5-5 森エルフ、カザオアール国王との面談

「我らエルフは皆、祖霊の森を守り、そこで暮らすことを好んでおる。森エルフも、ダークエルフも」


 そこまで語ると蔓草玉座の上から、カザオアール国王は、俺と共に控える仲間を見渡した。


「それにハイエルフ。あと……アールヴも」


 森エルフの質素な王宮。国王の隣には、いつもどおりマーリン王妃が座っている。背後に数人、エルフが立っている。国王側近のエルフは皆、ニュムを注意深く観察しているように見える。


「だがレミリアは、祖先の気質を持っておった。旺盛な好奇心を持ち、人生を楽しむため放浪していた頃の祖エルフ。そう、アールヴとして種が定着する前の、水霊ルサールカの気質を」

「水は自由に流れるもの。高いところから低い場所へと、気の向くままに。……運命に従うように」


 マーリン王妃が付け加える。


「その気質に運命を定められ、レミリアは里を出た。流れ流れて、婿を見つけ」

「先祖還りの跳ねっ返りも、役に立つことがあるものだのう」


 カザオアール国王は、大声を上げて笑った。楽しそうに。背後のエルフが皆、追従笑いを浮かべる。


「婿と共にエルフ四部族をまとめ上げ、森の危機を救ってしまうとは。……里におったときは、日々大量に飯を食うばかりで、年頃になってからも男に相手にされてなかったというのに」

