5-6 ダークエルフ王ファントッセン、四本の旗印を独占か

 ダークエルフの里。ひときわ高くそびえる樹木に仕掛けられた魔導エレベーターを上ると、蜂の巣状の王宮がある。床面のみのエレベーターから見下ろすと、例によってスレイプニールがもそもそ草を食べているのがわかった。あいつ、世界のどこでだってどんな草だって食うからなー。馬版レミリアだわ。


 王宮入口。シルフィーが目礼すると、衛兵が扉を開いた。


「よくぞ戻った、シルフィーよ」

「ファントッセン様がお待ちである」

「お入り下さい。モーブ殿、嫁御様、それにエルフ各部族使いの方々も」


 入るとそこがもう王の執務室だ。例によって、側近数人を従え、国王が玉座に鎮座している。


 この王宮に前室などがないのは、スペースに限りがあるためもありそうだ。なんたって樹木上だからな。


 ニュムは興味深げだ。樹木王宮、それに内部の造作などを食い入るように見つめている。アールヴは何百年も外の世界を拒絶してきた。当然、話にすらも聞いていないはず。目にするなにもかにもが珍しいのだろう。


「ファントッセン様」


 片膝を着くと、シルフィーが頭を下げた。


「モーブはエルフの森の危機を救いました。アールヴの里、その地下深く巣食う魔物を倒して」

「そうか……」


 玉座に収まったファントッセン国王は、それきり黙ってしまった。珍しく真面目くさった顔で。レミリアから借りた森エルフ服を着た、ニュムを見つめている。


「ファントッセン様……」


 背後に控えていた女が、国王に顔を寄せた。たしかフィーリーとかいう奴。オーラが凄いから高位の魔法使いかと思っていたが、シルフィーによるとダークエルフの霊媒だそうだ。


「あれはアールヴです。水霊ルサールカの魂の……痕跡が」

「……」


 黙ったまま、ファントッセンは頷いた。


 つと立ち上がると、部屋の隅まで歩く。木の葉形状の窓から、下を覗いた。


「モーブの馬車で、旗印がはためいておる。……四本も。互いをいたわるように風に旗体を触れ合わせ……」


 振り返ると、窓枠に体をもたせかける。落ちないかと心配したが、考えたら森に暮らすエルフだもんな。樹上行動なんて赤ん坊の頃から当たり前だ。落ちるわけないか。


「生きておるうちに他部族の旗印を見ることになるとは、夢にも思わんかったわい。しかも全部族の。まさかアールヴの旗印まで。……アールヴの娘よ、名はなんと申す」

「ニュムと申します、ファントッセン様。アールヴ・アールヴ様、アールヴェ・アールヴ様の許、巫女の家系として生まれました」

「そのふたりは、アールヴの現国王。男女のふたごです。我が君」


 シルフィーが付け加える。


「知らんのう……。まあ、数百年も没交渉だ。当たり前ではあるが。……それより、どのように首尾を遂げたのか。余と皆に説明せよ、シルフィー」

「はっ」


 ほっとひと呼吸すると、ダークエルフの戦士シルフィーは、説明し始めた。この里を二本の旗印で出て、ハイエルフの里で情報と旗印と助っ人カイムを得たこと。マルグレーテの存在によりアールヴの里に受け入れられ、目付人ニュムと共にダンジョン攻略に挑んだこと。エルフ全部族の力と神狐の助力をまとめ上げた俺が全てを成し遂げ、旗印四本と共に報告に回っていること──。


「ファントッセン様。全てモーブが成し遂げたことでございます」

「そう睨むな」


 国王は苦笑いしている。


「モーブには感謝しておる」


 その言葉に、側近連中がどよめいた。ダークエルフのファントッセン国王が人に礼を言うのは珍しいというからな。前もそうだったわ。


「これでいいか、シルフィー」

「いえその……」


 途端に、シルフィーはしどろもどろになった。


「決してあたしは……強要したわけでは……。お、おそれ多いことでございます」

「もうよい」


 ほっと息を吐いて。


「どうにも、すっかりモーブの肩を持つようになってしまったようだ」


 あの堅苦しい戦士シルフィーが……と続ける。


「惚れたのか」

「いえ……決して……そのような……」


 もごもごと口の中で、シルフィーが否定する。


「まあシルフィーはよい。それにレミリアはモーブの嫁だから当然として……」


 国王は、カイムに視線を移した。


「そこなハイエルフは、説明のために同行しているのだな、モーブに」

「はい、ファントッセン様」


 カイムが微笑んだ。


「我らがカザオアール様とマーリン王妃に送り出されました。モーブ様に付き従えと」

「ふむ……。して、ニュムよ。お前はどうじゃ」

「ファントッセン様。僕も説明に同行せよと、我がふたご国王に命じられました」

「モーブの説明に同行せよと言われたのか」

「いえ……正確には……」


 ニュムの顔に、戸惑いが浮かんだ。たしか実家の巫女婆様にも、そんなような言われ方してたもんな。俺の連れの三人エルフ、それに嫁達は皆、黙ったままニュムの言葉を待っている。


「報告のため、使者として里を出よと。全てが終わり、僕が満足したら……里に戻れと」

「満足したら……か。それはつまり……」


 ファントッセン国王は、フィーリーをちらと見た。フィーリーが口を開きかける。


「我が君、祖霊は……」

「言わなくてもよい。もうわかった。……モーブよ」

「はい」

「お前はこれからも旅を続けるのだな、嫁を引き連れ」

「そのつもりです」

「ならば四本の旗印は、ここに置いていってもらう」

「当然です。あれ、祖先伝来の大事な品でしょ」


 もとよりそのつもりだったからな。


「ファントッセン様」


 遠慮がちに、マルグレーテが口を挟んだ。


「旗印をどのようにされるつもりですか」

「心配には及ばん。我らダークエルフが独占するつもりなどない。……ただ、このまま各部族にそのまま返すのもつまらん」


 ファントッセンの野郎、とんでもないこと言うな。なんだよこれ、喧嘩を吹っ掛けるってのか。どの部族にとっても、貴重な品だぞ。


「でもそれでは、各部族で争いが──」

「まあ待て」


 困惑したようなマルグレーテの言葉を、ファントッセン国王は遮った。

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