じのように、エルフの恋の夜です。シルフィーさんは、魔法などなしでも自然に発情するかと。……モーブ様に」

「えっ……」


 驚いた。下を向いたシルフィーの頬が、どんどん赤くなっていく。


「お前……」

「その……嫌か、モーブ」


 戦士とは思えないほどか細い声だ。


「嫌……じゃないけど。お前こそいいのかよ」

「もう……始まっている。今晩だ。間違いない」


 レミリアが発情したときと同じだ。レミリアの部族は新月に発情だが、他のエルフは全て満月発情。好きな男ができたら初めて発情し、一生添い遂げると。たしかそんな話だった。


「では余の出番はないか。久しぶりに使う力、楽しみにしておったのだが……」

「ファントッセン様、私に施術して下さい」

「ほう!」


 カイムの申し出にもう、王は大喜びだ。


「お主もモーブの嫁になりたいと申すか」

「私はもう、モーブ様の虜」


 じっと見つめられた。気のせいか、カイムの瞳はしっとり濡れている。


「ただ……発情にはまだ時間が掛かる。命の長いエルフですから。なのでぜひ……ファントッセン様のお情けを」

「あの……僕にもお願いします」


 まさかのニュムまで参戦してきた。


「僕もいずれモーブの嫁になる。巫女筋の女として、その運命を感じます。それに今わかりました。我らが王は、『満足したら里に戻れ』と送り出してくれた。使者だけなら満足もへったくれもない。あれは……僕がモーブに惹かれているのを見抜き、モーブとの暮らしを選べという意味です。その……僕はいずれにしろもう、巫女の家には居られないので」


 族長の婆様に言われてたもんなー、たしかに。そういや婆様、ニュムを俺につけた国王に怒ってた。あれも国王の言葉尻から、俺の嫁にする意図を嗅ぎ取ったからか……。アールヴ王家と巫女筋の政治案件に、俺はいいように使われてるってわけか。


 政治ならではの難解方程式に巻き込まれ、舌を巻いたよ。この手の政治案件に巻き込まれることはあるが、俺には難しすぎる。マルグレーテにサポートしてもらってなんとかやってこれたくらいだからな。


 とはいえマジかよ。三人のエルフが今晩、俺の嫁になるってのか。


「それでよい。四本の旗印の代わりに、モーブは四人の花嫁を連れ歩くのだ。エルフ結束の象徴として。我ら統合の夜明け、その天空に輝ける、明けの明星──。それがモーブと四人の嫁よ」


 からかうでもなく、ファントッセン国王は、真剣な瞳となった。


「皆の心、しっかり受け取った。……して、モーブや他の嫁御殿はそれでいいのか」

「それはその……」


 振り返って仲間を見た。ランもリーナ先生も、アヴァロンやヴェーヌスも頷いている。レミリアや俺の隣のマルグレーテに到っては、当然だと言わんばかりの顔つきだ。


「……俺にも異論はありません」


 俺のことを好きでいてくれるなら、拒む理由はない。他の嫁との仲に問題がないのは、ここまでのクエストでわかっている。それに功利的な観点でも、利点は大きいし。


 なんたってエルフは、剣を用いての前衛から弓での中衛までこなせる万能戦士だ。なおかつ種族によっては魔法や呪力を使える。これから後ずっと、そんな味方を三人も増やせるんだからな。俺のパーティーに分厚い攻撃力、さらに防御力を付与できる。


 防御的ファイターとして最適だわ。後衛魔道士を側で守りながら、遠い敵に弓矢や魔法攻撃。こちらの防御が破れ攻め込まれてからは、抜剣して魔道士の盾になればいい。


「では決まりだのう」


 立ち上がった国王は、体を伸ばした。


「一度にふたりの施術か。腕が鳴るわい。皆の者、婚姻の樹木の準備をせよ。モーブと四人のエルフ嫁の初夜だ。それに……他の嫁子殿にも、同じ木に巣を作れ」


 俺を見ると、唇の端を上げて笑ってみせる。


「もし深夜……モーブが他の嫁の許を訪れたくなったときのためにも」


 いや俺、化け物じゃねえし。






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