「カ、カザオアール様っ」


 レミリアが飛び上がった。


「そのことは……秘密ですっ」

「今さら秘密扱いしなくても、だいたい想像はついてたけどねえ」


 マルグレーテは苦笑いだ。ヴェーヌスが、大真面目な顔で頷いてて笑える。魔王の娘も呆れるほどだからな、レミリア。


「マルグレーテったらっ!」ぷくーっ


 怒ってるな、レミリアの奴。かわいいわ。


「そのほう、先の話に出ておった、神狐の娘だな」


 旅の概要は、面会を許されて最初に話してある。


「はい。……どうやら、わたくしの魂には、神狐様がおわすようです。わたくしが子供の頃、森の池で溺れて命を失ったから」

「狐が命を与えたのだな。ふたつ持っておったから」

「はい。そのように、アールヴの人達に言われました」

「アールヴはことさら狐との縁が深いからのう。それでわかったのだろう」

「我らの森を出たモーブは一度ダークエルフの王宮に戻り、旗印を借り受けた。我らが旗印と共に二本掲げてハイエルフの里を訪れた、と」

「そこでけんもほろろにあしらわれたモーブが、ブチ切れてのう……」


 くっくっと、ヴェーヌスが含み笑いした。トラブル大好きは、魔族の習性だからさ。


「先方の老巫女ベデリアとアヴァロン、ふたりの巫女勝負に持ち込んだ」

「枯れ井戸から残存マナをどれだけ組み上げられるか、量勝負です」


 リーナ先生が付け加えた。


「でも負けそうだったんだよ、アヴァロン。向こうは地道に残り滓を汲み上げていたけど、アヴァロンはねえ、深く深ぁい場所まで、探索の根を展開していたんだ」


 ランは誇らしげだ。


「能力を極限まで使ったアヴァロンは、勝負終盤に倒れちゃったんだ」

「ほう。……しかし最初の話では、勝ったと申しておったろう」

「モーブ様や皆が、私に力をくれたのです。倒れた私を取り囲み、その……」


 ちらと俺を見ると、アヴァロンの頬がわずかに赤くなった。


「その……愛の……力を」

「モーブ殿の嫁御よめごは皆、仲が良いようですからねえ」


 感心したように、マーリン王妃が微笑んだ。


「家内円満で、うらやましいことです」

「愛の力か……」


 カザオアール国王は、瞳を細めた。


「その輪には、ダークエルフも加わったのか。それに……そこなハイエルフも」

「はい、カザオアール様」

「そのとおりです」


 シルフィーとカイムが認めた。


「あれは……奇跡のような体験でした。体を強い力が駆け抜けたのです。モーブ様の嫁御皆様から溢れる、愛の力が」

「あたしも驚いた。あたしもカイムもただの触媒じゃない。ちゃんとそれに参加できていたのです」

「ふむ……」


 大真面目な顔で、カザオアール国王は話を聞いている。


「そしてハイエルフの里で、枯渇井戸の底の底から、マナ大噴出スカートを導いたのだな」

「マナに大変動があったことは、この森でも感じることができました。なにか……素晴らしいことが起きたと。……してモーブ殿」

「はい、マーリン様」

「マナ大噴出でアヴァロン殿やモーブ殿の力を知ったティオナ王女が、旗印とそこなカイムを貸与したと。アールヴの里に行けとの神託と共に」

「そうです。俺達は、三本の旗印、三人のエルフと共にアールヴの森に着いた」

「いきなり呪われたわよね。問答無用で」


 思い出して、マルグレーテは苦笑いしている。


「でもマルグレーテちゃんが神狐の魂を宿しているって、すぐわかってくれたよ」


 勇気づけるかのように、ランがマルグレーテの手を取った。


「それで国王にも会わせてくれたんだ」

「アールヴの国王は、アールヴ・アールヴとアールヴェ・アールヴという、男女のふたごでした。知ってますか」

「知らんのう……」


 国王も王妃も首を振った。


「なにせアールヴとは何百年も没交渉。そもそも、我ら森エルフがアールヴを見たのも、数百年ぶり。……ニュムと申したか」

「はい、カザオアール様。僕はニュム。アールヴの巫女筋のおと……女子です」

「しっかり祖先の貌を残しておるのう。エルフというより、水霊ルサールカに近い」

「僕も驚いております。森や泉と共棲する、森エルフの美しい暮らしに」


 まあなあ。実際この王宮も権勢を誇る要素なんか皆無で、自然を生かした建築だし。玉座だって蔓草編みだもんな。


「王の命を受け、僕はモーブたちに同行しました。アールヴの里最深部、禁忌地帯にあるダンジョンに踏み込み、謎を解きながら進んだのです」

「途中、いくつもの厳しい障壁があったんだよ、カザオアール様」


 レミリアが引き取った。


「二手に分かれて同時攻略とか。モーブはねえ、エルフ組と神狐組に分けたんだ」

「それが結果として功を奏しました。我らはエルフ四部族の力を合わせ、難関を突破」


 途中ニュムが失敗したことを、カイムは黙っていた。まあ教えても意味ないしな。


「神狐組のマルグレーテさんたちと合流し、最後の試練に臨みました」

「それがアドミニストレータとかいう、特殊なモンスター戦だったのだな」

「そうだけど、アドミニストレータの『イドの怪物』だよ」

「ラン殿、それはどのようなモンスターで」

「よくわからないけど、幻の生霊を操る、アドミニストレータの悪夢みたいな人」

「うーむ……」


 唸っちゃったか。まあ……世界の成り立ちから事情を全部話さないと、このあたりはちんぷんかんぷんだろうさ。


「そこで我らエルフ四人は、力を合わせて解放したのです。真祖たる水精霊ルサールカの力を。私にレミリアさん、シルフィーさん、ニュムさんで心を揃えて」

「それで倒したのか……」


 力を込めて聞いていたのか、ここでがっくりと玉座に背をもたせた。


「はい。そうです」


 エルフ四人、それに俺の仲間が首を縦に振った。


「全てをまとめ上げたのはもちろん、モーブ様です」

「そうか……」


 カザオアール国王は黙った。なにも言わず、エルフ四人の顔を代わる代わる見つめている。


「モーブ殿に、嫁のレミリア。あとは……ハイエルフにダークエルフ、アールヴの娘と……か」


 独り言のように呟く。


「あなた……」


 マーリン王妃に促され、国王は我に返ったように俺を見た。


「そうだな。ならばモーブ殿と嫁御殿、エルフ英雄の方々には、この里で一泊、歓待させてもらおう」


 背後の側近エルフが皆、歓声を上げた。王との対話の最中は誰も口を挟んでこなかったが、なんだかんだ、俺達の功績を認めてくれてるんだな。


「なんなら一年でも二年でも滞在してもらいたいが、まだモーブ殿は旅の途中だろう。これから……ダークエルフのファントッセン国王にも報告に赴かないとならんだろうし。旗印四本と……」


 ほっと息を吐くと、楽しげに俺を見つめる。


「それに四人の娘を引き連れて。……これは楽しみだのう」


 側近連中が大声で、今晩の宴席についてあれやこれやを取り決め始めた。その喧騒に紛れるように、国王の呟き声が微かに耳に入った。もうじき満月だしのう……、と。

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